07

結局、苗字が戻ってきたと聞いたのは二週間後だった。任務は長引いたものの特に怪我はしていないのか、入院したという話は聞かなかった。

「奈良。」

廊下で呼び止められて久しぶりに姿を見た。小走りで寄ってきた其奴は不自然に愛想のいい笑みを携えている。俺の不機嫌の原因が分かったのかもしれない。

「戦術班離れてる間に来てくれたって聞いて。ごめん、何だった?」

謝らなくちゃ、と思う自分と、もう二週間も前の事気にしてないだろ、と思う自分がせめぎ合う。口を開こうとした時、名前、と彼女の名前を呼ぶ声が掛かった。暗部の面を付けた男がさらりと其奴の背中に手を置く。

「忘れてたぜ。これ無いと何の為に任務就いたかわかんねーだろ。」
「ほんとだ。ありがと。」

男から巻物を受け取っていつも通りの自然な笑顔を向けるのが面白くなかった。俺にはあんな不自然な笑顔を向けた癖に。面をした男は暗部らしく瞬身で消える。予想的中か。サスケと任務に行っていたらしい。どす黒い感情が胸を覆う。

「任務の?」
「うん。暗部のスリーマンセルの任務に同行させてもらって。」
「そうかよ。」

俺を窺うように怯えて言ったのが気に食わなかった。謝ろうと思ってた事なんて忘れて冷たい態度を取ってしまう。彼女が目を伏せた。

「じゃあ、行くね。」
「おう。」

一瞬寂しそうな顔をしたのを見て見ぬふりした。

それからは全く会わなくなった。どんな顔していいか分からなくて俺からは会いに行かない。彼女からも会いに来なかった。次に会ったのは仕事でだった。人質救出の援護をと水影から要請を受け木の葉から力を貸すことになっていた。戦術班から呼ばれた彼女が火影室に来た。気にしすぎかとも思うけど俺の方を一度も見なかった。

「今回の場合、陽動と救出、戦闘の全てをマルチに行う必要があります。」

彼女が説明を始める。話を端折ってしまわないように気を付けて話しているのが分かる。二小隊で遂行すべきだ、というのが彼女の案だった。気になった箇所があって説明が終わってからいつもの様に口を挟む。

「二小隊で動くのは良いけどよ、霧と木の葉の連合隊だろ?どう配置すんだ?連携のしやすさ、だいぶ変わるだろ。」

いつもなら食い気味に説明してくる癖に一瞬間があいた。刹那沈黙が流れ、その場の全員の視線を感じたのか慌てて口を開く。その姿に軽く違和感を覚えた。

「あ、と、それぞれの役割班毎に小グループに分けます。例えば陽動は霧のツーマンセル、救出は木の葉のマンセル、といった形に。」
「もし木の葉のマンセルが救出に成功したら、霧は救出に関してのクレジットどうすんだよ。」

彼女は完全に黙ってしまった。体調でも悪いのだろうか。それとも外交なんて専門外だからそこまで考えていなかったとか。彼女にしては珍しいが考えられなくもない。俯いてしまった彼女からバトンを受け取って、彼女の案をベースに木の葉と霧を完全に混ぜた提案をする。やはり彼女は何も言い返さない。冷たい態度を取ってしまったとは言え、苗字は公私混同するような奴じゃない。キッパリとラインを引いて仕事の時は淡々とこなしている。違和感が強まる。それにいつもはこんなに意見を譲らないのに一体どうしたというのだろうか。

「どう思う?」

自分から言わないなら、と此方から意見を訊ねてみた。顔を覗き込むようにして目を合わせる。一瞬だけ目が合ってすぐに逸らされた。そして口にしたのはたった一言。

「いいんじゃないでしょうか。」

どうしたんだ、と呆気にとられて見つめる。俯いたまま覇気のない姿は自分が知ってる捻くれた戦術のスペシャリストではなかった。動揺が顔に出てしまっていたのか、六代目が少し休憩しようか、と提案し一度議論が中止された。そそくさと部屋を出る背中を追いかける。

「待てよ、どうしたんだよ。」

俺の声に立ち止まらずに、別に何も、と答えた。自販機の前まで来て俺に構わず飲み物を選んでいる。

「議論になるのはいつもの事だろ。別にお前の案を否定した訳じゃなくて、もっと良くしようと話し合いたかっただけで、」

ガコンと自販機の中で飲み物が落ちた音がした。飲み物を取り出してまたあの貼り付けたような笑みを向けられる。

「分かってるよ。私も奈良の意見が尤もだなって思っただけ。」

手に持っているのはブラックコーヒーで、コーヒー苦手なんじゃなかったのかよ、と思う。自販機を見ると隣によく飲んでたミルクティーが並んでたから間違って押したのかもしれない。ポケットから小銭を出して買って差し出した。

「コーヒー苦手だろ。」

強引にコーヒーを引き取った。代わりに渡したミルクティーを素直に受け取った事に安心して顔を見ると一筋涙が流れた。

「な、どうし、」
「何でもない。これ、ありがと。」

雑に目元を拭って火影室に戻って行ってしまう。その背中を唖然と見つめることしかできず立ち尽くす。何が起きてるのかさっぱり分からなかった。