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自慢じゃないけど、自分の容姿がいいという事にはこの年になるまでに気付く機会が結構あった。学生時代にいつの間にか出来ていたファンクラブ、週末のクラブでの逆ナン、そして職場での特別扱い。同性からの嫉妬ももちろん受けるけど、それ以上に人生を謳歌することはできていると思う。

「急ぎで悪いんだけど、この資料、定時までに修正してくれる?」

ニコリと笑みを携えて若手女性社員にそう言うと、若干*を赤らめて受け取ってくれる。こうすると期日までに高精度で資料を作成してくれる確率が高いということは実証済みだった。使えるものは使うに越したことはない。

「主任。」

名前を呼ばれて振り返る。真面目そうな出で立ちのメガネをかけた地味目な女が立っている。

「先週キックオフしたプロジェクトですが、一度ミーティングに責任者を、と主任を指定されているのですが、いかがでしょうか。」
「あー、大手出版会社ね。あそこは昔ながらの風習が強いから、俺も一度顔出すよ。」
「承知しました。追ってスケジュール調整のメール、出します。」

彼女は例外で何度か試してみたけど、何も変わらない。気を使わず他の男性社員と同じように接して仕事ができる。そんなに年上という訳ではないのにそういう人は案外少ない。貴重な戦力社員だった。

「苗字さんは、仕事はできるしブサイクって訳じゃないんだろうけど、なんか違うよな。」

職場の男ばかりの飲み会になると、そう言う話になることもある。職場の女性で付き合うなら誰がいいか、という話題だった。口々に冷酷だの女ではないだのと言われていて少し同情する。少なくとも仕事はできる。そこは認めているらしいがそれが面白くないのかもしれない。俺の心情を知ってか知らずか、此方にも話題を振られた。

「嫌いじゃないけどね。感情に左右されず淡々とこなしてくれる感じが。」
「それ上司としてですよね?カカシさん優しいっすね。うちの若手エースですもんね。」
「彼女にするのはやだなー。」

管理職としてはなるべく社員の悪口は言いたくないので、嘘じゃないラインで適当にごまかす。確かに、彼女候補として見るなら、なんか違う。女として見るなら、とふと考えて先週末出会った彼女を思い出す。少しボディラインのわかるミニ丈のワンピースを着て、自然と俺にグラスを渡して男に腕を絡めた、彼女。

「みなちゃんは?」
「あー、わかる!」
「ね?カカシさん。」
「坂口ね。お洒落だよね。」

盛り上がる目の前の彼らを余所に俺の社用携帯が鳴った。

「ごめん、電話。」

立ち上がってディスプレイを確認すると、先程名前の上がったウチの若手エースからだった。静かな場所に移動して電話を取る。

「どうした?」
「こんな時間にすみません。堀江さんが仕切っている日用品メーカーのプロジェクトなのですが。」
「あぁ。来週サービスインだったっけ?」
「はい。終結に向けて進めていたところを今日の定例で追加要望として無茶な要求突き付けられて呑んでしまったようです。」
「嫌な響きだね。」
「今のまま進めるなら明日のミーティングで方向性提示、断るならそれこそ早めに明日交渉、ということで今作業中なのですが、あまり経験の多くないメンバーばかりで。予算関連の相談もしたいのですが、もし可能であれば、30分で構わないので来て頂けないでしょうか?」
「ん。ちょうど会社の近くで飲んでたから、今から向かうよ。苗字、メンバーじゃないだろ?気にせず帰れ。」
「そうなんですけど、とりあえず、主任が来た時に詳細説明します。概要メールしてあるので、もし時間あればそちらもご確認いただけると。」
「りょーかい。相変わらず仕事が早いね。15分後には着くと思うから。」
「ありがとうございます。一旦失礼します。」

用件だけの無駄のない電話を切り、席に戻って社に戻ることを伝える。少し多めに会費を払ってその場を後にした。

「お疲れ様。どうよ、状況は。」
「主任!」

声を掛けると1番に寄って来たのはプロジェクトリーダーの堀江で、藁にもすがるといった表情だった。

「すみません、俺、きちんと内容把握できてなくてハンドリングしきれず。」
「まぁ、誰だってそういうことあるから。今回は経験あるメンバーも少なかったんでしょ?慣れない中引っ張ってくれて助かってるよ。」

宥めながら明かりのついた会議室に入ると、ホワイトボードには文字が書き連ねられプロジェクターでは何やら資料を映し出している。

「状況は落ち着いた?」
「お呼び立てしてすみませんでした。ざっと状況整理と、思いつくだけなのですがいくつか案も用意したので説明しても構いませんか?」
「ん。よろしく。」

電話を掛けてきた本人に話しかけると、簡単に資料をまとめたらしく淡々と状況説明と3つ解決策として案が挙げられていた。補足説明としてその場にいた堀江が先方の様子を話す。

「よくまとめたね。ざっと聞いた感じだと、3つ目の案が一番実現可能性がありそうだけど。」
「はい。私も同じ意見です。ただ、この案ですと似たような案件をしたことがある人が現在出払っていて、技術的に大丈夫なものかと。」
「それで俺が関わってた案件思い出したってことか。よく覚えてたね。」
「社内表彰されていたので。」

苗字さんの言う通りだ、と呟く声が聞こえる。そちらを見て見知った顔が目に入り問いかける。

「溝口と山田もあの時一緒に居たよね?」

二人は、う、と言葉を詰まらせる。

「あ、れ、そうでしたか。すみません、私、そこまで把握できてなくて。」

珍しく焦った様子の彼女を手で制して二人に向き直る。

「どう思う?」
「や、えっと、俺たちも入ってたんですけど、カカシさんに頼りっぱなしで、こんなプロジェクトの行方左右するような判断、自信なくて。」
「そうじゃなくて。技術的に可能だと思う?あの時実際に手動かしてたの、お前たちでしょーよ。」

そこから彼らの実現案を聞いて、ディスカッションして、なんとかまとまった頃にはフロアで電気が点いてるのはこの会議室だけだった。一息ついてコーヒーを啜る。疲れ果てたメンバーをそそくさと返し、明日のミーティングに出ない何人かで急いで確認作業をしているようだった。自席で伸びをした彼女に自分が飲んでいるのと同じものを持っていく。

「お疲れ。」
「お疲れ様です。あ、すみません。ありがとうございます。」

そう言ってコーヒーに手をつける彼女の机は珍しく物で溢れている。化粧っ気はなく、髪も最低限の身だしなみといった程度にまとめられている。いつもの彼女だった。

「終電、大丈夫なの?」
「最悪歩いて帰れる距離なので。ご心配ありがとうございます。でも他の方はそろそろ帰らないと、ですね。」

立ち上がって年次の若い社員から声を掛けて回っている。彼女の机に乗っている資料を眺めた。自分のプロジェクトがまだ走り出したばかりで余裕があるから手伝ったんだろう。誰かに泣きつかれたのかもしれない。この会社のシステムだと、彼女にフルで報酬を出すことは難しい。どうしようかな、と考えている間に一通り声を掛けて戻ってきたようだった。

「主任も、遅くまでありがとうございました。飲み会中だったんですよね?」
「あぁ、接待とかじゃなくて、気楽な飲みだったから大丈夫。」

そうですか、と言って机の上を片付け始める。自分が残っているから俺が帰れないと思ったのだろうか。資料を鞄に詰め込み、机の上がいつも通り何もない状態になった。まだ湯気の出ているコーヒーを一気飲みすることはできなかったようで、席に座り直して急いで飲んでいく。飲み終わったらしい彼女に、お先、と遠くから声がかかる。

「お疲れ様です。主任もそろそろ。」
「あぁ。お疲れさん。」
「お疲れ様です。」

立ち上がった彼女から、先週末出会った彼女と同じ香水の匂いが微かに届いた。