「今度ボランティアで子供向けに絵本の読み聞かせやるんだ。」
彼が何気ないように言った。耳に届いた言葉を想像して光景を浮かべてみる。
「何、そのステキなイベント。私も行く。」
「聞いてた?子供向けだからね。」
「図書館?」
「そ。今度の日曜日。それでさ、練習しとこうと思うんだけど、」
「聞く!」
食い気味に言うとしょうがないという風に笑われる。
「もう決まってるの?本。」
「うん。これ。」
「ウサギの話?可愛いね。」
取り出した可愛らしい表紙の絵本を見る。そそくさとその真ん前まで行って座り込んだ。一度ニコリと笑うと彼が絵本を開いた。ページをめくる音がする。
『白いウサギと黒いウサギ。二匹のウサギが広い森の中に住んでいました。』
絵本をこちらに見せるようにして読んでくれる。今までもこういうボランティアをやっていたのかもしれない。慣れたように読んでいく。可愛いウサギの挿絵を見ながら、やっぱりこの声好きだなと思う。
『「願い事って?」と白いウサギが聞くと、「いつも、いつも、いつまでも、きみと一緒にいられますようにってさ」と黒ウサギは』
絵本のセリフなのに彼の声で聞こえた言葉に頬が熱くなる。抑揚をつけた読み方で白ウサギの代わりに自分が言われたのかと錯覚してしまう。煩く脈打つ心臓を落ち着かせようとしていると、いつのまにか彼の声が聞こえなくなった事に気付く。
「あ、あれ?もう終わった?」
慌てて顔を上げると彼も顔を赤くしている。
「バカ、なに照れてんだよ、絵本だろ。」
「う、うん、ごめん。」
言われて余計に意識してしまう。彼は純粋に読み聞かせの練習をしていただけなのに、なんて事を考えてるんだ自分は。どんどん恥ずかしくなる。気を取り直したらしい彼が絵本を持ち直し、また読み進め出した。
『白いウサギは、やわらかな手をさしのべ、』
火照った顔からなかなか熱が引かない。
「おしまい。」
そう聞こえて来た声に拍手すると恥ずかしそうに顔を逸らす。
「上手だね。聞き入っちゃった。」
「途中聞き入りすぎてたみたいだね。」
一度目が合って慌てて逸らす。子供向けの純粋な絵本なだけに、言葉もストレートだったな、と思い返す。
「ね、この本読むの?」
「そうだよ。」
「他の本に替えてもらったら?ほら、ぐりとぐらとか、私たち子供の頃人気だったよね?」
はぁと溜息を吐くとまた恥ずかしそうにする。
「子供達は純粋だから、名前みたいなことは考えないから。」
「で、でも、お母さんとか!お姉ちゃんとか来てるかもよ?他のボランティアの人とか!」
「大丈夫だから、な?」
子供みたいに我儘を言う私を宥めるように言われる。
「ごめん。我儘言って。」
「…すごく真剣に聞いてくれてたのは分かった。ありがと。」
「ね、途中あんま分かんなかったから、もう一回読んで?」
「もう練習終わり!」
顔を赤くしてパタンと本を閉じると彼が立ち上がる。
『いつまでも、きみと一緒にいられますように』
絵本のセリフが彼の声で何度も再生された。