18

しばらく、夜霧と共に平穏な時間を過ごしていた。彼と二人でいる時間が、どこか心地よくて、心の中の不安や迷いが少しずつ薄れていくような気がしていた。だが、その平穏は長くは続かなかった。

夜霧が少し離れている間に、私の目の前に忍者たちが現れたからだ。気づく間もなく、私は無理矢理連れ去られ、あたりの景色が一瞬で変わった。すぐに暗い場所へと引きずり込まれた。そこで待っていたのは、無言で私を見つめる忍者たちだった。どうしてこんなことになったのか、私は理解できないいまま、助けを求める言葉を発することさえできなかった。

忍び装束を着た彼らは容赦なく私を痛めつける。

居場所を吐けと冷たい声が響く。私はただ、無言で彼らを見返すことしかできなかった。痛みが、じわりじわりと身体に広がっていく。その痛みを感じながらも、何も言えずに耐えていた。

拷問のように続く痛みの中で、私はただその場で耐える事しかできない。どれほどの時間が経ったのか分からなかったが、痛みが増す度に、私はただ無力さを感じるばかりだった。彼だけでもどうにか逃げてくれたらいい。私は耐えられる。痛いのも大丈夫だ。彼にどんな形であっても苦しんでほしくない。


あの夜に、迷子になったような夜霧はどこかに帰りたがっていた。自分でもわかっていないどこかに帰りたいと泣いているように思えた。私は何も知らないけれど忍者として生きてきた人々を何度も見てきた。彼らはきっと死と隣り合わせの世界で恐怖に震えながらも懸命に、生きようとしていた。傷ついて傷ついて、その世界から逃げたくなって彼は逃げてきたのだ。これ以上どうして傷を負う必要があるだろう。

もうあの人を、解放してあげてほしい。そのためならば私は喜んで人柱になったってかまわない。




意識が沈んでは、浮かび上がり、また沈む。そんなことを何度目か繰り返した時、私を見下ろして名前を呼ぶ夜霧の姿が見えた。

危険を冒して助けに来てくれたのだろう。私を見捨てればきっともう少し簡単に逃げれるはずなのに、この人はいつでも私を置いていかなかった。彼は私に逃げるぞと手を引く。私はすでに限界に近かった。体力は尽きボロボロだ。痛みと疲労で意識が朦朧とし、目の前がぼやけていく中で、歩けないままいる。

おいていって

私がそう告げると彼が息をのみ、そうして私を抱え、必死に逃げようとしていた。


「大丈夫だ、きっと大丈夫だ」

夜霧の声が響く。彼の優しい声が、私に希望を与えてくれているように感じた。しかし、私の体は限界で、もう動けない。何も言えずにただ、彼にしがみついていた。どうして……。置いていって。もう私は走れない。風を切って進めない。
もういいと私が伝えようとしても彼はそれを拒み、私を離してはくれない。置いていってはくれない。

その時、ふと弓矢が空を切る音が耳に届く。私は驚き、目を見開いた。弓が放たれたその瞬間、夜霧が痛そうにうめき声を上げ、肩に矢を受けてしまった。彼はその場で少しよろめいた。私は一瞬、言葉を失ってその姿を見つめた。矢が深く刺さったわけではなかったが、それでも彼の血がすぐに地面に落ちていくのを見て、私は青ざめてしまった。私は息を呑んで彼を見つめる。夜霧は苦しそうに顔をしかめながらも、無理に足を動かし、私を抱え続けていた。彼は必死に私を守ろうとし、逃げようとしている。しかし、その姿があまりにも痛々しくて、私の胸は締め付けられるようだった。

その時、再び追っ手が現れると、男たちはどんどん迫り、夜霧はそれに気づいてすぐに戦闘態勢に入る。彼は傷ついているにもかかわらず、刀を抜き、必死に振りかざして抵抗しようとする。だが、傷が痛むのか、動きが少し鈍くなる。

男たちは容赦なく攻撃を仕掛けてくるが、夜霧はなんとか太刀打ちしようとしていた。彼の一撃一撃は鋭く、冷徹で、まるで何もかもを切り裂いてしまうような力強さを感じる。しかし、疲労と負傷が彼の体を重くし、思うように刀が動かない。血で刀がすべり、どんどんと鈍くなっていく。それを許してくれるような者たちではない。

その姿に私は心の中で叫びたい思いが込み上げてくる。彼を守りたい、ただそれだけだった。しかし、私の体も限界で、何もできない自分に無力感を感じながら、せめて何かできないかを考える。

夜霧は次第に追い詰められていった。襲ってきた集団に囲まれ、どんどんその動きが制限されていく。夜明け前の薄暗い時間、まだ闇が深く、夜霧の動きは鈍く、闇そのものに取り込まれていくように感じられた。その時間帯が、彼を一層無力にしていくかのようだ。闇が彼を包んでいる。

肩に受けた矢から流れる血が彼の身体をさらに重くして、刀を握っているはずの手からその刃が滑り落ちる。その瞬間、彼の隙をついた刺客が飛び込み大きな一撃を加えた。

ざくりと切り裂かれる音が響き、赤い鮮血が舞う。血しぶきのひとつひとつが水滴すらも見えるほどに、私はゆっくりとその光景が再生される。夜霧はその攻撃を受け、身動きが取れなくなった。彼は膝をつき、息を荒げながらも、まだ命をつなぎ止めてはいる。しかし、その状態ではもう立ち上がれない。血が一気に流れ出し、暗闇の中で彼の姿が次第にぼやけていった。


このままだと死んでしまう。


その時、私は必死に彼に手を伸ばした。だが、手の届かぬ距離で、また別の男が近づいてきた。夜霧を殺そうとするその男を、私はただ見ていることなどできない。今の私は無力ではない。地面に転がっている折れた刀を掴むと、無理に体を起こしてそのまま男に向かって突き刺す。割って入ってきた私はそのまま切り裂かれるが、私は止まらずに刀を突き立てる。

ぐしゃり、それはどちらの肉が切れる音か。

刀が男の胸に突き刺さり、私はその力を振り絞ってさらに押し込んだ。痛みが広がるのを感じながらも、男は言葉を発しながらも倒れ、静かに息絶えた。私の体力は限界だった。目の前がぼやけ、何も見えなくなりそうだったが、それでも夜霧が生きていることを確かめるために、必死に彼を見つめる。視界が赤い、それでいてとても暗くなっていく。

どこ どこにいるの


夜霧は、私が倒した男の死体を見て呆然としていた。血まみれで横たわる私を見つめ、その表情には一瞬何も考えられないような茫然としたものが浮かんでいた。しかし、すぐに我に返った彼は、すぐに駆け寄り私を抱きかかえる。

「………………どうして……っ!」

どうして、と彼は信じられないというように、私に問う。顔がよく見えないが、とても悲しい顔をしているように思えた。迷子の子供の様な、そんな顔。

「血、血が……血が出てる……じゃないか、あ、あぁああ……だいじょうぶだ、医者を探す。必ず助けてやる」

彼は必死に言った。諦めることなく、私を守ろうとするその姿勢が、逆に私を悲しませる。残念だ。とても。私はもう、今回の自分の命が長くないことを悟っていたから。死を体験しているからこそわかる。もう助からない。

あのときみたいだ。あの時も昆奈門を悲しませてしまった。また同じことをしてしまう。私はその手を押し返すように微笑みを浮かべた。呪いにしてはいけない。この人はもうこれ以上何も背負い込まなくていい、私を荷物として背負ってはいけない。もう死んでしまうから、あきらめて逃げなさい。優しいあなたが傷つくことはない。

意味もなく笑うことが、せめてもの優しさに思えた。

その笑顔の裏に込めた真意を、夜霧はすぐに理解したようだった。彼の瞳に涙が溢れ、その顔に無言の悲しみが広がった。

「おいてはいかない……おいていけないよ………………お前を、ひとりにするものか
…………」

彼は首を横に振り、私の意志を受け入れようとしなかった。諦められないのだろう。どこまでも優しい人だ。


「好きなんだ。君が、君のことが……。こんな形で、伝えたくなかった…………」


死ぬな、死ぬなと彼は私の手を強く掴み抱きしめる。その感触すらももう鈍い。


二人で逃げることはもう難しくなったが、彼は血濡れの私を抱えてそれでも必死に走り続けた。追っ手が迫り私は夜霧と共に川に落ちた。流れは速く、冷たい水が私たちを飲み込んでいく。
夜霧が私に手を伸ばし、「手を伸ばしてくれ!」と叫んだ。しかし、私の手は水中で無力で、必死に彼の手を振り払うように動かしていた。彼の声が、耳に届くたびに胸が締めつけられた。

「行かないでくれっ!」

夜霧は絶望したように手を伸ばし続け、私が流されていくのを見つめていた。その目が私に最後の願いを込めて、必死に向けられていることがわかった。それでも、私はその手を拒み、彼に伝えたかった。



その後、滝の下で流れに飲み込まれた私は最後まで彼を見届けることができなかった。夜霧は私を助けようとするも手が届かず、彼の最後の叫びが水音にかき消され、やがて私の視界は暗闇に包まれていく。




叶うなら、もう悲しませたくはない。
自分が死ぬことで人が悲しむとわかったから、次生まれ変わる時にはもっと私は強くなれますように。

願いながら私はそうして命を終えた。















「お前は人を殺したのね」

火の鳥の声がする、燃え盛る彼女は宇宙の中を飛びながら、私の魂の元へと降り立って審判をするように告げた。

「殺生を行ったお前はもう無垢な存在ではありません、お前は罪を背負わなくてはいけないの」


それが因果だという。私の運命は人を殺したことで歪むと。それでもいい、あの時夜霧を助けることができたのなら後悔はない。私が何かを背負うのだとしても、それでもよかった。


「お前は願いの為に人を傷つけることを選んだ、だから、お前は大切なものを失うことになるのよ」




大切なものを失うとは何だろう。
わたし 、は ――――



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