20

見えたのは、たくさんの星とたくさんのきらきらとしたなにか。私の体は燃えた後宇宙に散っていき、宇宙からまたかき集められて、そうして火に焼かれどこかに落とされる。

鳥が笑う。美しい炎のようなきらめきを放つ鳥は私を見下ろしている。
あなたもこの宇宙の中の一つに過ぎないのですよ
生まれては死んで、新しく命を手に入れて蘇る、あなたは輪廻の中にいるの。
鳥に連れられて私はそうしてどこかをぐるぐると回り続けていろんな存在になる。そんなことをもう何度か繰り返し、私はそうして気がつけばどこかに倒れていた。


ゆっくりと目を覚ます。

目の前には白い雪が静かに降り積もり、白が世界を覆い隠していた。風が吹くたびに、木の枝の上の雪がさらさらと音を立てて崩れ、儚く宙に舞う。冷たい空気が肌を刺し、息を吐けば白くかすんで消えていく。その雪の中に倒れていた。

仰向けになったまま、ぼんやりと空を見上げる。灰色の雲がどこまでも広がり、雪は果てしなく降り続いていた。寒い。けれど、それ以上に、何かがぽっかりと欠けている気がした。


そこで気が付く、私はだれだっただろうか?


自分の名前が、思い出せない。どうしてここにいるのかもわからない。ただ、雪の冷たさがじわじわと身体に染み込んでいく。動かなければ、このまま雪に埋もれてしまう。けれど、力が入らない。このままでもいいかあ、そんなことを考えて目を閉じる。


さく、さく


足元で、雪を踏みしめる音がした。誰かが近づいてくる。

薄れゆく意識の中で、目の前に影が差すのを感じた。かすかに見上げると、蓑にくるまった小さな少年が、じっとこちらを覗き込んでいた。

「……いきてるの?」

少年の声はかすれていた。まるで、何度も泣いた後のような声だった。その声を聞いてなぜか雪の冷たさとは違う、心の奥が軋むような痛みを覚えた。必死に唇を動かし、声を絞り出す。

「……生きてる。生きたい……生きなきゃ……ダメなの……」

力を振り絞り、雪を押しのけるようにして起き上がる。その動作すらも、ひどく大変なことのように思えた。けれど、起き上がらなければいけない気がした。少年は、じっと私を見つめた。

「…………じゃあ、おれと同じだね」

その瞳の奥には、深い孤独と、消え入りそうな光があった。彼もまた、ここに独りきりなのだと直感的に理解した。

どこまでも、どこまでも。白い容赦のない雪はまだ降り続いていた。




冷たい風が頬を刺す。舞い落ちる雪が、私の髪に、肩に降り積もっていく。指先がかじかんで、うまく動かない。けれど、それ以上に寒そうにしているのは、目の前の小さな子供だった。ぼろぼろの蓑にくるまって、膝を抱えている。肩が小さく震えていて、唇は紫色になりかけていた。

「……寒いねえ」

私がそう呟くと、子供はゆっくり顔を上げた。大きな瞳が、暗闇の中で揺れている。私はそっと手を伸ばし、その小さな手を包み込んだ。

「ねえちゃんも、村がなくなったの?」

目の前の少年が、かじかんだ唇でそう問いかけた。蓑にくるまった小さな身体は、寒さと不安に震えている。私は、一瞬答えに詰まった。思い出そうとしても、何も浮かばない。ただ、冷たく白い雪の中で目覚め、こうしてこの子に出会った。それより前のことが、何一つ思い出せない。自分の名前すらも。

「どこに帰るかわからなくなっちゃった。何も……覚えてないの」

ぽつりとそう言うと、少年は少しだけ眉をひそめ、しばらく黙っていた。それから、小さく息を吐き、雪を踏みしめる音が静かに響く。

「おれも似たようなもんかな」

その声には、諦めの色がにじんでいた。まだ幼いのに、もう何かを諦めることを知っているのかと思うと、胸の奥が締めつけられる。

「困ったね」私はそう言って、笑った。

少年はぎこちない顔をしながらも、私のそばを離れようとはしなかった。雪が降りしきる。冷たい風が頬をかすめ、肌の奥まで凍えさせる。あたりを見渡しても、寒さをしのげる場所など見当たらない。

「寒いね……」

私は独り言のようにそう呟いた。少年は無言で頷いたが、すぐにまた小さく震え始めた。幼い体には、この寒さはあまりにも厳しい。とにかく、風を避けられる場所を探さなくては。私は少年の手を取り、雪道を歩き出す。何度も雪に足をとられながら、それでも歩き続けた。どこかに、ほんの少しでも暖を取れる場所があるはず。

ようやく、崩れかけた建物の影にたどり着いた。壁がまだ半分ほど残っていて、屋根もかろうじて雪を防いでいる。完全に吹きさらしではないだけ、ここはまだましだ。

「ここなら、少しは……」

言いかけて、少年を見た。小さな肩を丸めて、唇の色はもはや青くなっている。

「……大丈夫?」

少年はこくりと頷いたが、その表情は明らかに無理をしていた。私はそっと彼の手を取り、自分の手で包み込んだ。冷たくなった指先に、そっと息を吹きかける。白い息が手の甲にふわりと溶け、すぐにかき消えた。

「まだ、ちいさな手だね」

私はそう言いながら、両手で包むようにして温め続ける。少年の手は小さく、細かった。生まれてからまだ、それほどの年月を生きていないことがわかる。やがて、少年は力なく私に寄りかかってきた。私は彼をそっと抱きしめ、冷たい頬を自分の肩に預けさせた。

「眠ってもいいよ。ここにいるから、大丈夫」

私は囁くように言った。少年は小さく頷き、私の腕の中で身を縮める。
――――かあちゃん……

かすれた声が、雪の音の中に溶けていく。泣きながら、母を呼ぶような寝言だった。この子は、おそらく母親と別れてしまったのだ。戦に巻き込まれ、村が焼かれ、家族もすべて失った。ひとりぼっちでこの雪の中を生きている。私はそっと、彼の背を撫でた。冷たい身体を少しでも温めてやろうと、ぎゅっと抱きしめる。少年の寝息は、不安げで、寂しげで、それでもどこか安心したように聞こえた。

どこで聞いたかも覚えていない、思い浮かんだメロディーを口ずさみ、頭をそっと撫でてあげる。とてもちいさくて、とてもつめたい体だった。



二人のもとに雪はまだ降り続けていた。






「名前はなんていうの?」

しばらく二人で過ごしていた雪の降り続く中、少年が私を見上げてそう尋ねた。

私は唇を開きかけ、そしてすぐに閉じた。自分の名前……それすら、思い出せない。どこから来たのか、誰だったのか、何もわからない。ただ、ここで目を覚ましたこと以外に、自分の記憶はなかった。

「……わからない」

正直にそう答えると、少年は少しだけ驚いたように目を丸くした。でもすぐに、「そっかあ」と納得したようにうなずいた。

「じゃあさ、ねえちゃんの名前、おれが決めていい?」

「え?」

「名前がないと不便でしょ?」

私はしばらく考えて、それもそうかもしれないと思った。何も持たない私が、せめて名乗れるものを持つのは悪くないことかもしれない。

「……いいよ」

「じゃあ、ねえちゃんは『なまえ』ね!」

私が頷くと、少年は元気よく言った。

「なまえ……?」

口に出してみても、それが馴染むものなのかはわからなかった。でも、それが私のものなら、それでいい。不思議な響きだった。なぜか自分にはその名前がぴったりだと思えるような説得力がある。

「どうして、その名前にしたの?」

「んー……なんとなく、思い浮かんだから?」

少年はそう言って笑った。理由なんて特にない。ただ、浮かんだから。それだけのこと。でも、それがかえって嬉しかった。特別な意味がなくてもこの子が私の事を思ってつけてくれたということが特別に思えた。

「……じゃあ、今日から私はなまえ」

「うん!」

私に名前を付けてくれた少年――――きり丸は、嬉しそうに頷いた。






降り続ける雪が、視界を白く染めている。冷たい風が頬を刺し、凍えそうな寒さだった。

「……どうしようか」

私は呟く。どこへ行けばいいのか、何をすればいいのか、まるでわからない。ただ、このままじっとしていては、確実に凍えてしまう。雪がこんなにも深く積もれば、地面の植物はすっかり眠ってしまっている。食べるものを探すにも、簡単には見つからないだろう。

「とりあえず、山のほうへ行ってみようか」

きり丸は黙って頷いた。二人で足跡を雪に刻みながら、山へと向かう。靴の中まで冷え切っていて、指の感覚がどんどんなくなっていく。でも止まったら、それこそ凍えてしまう。しばらく歩いたところで、雪の間から何かが動くのが見えた。

「……うさぎ?」

真っ白な毛並みのうさぎが、雪の中をぴょんと跳ねる。

「逃げる前に捕まえなきゃ!」

きり丸が素早く動く。私も後を追い、雪を蹴りながら駆けた。うさぎは驚いて跳びはねるが、きり丸の手がすばやく動き、見事にその身体を押さえ込んだ。

「やった!」

「すごいね」

きり丸は息を切らしながら、でも誇らしげに笑っている。私は、捕まったうさぎをじっと見つめた。

「これ、食べよう」

きり丸がそう言った。私は少しだけためらったが、寒さと空腹には勝てなかった。ゆっくりと頷く。

「うん」

生きるために、食べるしかない。この寒さの中、飢えて死ぬよりは、ずっといい。雪の中でどうにか火をおこし、うさぎの肉を焼いた。煙が冷たい空気に溶けていく。口に入れると、少し固いけれど、熱が身体の奥まで染み込むようだった。

「……あったかいね」

きり丸は無言で頷き、もくもくと肉をかじっていた。雪は、まだ降り続いていた。






しんしんと降る雪の中、私たちは歩き続けた。はぐれないように手をつなぎながら二人で当てもなく歩く。どこへ向かえばいいのかもわからない。ただ、じっとしていれば凍え死んでしまうから、足を止めるわけにはいかなかった。

やがて、雪の白にまじる黒い影が視界に入り込んできた。

「……これって」

きり丸が足を止める。そこは、合戦の跡だった。

踏み固められた雪の上に、いくつもの人影が転がっている。鎧を着たままの兵士、無造作に折れた槍、刃こぼれした刀。あたりにはまだかすかに鉄と血の匂いが漂い、冷たい風が吹き抜けるたびに、それは雪の匂いと混ざって私の鼻をかすめた。

「うわぁ……」

きり丸がつぶやく。死を前にしているのに、彼の声には怯えよりも、どこか現実を受け入れたような響きがあった。彼は雪の中に埋もれた刀を見つけ、手を伸ばす。

「危ないよ」

私は思わず彼の腕を掴んだ。

「でもこれ、売れば金になるかもしれないだろ?」

きり丸は私を見上げた。

「金があれば、何とかなるかもしれない。食べ物だって、寝るところだって、金があれば手に入る。……おれの村だって、金さえあればどうにかなったかもしれないんだ」

その瞳には、怒りとも悲しみともつかない感情が滲んでいた。今までに彼は何を見て来たのだろう。何を知り、何に絶望してきたのだろうか。何もわからない私よりもきっとずっとずっと残酷なものを見てきたんだろう。

「……そうなのかな」

私は、地面に転がる折れた刀をじっと見つめる。誰かの命を奪うために使われ、役目を終え、こうして放り出された刃。それをまた拾い上げて、生きるために使う。

「人を殺すために使われた刀なら、今度はおれたちが生きるために使ったっていいはずだ」

きり丸は、ぽつりとそう言った。

「……そういうものなの?」

「いいんだよ」

彼は力強く言う。そうしなければ生きていけない世界なのだと、そう語る彼の言葉に、私はこの世界が思っていたよりも厳しく、過酷なものなのだと知る。生きることは、大変なことなのだ。

雪が降り積もる静かな戦場の中、私はふと、頭の奥に声を聞いた。
————死ぬな。
泣きながら、誰かが私にそう言っていた気がする。



あなたは、誰?
その声の持ち主を思い出そうとするのに、何も浮かばない。ただ、胸の奥が締めつけられるように痛んだ。私は、誰かのために生きなくてはいけなかった気がする。その人に会わなければいけない気がする。

でも、それが誰なのか、どうしても思い出せなかった。胸が少し痛む、変な気分だ。


冷たい風が、雪を舞い上げる。きり丸が拾った刀を見つめながら、「行こう」と言った。私も、無言で頷いた。なにもわからない。でも今はこの小さな子供と共に、歩いていこう。わからないなりに、私に手を伸ばしてくれた彼の手を取って歩き続けることを選んだ。


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