雪が静かに降り積もり、世界はすべてを包み込むように白く染まっていた。身の回りには何もない。ただ、ひたすらに雪と風だけがきり丸を包んでいた。村が焼かれ、家族と死別し、一人で生きることを強いられた。生きろと言われたが、それがどれほど辛いことかを痛感し、どこに向かえばいいのかもわからず、ただ彷徨い続けていた。
そんな時真っ白な雪の中で、遠くに転がる何かを見つけたのだ。それは人のように見えた。死んでいるのかと思い、近づいて声をかけた。死体を目にすることには慣れていたため死に対する感覚は何もかもが薄れていた。声をかけることすらも、本来ならしない。それでも母親の事を思い出して、どうしていいのか迷いながら口にした。
――――いきてる?
返事は返ってこないと思ったが。しかし、その死体は答えた。死んでいなかったのだ。
その人は、ふっと目を開けて、起き上がった。その顔は美しく、どこか優雅な雰囲気を漂わせていた。しかし、きり丸にはその姿がどこか母親に似ているように感じられた。
起き上がった女と共に寒さをしのげる場所を探す。なぜ一緒にいるのかわからないが一人はさみしいので一緒についていくことにした。女も一人が寂しいのかきり丸と一緒にいた。女は震えながら、きり丸に手を差し伸べた。
「まだ、ちいさな手だね」
その人は、私の言葉にただ微笑みながら、手を握りしめ息を吹きかける、少しでもあったかくなるようにと。その言葉に、何も言わず、ただ彼女の胸に抱きしめられた。無意識のうちにその手にすがりついていた。母親を失ったきり丸にとって、その手の温もりがあまりにも大きかったからだ。
ひとりはさみしい。
その人は、母親とは違った顔をしていた。しかし、どこか母親の面影を感じさせるような、温かい優しさを持っていた。きり丸はその女の腕の中で、深い安心感とともに抱きしめ返した。
名前がないというので名前を付けてあげる。女はその名前を気に入ってくれた。何も知らない世間知らず。自分のことを全部忘れたらしい。戦のショックから記憶を失ったんだろうか。自分も同じように全部がなくなった。女も同じように戦でどこかに全部を置いてきてしまったのかもしれない。
俺たちにてるね
おそろいだね。そんなことを言ってお互いに身を寄せ合いながら生きた。
何もかも失ったきり丸にとって、たった一人でも、誰かと共に過ごす時間がどれほど大切なものだったのか。それが、どんなに無力で、脆弱なものであっても、きり丸にはそれが唯一の支えだった。
女はきり丸が手を伸ばせばいつでも抱きしめ続けてくれた。きり丸の中で、母の面影が重なり、温かな気持ちが広がっていく。どこか遠い記憶に感じる温もりを感じながら、きり丸はその人の腕の中で、しばらく動けずにいた。
夏の夜、静かな空気の中で、一緒に蛍を見ていた。その小さな光が、空を舞いながら夜の闇に溶けていくのを見つめていると、急に胸が締め付けられるような感覚に襲われた。彼女が泣いているのを見て、心の中で何かが崩れそうになるのを感じる。
「ねえ、どうして泣いてるの?」
きり丸は彼女に問いかけたが、彼女はわからないと迷子の子供が帰り道を探すような顔をして、ただ、涙を拭いながら、静かに蛍の光を見つめている。彼女の涙を見るのが辛くて、何も言えなくなってしまった。目を離したらどこかに行ってしまいそう。夜の闇がねえちゃんをさらってしまうんだ。そんなのだめだ。絶対に手を放してはいけないと思った。これ以上、何も失いたくなかった。
その時、私の心の中で確信が湧き上がった。彼女がいなくなってしまうことが、何か大きな喪失につながる気がしてならなかった。彼女がどこにも行かず、ずっと一緒にいてくれることだけが、きり丸にとっての安心だった。
それでも神様はきり丸からまだ何かを取ろうとするらしい。
「ずっと、一緒にいるって言ってくれたよね?」
きり丸はやはり心配で、再び彼女に聞いてしまった。彼女は微笑んで、私の手をぎゅっと握り返したが、その笑顔は少しだけ曇って見えた。
「もちろん、一緒にいるよ。でも……」
その「でも」の言葉が胸に重く響いた。彼女が城の奉公に出ると言い、そして去っていくことが決まった。その日何も言えず、ただ泣きながら彼女を引き留めようとした。こうしていればいつでも泣き止ませようとしてくれるから行かないでここにいてくれると思ってた。
「いなくならないで」
必死に頼んだが、彼女はただ静かに首を横に振った。
「行かなきゃならないの。だから、お願い、わかってほしい、二人の力だけじゃ生きていけないんだよきり丸」
彼女はそう言って、きり丸を見つめながら去っていった。もらった金銭を握りしめながら、彼女がまた戻ってきてくれる日を信じて、ただ待つことしかできなかった。
年月が過ぎ、彼女がいなくなってからの時間がどれだけ長く感じられたことか。きり丸は必死に生きようとしたが、年々、彼女は心の中で遠くなっていくように感じた。もしかしたら、自分の存在が荷物になって、彼女は離れてしまったのかもしれない。そんなことを考えながら、日々を過ごしていた。一人になるといつも怖いことを考える。そんなはずないと信じたいけれど、そんなことはないよと言ってくれる人はいない。安心させてくれる人はいない。
もう一度、彼女と再会できる日が来るだろうか。あの時、手を握りしめた温もりが、今もきり丸の中で温かさを残している。しかし、時間が経つにつれて、その温もりを手放してしまったような気がしてしまう。もう戻ってこないんじゃないか。ただ静かに過ごす日々の中で、彼女のことを思い続けていた。
彼女が去った後、きり丸の心の中にはどこか空虚な部分が残った。なぜおいていったのか憎むべきだと思ってみても、あの優しい思い出がそれを許さなかった。憎しみや怒りは、きり丸には難しい感情だった。たとえ彼女がきり丸を置いていったとしても、彼女がいなくなったことがどれほど辛いことだったとしても、その優しい記憶はきり丸を包んで、心の中に温もりを残していた。
「生き延びてやる」
きり丸は心の中で決意を固め、懸命に生きることを誓った。生きて帰ってきて、どうしてあの時自分を置いていったのか、問い詰めるために。生きる意味を見つけるために、私は力強く前を向いて歩き出すしかなかった。
戦の中、きり丸は弁当を売って金を稼ぎ、そうして入学金を稼いだ。衣食住が安心できる忍術学園にはいれば少なくともしばらくは一人でも生きれる。そう信じたからだ。そうして少しずつ忍術を学び始めた。忍術学園に入学し、友人ができ、優しい先生とも出会い、先輩たちからもかわいがられて、それなりにうまくやっていた。毎日が忙しくて、あの頃の寂しさを忘れるために必死だった。ねえちゃんがいなくても大丈夫だと思うようになっていた。
しかし、夜の静けさの中でふと手のひらを見つめると、あのぬくもりが忘れられずに胸が締め付けられる。彼女の温かさが、私の中で消え去ってしまったようで、どうしてもその温もりを忘れることができなかった。
「今、何をしているんだろう……」
私は時折、彼女のことを考えていた。城ではどうしているのだろうか。あの時一緒に過ごした日々を覚えているだろうか。そんなことを思っていると、上級生が授業の一環で城方面の任務に行くという話を聞いたことを思い出した。何か聞けるかもしれないと思って帰ってきた上級生の方へといこうとすると話している様子が聞こえてきた。
「ああ、あそこは特に戦火の激しい場所だったが城が落ちて、城の者たちが大勢死んだようだ……」
その城はねえちゃんが奉公先に出た城だ。その言葉を聞いた瞬間、世界が真っ暗になったような気がした。その瞬間、何も考えられなくなった。胸が苦しくて、息が詰まるような感覚に襲われ、ただ静かな部屋の中で身動きが取れない。
これ以上、失いたくない。彼女に会いたい。問い詰めたい、話したい。あの時の思いを、どうしても聞きたい。そして、どうしても会いたかった。
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