「お姉さんはどこから来たんですか?」
「どうしてここにいるんですか?」
「忍術でききますか?」
「好きな食べ物はなんですかー!」
一斉に浴びせられる質問に、私は思わずあわあわと戸惑う。答えようと口を開くも、次から次へと話が飛んでいくため、うまく言葉が追いつかない。
そんな私の様子を見て、土井がくすりと笑い、「お前たち、そんなに一気に聞いたら答えられないだろう」とやれやれとした口調でたしなめた。
彼がそう言っても、子供たちは口を閉ざすどころか、相変わらず好奇心に満ちた目で私を見つめてくる。すると、一人の少年が突然、「お姉さんもサッカーしましょう!」と元気よく言い、周囲の子供たちも「しよう!しよう!」と声を揃えて盛り上がる。
「えっ、でも……」
戸惑う私の手を、子供たちは小さな手でぐいっと引っ張る。その勢いに押される形で、私は彼らの輪の中に入ってしまった。
「やったー! じゃあ、まずはルールを教えてあげますね!」
どうやら、彼らが遊んでいたのは「サッカー」と呼ばれる遊びらしい。私は今まで見たこともなければ、やったこともなかった。ボールを蹴る遊び……それだけ聞くと単純そうに思えるが、実際にやってみると案外難しい。
子供たちが得意げにルールを教えてくれる。
「こうやってボールを蹴って、相手のゴールに入れるんですよ!」
「手を使っちゃダメなんですよー!」
「パスするときは、こうやって足の内側を使うといいですよ!」
最初は戸惑いながらも、言われるがままに走ったり、ボールを蹴ったりしてみる。最初はぎこちなく、思ったように蹴れなかったが、何度か繰り返すうちに少しずつ慣れてきた。走るたびに風を感じ、ボールが足に当たる感触が心地いい。
「……これ、少し大変だけど面白い、ね」
そんな風に思い始めた頃、私は無意識に笑みを浮かべていた。
「お姉さん、上手!」
子供たちは嬉しそうに声を上げ、私を褒めてくれる。その言葉に、少しくすぐったいような気持ちになりながらも、心の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。その様子を、土井は少し離れたところで微笑ましそうに見つめていた。
夕暮れの空が茜色に染まり、あたりは穏やかな橙色の光に包まれていた。忍術学園の校庭では、元気な少年たちの笑い声が響き渡っている。私は彼らに混じってサッカーをしながら、久しぶりに心からの笑みを浮かべている。
そんな中、土井がふと何かに気づいたように乱太郎と呼ばれる少年に声をかけた。
「きり丸はいないのか?」
その問いに、乱太郎が元気よく答える。
「きりちゃんは図書委員会の用事をしてから来るって言ってました! もうすぐ多分来ますよー!」
————きり丸?
その名前を聞いた瞬間、私はまるで心臓を素手で握られたような衝撃を受けた。
きり丸。それは、私が数年前に生き別れた子供の名前だった。愛おしく、守りたかった存在。だが、私は城に行き、それきり行方が分からなくなってしまった。
まさかそんな偶然があるはずはない。でももし、もし本当にあの子だったら——?
胸の奥がざわつく。不安とも期待ともつかない感情が渦巻き、鼓動が速くなる。その時だった。
「あっ、きり丸ーー!!」
子供たちが一斉に声を上げ、そちらを振り向くと、校庭の入り口からこちらへ駆けてくる黒髪の少年がいた。夕焼けの光を背負い、影を引きながら走るその姿。釣り目がちの瞳、機敏な動き、そして見覚えのある面差し。
————間違いない。
あの子だ。
私は言葉を失ったまま、その姿を目で追う。彼は軽やかな足取りでこちらへ駆け寄ってくるが、私の姿を認めた瞬間、驚愕に目を見開いた。
足が止まり、勢いのまま数歩滑るように前へ出たあと、彼は息を呑んだようだった。
「——え……?」
声が掠れている。私もまた、彼を見つめることしかできなかった。夕暮れの風がそよぎ、金色の光が彼の輪郭を縁取る。
……本当に、きり丸なの?長い間探し求めた、会いたくてたまらなかった子供が、今、目の前に立っている。
彼の歩みがだんだんと遅く、揺れながら近づいてくるのがわかる。目を見開いたその顔には、どこか遠くから来たような驚きと、深い疑念が入り混じっていた。声を絞り出すように「ねえちゃん……?」と、まるで現実ではないものを見ているかのように呼びかけてきた。
私は一瞬、息を呑んだ。どうしてこんなにも懐かしくも、痛いほど切ない声なのだろう。そして、私が答えるより先に、彼は小さく呟いた。
「ねえちゃん……いきてる…………?」
「き、きり丸なの……?」
その問いかけに、私は心の中で何度も答えようとしたけれど、言葉はすぐに口には出てこなかった。名前を呼ぶのがせいいっぱいだ。
見つめているうちに彼の表情が変わる。茫然とした顔が、ゆっくりと険しくなっていくのを見た。彼の眼差しは鋭く、冷たく、私を責めるように感じられる。彼はうつむきながら、言った。
「今更、なんで……?」
その言葉に、私は少し戸惑いながらも聞き返そうとした。だが、彼は近づこうとする私を拒絶するように後ずさる。
「勝手にいなくなったくせに!勝手に急になんで俺のところに戻ってくるんだよ!」
その叫びは、私の胸に鋭く突き刺さった。冷たい風がその声と共に響いて、私は言葉を失った。驚きと混乱で足が動かない。その間に、彼はさらに続ける。
「俺のこと捨てたくせに!」
そう告げて、彼は全力でその場を走り去っていった。その背中がだんだんと遠くなる。私はただ、立ち尽くし、呆然とその後ろ姿を見つめていた。
心臓が激しく打つ音だけが響く。追いかけようと一歩踏み出したものの、足は動かなかった。彼の声が耳の中で繰り返される。「ついてくるな」と、彼が叫んだその言葉に、私はすぐに立ち止まった。
捨てたんじゃない。
ちがうよ、と言って抱きしめたかった。会えてよかったと喜びたかった。それでも、彼の怒りに呆然として立ち尽くすことができず、ただならぬ雰囲気に周りのみんなも心配そうに私たちを見る事しかできずにいる。
初めて、誰かに拒絶される感覚が、心を冷たく、深く突き刺した。驚きとともに、胸が締め付けられるような感覚に捉えられた。何もできない自分が、ただ立ち尽くすしかなかった。
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