「組頭の元に戻る時間だ」
彼の声は低く、周囲に聞こえぬように呟いた。
他の忍者たちも同様に、次々と歩みを止め、一行は静かな小道にそっと踏み入れた。目的地はすぐそこだ。彼らが向かっている先は、組頭・雑渡昆奈門の潜伏場所。この男は数多の暗躍を支配し、情報を集めることに長けた人物だった。
雑渡は情報と策略をもって他の勢力を把握し、部下の忍者を動かしている。彼ら、忍者たちはその手段を駆使し、ある城についての調査をしていた。
その城は、最近、タソガレドキと呼ばれる軍勢によって攻め落とされたものだった。戦が激しく、城主は命を落とし、領地はその手に渡った。しかし、何名かが逃げたことが分かっている。主に家臣や側室たちであったが、彼らや彼女たちの行動が非常に気になるところだった。なぜなら、彼らが復讐に動かないとも限らず、放っておいて大きな勢力となればたちまち大きな問題となるからだ。
「そう大きな勢力ではないため、大きな後ろ盾もいないだろう」
「気をつけろ、まだ分からない。油断をすれば足元をすくわれるぞ」
もう一人が答える。
「逃げた側室たちがどこに身を隠したのか、それを掴まないことには何も始まらん」
彼らはその後、近くの集落や道端の商人、旅人などから情報を集め、ようやく一つの手がかりを得た。それは、逃げた側室たちがいくつかの異なる勢力に逃げ込んでいるというものだった。しかし、どの勢力も詳細が不明だった。どの者がどこへ逃げ込んだのか、今一つつかみきれなかった。さらに調査を行う必要があるだろう。
「組頭に報告だ」
山本がそう告げると、他の忍者もうなずいた。
その言葉に従い、一行は組頭の隠れ家へと急いだ。雑渡はすでに彼らの到着を待っているのだろう。情報がなければ、無駄足となる。それは決して許されることではない。
「組頭、戻りました」
忍者たちは隠れ家の入口に立ち、報告の準備を整えた。
組頭、雑渡昆奈門の存在はただならぬものだ。その冷徹な目つき、計算高い思考は彼を不気味なまでに恐ろしい存在にしていた。彼のもとに集まる情報は、時として命を左右する。忍者たちは一瞬、息をのんだ。
「報告を聞かせてもらおう」
昆奈門の声が低く響く。その声に、何もかもを見透かされているような感覚を覚える。
「少し前、攻め入った城の件についてですが、逃げた者たちの行き先を調べました。しかし、どこに逃げたのか、確証を得るには至っていません」
一人の忍者が口を開く。
「それだけか?」
昆奈門の視線が鋭く刺さる。たった一言でその忍者は少し怯みながらも続けた。
「はい。いくつかの勢力に分かれた可能性があります。最も有力なのは、……」
彼が地図を広げ、幾つかの場所を指し示す。
「ふむ」
雑渡はうなずき、しばらく地図を見つめた。冷静に分析している様子だ。
「それらの情報をもっと掘り下げ、誰がどこにいるのか、はっきりさせなければならない。お前たちは、もう一度その城を調べ直せ」
「わかりました」
忍者たちはすぐにその場を離れ、数名が再調査へと向かう。
雑渡はその後、じっと静かに座って考え込んだ。情報が足りなければ、調査を繰り返し、確実なものにしなければならない。彼の目的はただ一つ、混乱を防ぎ、情報を制することだ。
そして、逃げた者たちがどこに身を隠しているのか、それが明らかになれば。危ない芽は摘んでおかなければならない。情報でこの先の戦略が決まる。それにより、他の勢力との接触を避け、国の利益を最大化させることができる。
雑渡の目は鋭く、先を見通すように闇の中で光ってた。
そんな中、山本はある紙筒を渡す。
「組頭、城の物の人相書きをつくらせました。見ていただきたいものが……」
雑渡昆奈門はしばらく絵を見つめた後、静かに息を呑んだ。絵の中に描かれた女性の顔が、何とも言えない懐かしさを呼び覚ましたためだ。そこに描かれたその顔立ちは、数年前に彼が愛した女に酷似していた。
「これは……」
雑渡は絵を指でなぞりながら、目を細めた。数年前、心を寄せていた女性の面影が、記憶の中で鮮やかに蘇ってきた。その時の情熱、痛み、そして彼女の死。目の前で息絶えてしまった彼女の顔は、今でも鮮明に思い出される。少しずつ体温が消えていく感覚。夢に何度も現れる、消えることのない忌まわしい記憶。
「君なのか?」
雑渡は呟くように言った。その声には、驚きと興奮の入り混じった響きがあった。彼が思い描いていたその女性が、再び自分の前に現れるかもしれない。まさに引き裂かれてしまった運命がまた交差しようとしているのだ。
その瞬間、雑渡の口元にゆっくりと笑みが広がった。あの時、彼は彼女を失い、深い孤独の中で過ごしてきた。しかし、今やその女が再び目の前に現れる可能性がある。彼の心の中で、久しぶりに期待と興奮が芽生えていくかのようだ。
「また会えるのが楽しみだね」
雑渡は静かに微笑んだ。その笑顔は、まるで再び会える喜びに包まれているかのようだった。彼は絵をじっと見つめ、彼女がどんな形で、自分の前に現れるのか、楽しみに思う気持ちを抑えることができなかった。
君はどうしている?今、どこで何をしている?
雑渡は心の中で問う。だが、その答えがどれほど予測できないものであろうと、彼はすぐにでもその答えを知りたくてたまらないのだ。
部下たちが隣で待っていることも気にせず、彼の目はその絵に釘付けだった。
遠くで、鳥の声が聞こえる。
忌まわしい鳥め。
火に包まれた鳥は、そうして人間たちを見て笑っていた。
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