6

蝉という虫は、求愛行動の為に鳴くのは雄だけで雌は鳴くことがない。雌はたった一人だけの自分のパートナーを見つけてその蝉と添い遂げる。
長い時間を地中で過ごし、危険ばかりの世界へと蝉はそうして這い出てくる。たった一人を探して地中から出た蝉は、そうして一人の人間に恋をした。









蝉が鳴いている暑い夏の事。私は門の前に立つ。



「どうかお許しいただけませんか」

門番へと頭を下げたのは何度目だろうか、彼らは顔を見合わせて気まずそうにしている。私は何度も門の前に立った。外に出たいと告げる私はここに来るたび申し出る。けれど、出ることは叶わなかった。

門は固く閉ざされ、番人たちはわたしが外へ出ようとするたびに、何も言わずに立ち塞がった。まるで、私がここから出ていくことが許されないかのように。

それでも諦めきれず、今日も門の前に立ち尽くしていると、一人の男がそこに現れた。

「……残念だが、出ることはできない」

その声に振り向くと、そこには高坂さんがいた。彼はどこか申し訳なさそうな顔をしながら、私を見つめていた。その目には、まるで憐れみのような感情が浮かんでいるように思えた。

「諦めたほうがいい」

私はその言葉を聞いて、ぎゅっと拳を握りしめる。

「……でも、私は会いたい方がいるのです。生きているのかを知りたい、探しに行きたい…………どうしても、外に出ることはできませんか?」

必死に頼み込むと、高坂さんの表情が苦しげに歪んだ。

「……私からは、承諾できない」

そう言った彼の声は、どこか悲しげだった。彼もまた、私がここを出られない理由を知っているのだろう。けれど、それを私に説明することはできない——そんな風に見えた。

静かな沈黙が流れる。門の前に立つわたしと、それを遮るかのように立つ高坂さん。
私は、どうすればいいのだろうか。
暑い日差しの中で立ち尽くす。蝉の声がやけにうるさかった。






あの日、昆奈門は私を組み敷いて私に何度も好きだと告げた。よくわからないまま横たわり、ぼんやりとしたままされるがままになっている。お前はほんとに無垢で何も知らないねと彼は告げて、よかったといって安堵しながらもひどく傷ついたような顔をしていた。彼は何に傷ついていたのだろう。涙こそ流していないが私は彼が泣いているように思えた。何が彼を悲しませているのだろうか。

私がいなくなってしまうことが、彼にとってはとても耐えがたいことだったのだろうか。自分の行ったことが、私の中でいう若君に助けてもらった時のような、彼にとっては私は必要な存在だったのだろうか。

感じたのは戸惑い。
私は若様の為にこの世界に人間にしてもらって蘇ったのだ。だから彼の為に私は生きなければならないし命をふるわなければならない。だから私はここにずっといることはできない。

私を組み敷きながら手を握り、どこにもいかないでほしいと羨望する彼が私の体の骨が折れるのではないかと思うくらい強く抱きしめてきて、私はどうすればいいか迷ってしまった。悲しませたいわけではない。ただ、私は若君を探したいだけなのだ。どうすればいいのだろう、よくわからないまま彼に抱きしめられて私はいつの間にかその夜は眠ってしまっていた。



私は昆奈門に呼び出された夜から、特別な日常の変化はない。しかし、やはり村の外には出してもらえず、どうしようかと悩んでしまった。日中は仕事をしながらも、毎日のように門へと行き、外出の許可を求めた。しかし、一度たりとも許可が出ることはなかった。

明日になれば、もしかすると……そんな淡い希望を胸に、私は毎日のように門を訪れては、門の前に立ち、何度も何度も頼み込む。けれど、そのたびに無言の拒絶が返ってくるだけだった。

門番の者たちは私の姿を見ると、次第に何も言わなくなり、ただ哀れむような目で見るだけになっていく。なぜそんな目で私を見るのだろう。そんな中、山本さんや高坂さんは私の姿を見つけるたびに、ため息混じりに言うのだ。

「もうおやめなさい」

彼らの声には諭すような響きがあった。けれど、私にはその意味がよくわからずにどうしてですか?と聞き返す。何がいけないのか、どうしても納得できなかったのだ。



この時の私は知る由もなかったことですが、何も知らない私はとにかく若君だけを見ていて一途で、ひたむきで、何もわかっていなかったのです。なぜ出してもらえないのか、自分がどんな立場だと思われているのか。だから彼らの目には、私は哀れな少女に映っていたことでしょう。







夜になると、昆奈門は静かにやってくる。闇の中から足音もなく、ただふわりと風が揺れるように現れ、彼はいつも手に花を持っていた。

「持ってきたよ」

そう言って差し出される花は、その日によって違う。赤い椿の日もあれば、小さな野花が束ねられていることもあった。花をもらうと、やはり嬉しくなってしまう。

「ありがとう」

そう言って手のひらに受け取り、大事に花瓶へと生ける。水を張った器の中で、花びらが静かに揺れるのを眺めると、気持ちが穏やかになる。昆奈門はそれを見て、少し嬉しそうに微笑む。その微笑みはどこか優しく、それでいて寂しげだった。

しばらく静かな時間が流れる中で、ふと、昆奈門がゆっくりと口を開いた。

「今日もまた、外に出たいって門番に頼んだそうだね」

その言葉に、私は身を強ばらせる。昆奈門は、私が何をしていたのかをすべて知っているのだろうか。

「……外に出たいんです」

そう答えると、昆奈門は静かに頷いた。それは承諾ではない意味のただの相槌だ。

「どうして出してもらえないの?」

私がそう尋ねると、彼はまるで当たり前のことを言うように答えた。

「私が許可を出していないからだよ」

「……どうしてそんな意地悪をするのですか」

その言葉に、胸が詰まり悲しさが胸に広がっていく。どうして昆奈門が、わたしの行動をすべて制限しようとするのか、理解できなかった。

「意地悪じゃないよ」

昆奈門はそう言った。

「君が分かるようになれば、諦めてくれるのかな、どう思う?別にいいんだよ、外に出たって……でも君は行ってしまうんだろう、ここで築いたものを捨ててでも。会いたい人を探して私たちのことは全部放り出せるんだろ?」

彼の声は穏やかだったが、その表情にはどこか苛立ちを感じていて、寂しさが滲んでいた。その言葉が何を意味するのか、私はまだ理解できなかった。あんなにも何度も会いに来るといっても少しも気持ちが伝わらない。どうすればいいんだろうか。もらった花を見つめても何の答えも出ないが、どういっていいのかわからなくてじっとただ見ていた。

私はただ、閉ざされた門の前で、また明日も許可を求めるのだろう——そう思うだけだった。







門が閉ざされてから、私は何度もそこへ足を運んだ。けれど、やはり一度たりとも開かれることはなかった。日中は仕事をし、時々昆奈門や尊奈門、彼の部下である高坂さんや山本さんなどが会いに来る。そんな日々が続いていた。私は給仕の仕事などを手伝いながらもおそらくかわいがってもらっている方で、食事を共にすることもある。特に昆奈門は部下と一緒に食事をとりながら話を聞いて回っているようで、面倒見がいいのだと思った。


仕事の合間を縫って尊奈門が来るたび、少し無理をしているように見えた。
彼はいつも明るく振る舞おうとする。けれど、その笑顔の裏にあるものを、私は気づかないふりをすることができなかった。

「……どうかしたの?」

ずっと続く違和感に耐え切れず私は尋ねれば、尊奈門は一瞬ぴくりと肩を揺らし、そして、目を伏せたまま、ぽつりと呟いた。

「ここにいるのが嫌になったのか……?」

その声には、どこか怯えのようなものが滲んでいた。私はすぐに首を横に振る。

「嫌になったわけではないよ」

確かに、この村での暮らしは悪くなかった。尊奈門も、昆奈門も、村の人々も、皆がよくしてくれた。けれど。

「外に出てやりたいことがあるんだ。だから、出してもらえないのは困るかな」

私は静かに言った。その言葉を聞けば尊奈門の表情が曇るのが分かった。

「尊奈門も、私が外に出られるように頼んでくれない?」

そう言うと、彼は急に黙り込んでしまう。暗がりの中で、彼の影が微かに揺れる。

「……困らせたいわけじゃないの。ただ、会いたい人がいるだけなんだ、わかるでしょう?」

私は少しだけ声を和らげる。返答を待てども尊奈門は、拳を握りしめたまま、何も言わなかった。しばらくの間沈黙が落ちる。
やがて、彼は低く呟いた。

「……わかっているんだ。でも、私はどうすることもできない……すまない」

その言葉は、静かに夜の空へと消えていった。風が冷たく吹き抜ける。
私は彼の顔を見つめた。尊奈門の目は暗く沈み、何かを押し殺すように揺れていた。
どうして彼はそんな顔をするのだろうか。わからない。彼はとてもわかりやすくて、正直者で、私に似て嘘をつくのが下手な人だと思う。今は彼の考えていることが理解できないままで、歯がゆい。


尊奈門が私に謝るたびに、胸が締めつけられる。彼が悪いわけではない。私も悪いわけではない。ただ、それなのに彼は謝る。

こんな会話は嫌だな。
言葉にしなくても、そう思うだけで気持ちが重くなる。私はふと、尊奈門の顔を見上げた。彼もまた、どこか苦しそうな顔をしていた。このままではいけない。そう思い、私は彼の背中に両腕を回す。


「仲直りしたい、仲直りしようよ尊奈門」


そう言いながら、ぎゅっと抱きしめる。
尊奈門の身体が一瞬こわばった。驚いたのだろう。

「……こんなこと、誰にでもするものじゃないぞ」

少し呆れたような声が聞こえた。それでも、彼は私の戸惑いを感じ取ったのか、やがて静かに腕を回し、抱きしめ返してくれた。

温かかったが、ほんの少し、彼の身体が震えているように思えた。
私はそのわずかな震えが何なのかを考える。
寒いのだろうか。——それとも、泣いているのだろうか。

「……泣いているの?」

そう尋ねると、彼はすぐに否定した。

「っ……泣いてない!」

しかし、その声はどこか鼻声だった。私は、何も言わずにそっと目を閉じて抱きしめる。尊奈門の温もりは、少しだけ熱を帯びているように感じた。



私は、胸の奥にかすかな不安を覚えながら、そっと空を見上げた。
太陽はまるで静かに沈んでいくように、雲の向こうへと隠れつつあった。嵐が来るのかもしれない。


遠くで雷鳴が鳴っている。



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