子供の成長は早いものだ。ついこの間まで寝込んでいたはずなのに、今はこうして元気に動き回っている。ぼんやりとそんなことを考えながら彼の鍛錬を眺めていると、不意に尊奈門がこちらを見た。
「……なんだじっと見てきて」
気づかれてしまったらしい。
「大きくなったね」
何気なくそう言うと、尊奈門は得意げに胸を張り、「当然だ」と誇らしげな声だった。
「お前は全然変わらないな」
尊奈門はそう言って、じっと私を見つめてくる。
「そうかな?」
尋ねると、彼ははっきりと頷いた。
「変わらない」
その言葉を聞いて、ふと考え込む。
火の鳥に与えられたこの身体は、成長するのだろうか。もし成長しないのだとしたら、いずれ周りの人々と大きな違いが生まれる。
そうなれば、やはり同じ場所にいることが難しくなる日がくるのかもしれない。そんなことを考えていると、尊奈門が隣に並んできた。
「もう少ししたら、きっと身長も追い抜くぞ」
そう言いながら、彼は嬉しそうに笑った。
「そうだね。その日が楽しみだね」
私も微笑みながら答える。
未来のことはわからない。それでも、今はただ、彼の成長を見守りたいと思った。
若君も、大きくなっているのかな。
いまどこにいますか、元気ですか?
早く会いたいです。
ここにいない彼に思いを馳せた。
昼下がり、村の入り口に騒がしい気配があった。いつもは見かけない立派な駕籠が止まり、上品な身なりの従者が数人、静かに周囲を見回している。その中心に立つ女性は、鮮やかな衣を纏い、背筋を伸ばしたままこちらを見つめている。
身分の高い人だということは、一目でわかった。
「あなたに話があって来たの」
声をかけてきた彼女は落ち着いた声だった。昆奈門たちは今、任務で村を離れている。私に用があるということは、村の者ではなく、昆奈門に関係する人物なのだろうか。
「……私に、ですか?」
思わず聞き返すと、彼女は頷いた。お付きの者に案内され、座敷へと通される。向かい合って座ると、彼女はゆったりとした仕草でお茶を口に運びながら、まっすぐにこちらを見つめた。
「昆奈門様の様子はどう?」
その問いに、私は少し考える。昆奈門がどんなふうに過ごしているかを、どう伝えるべきだろう。彼の人となりを話すべきなのか、それともただ健康のことを伝えればいいのか——そんなことを考えながら、丁寧に言葉を選んだ。
「少しずつ元気になってきています」
そう告げると、彼女の表情がわずかに和らいだ。
「そう、よかった……」
安堵したような表情だった。
「ええと……お知合いですか?きっと、直接会いに行かれたら喜ばれると思いますよ」
そう言うと、彼女はふっと小さく笑った。けれど、その笑顔にはどこか寂しさが滲んでいる。
「立場的に、そういうわけにはいかないの」
穏やかな口調だったが、どこか冷めた響きがあった。
「昆奈門様とは、もうほとんど関わりを絶ったわ」
「……?」
彼女は淡々とそう言いながら、ゆっくりとお茶を置く。思わず問いかける前に、彼女が続けた。
「私と彼は婚約者だったのだけれど、彼が火傷を負ったときに、決まっていた婚約が破棄されたの」
言葉が、静かに落ちた。彼女の表情は変わらない。ただ、それを口にすることがすでに当たり前のことになっているかのように、淡々としていた。
「もともと、親が決めた政略結婚だったの。だから、婚約が解消されることにも、私は何も言えなかった。ただの取り決めだったから」
彼女の声はどこか遠いもののように響く。
「婚約が破棄された以上、私と彼はもう他人も同然。私は別の人に嫁ぐことが決まっているのよ」
「……そう、なのですね」
そう言って、彼女は視線を外し、私の言葉に彼女はゆっくりと頷いた。
「だから、今さら会いに行くこともできない。けれど、あの時、彼はどうしているのか気になっていた。だから、あなたに聞きに来たの」
それは、まるで彼女自身を納得させるための言葉のように聞こえた。彼女の手が、膝の上で静かに握られる。
「彼が幸せなら、それでいいわ」
そう言って、彼女はもう一度だけ微笑んだ。その表情は、ひどく静かで、どこか儚げだった。彼女は美しい服を着ていて、身なりがしっかりとしていてきっといい家の娘なのだと思う。しかし、どこか諦めたような表情で、満たされているとは思えなかった。
貧しさで苦しむ人々を多く見てきた私は、富に恵まれているからと言って幸せとは限らないのだと知り、少し驚いた。
風がわずかに障子を揺らす。外では夏の虫が鳴き、日差しが傾き始めた空が、室内の影を長く伸ばしている。彼女の言葉を反芻しながら、ふと疑問が浮かんだ。
それでも、あなたは昆奈門様のことが好きなのではないですか?
私の問いに、彼女は迷いなく首を横に振った。その仕草には迷いがなく、すでに過去にしたことだと言わんばかりだった。
「結婚とは、好きな人と結ばれる儀式ではないのですか?」
さらに問うと、彼女は少しだけ笑った。
「――――あなた、おそろしく純粋ね」
まるで、世間を知らない子供を見るような目だった。
「私は、政治や家のために結婚をする運命なの、別にいいのよ、この時代の女性はほとんどがそうだもの」
淡々と語る彼女の言葉に、私は静かに耳を傾けた。彼女は、好きな人とではなくとも結婚ができるというのだ。それが当たり前であるかのように、当然のものとして受け止めていた。
——好きでもない人と、結ばれることを良しとするのか。
その考え方に、衝撃を受ける。
私にとって、恋とはたった一人を想い続けることだった。それ以外の形があるなど、考えたこともなかった。私の表情を見て、彼女はふと視線を細める。
「昆奈門様は、あなたを懇意にしていると聞いたわ。でも……あなたは別の人に恋をしているのね」
その一言が、まるで心の奥を覗かれたように響く。
私は、昆奈門様のことを大切に思っている。でも、それが恋なのかと問われれば——彼女の目を見つめながら、静かに頷いた。私が焦がれているのは、昆奈門ではない。
「父に聞いた話だけど、彼はあなたを娶ろうとしているのよ」
その言葉に、私の思考が一瞬止まる。
「……そんなはずはありません」
思わず否定したけれど、彼女はゆっくりと続ける。
「タソガレドキの城主に、彼が妻を娶ろうと思っていると告げたそうよ。そして——それが、あなた」
空気が止まったように感じた。私は息を呑み、彼女を見つめる。彼女の表情に嘘はなかった。彼女は、この事実を伝えるためにここへ来たのだ。
私の未来を決めるものが、すでに動いていたことを、初めて知った。
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