「ねえ、着替えた?開けてもいいか?」
「まーだ!ちょっと待ってー!」
聞こえてきた声に、ドアノブにかけた手が止まる。我慢だ我慢、と自分に言い聞かせて、その手を大人しく引っ込めた。
窓からは月明かりが差し込んでいて明るかった。今日は本当によく晴れている。
「空閑ー!もーいーよ!」
おれは返事もせずにドアを開ける。
これを、一瞬にして胸を支配したこの衝動を、どう表現していいのか。おれにはよくわからない。わからないけれど、気づいたら、握った拳に強い力がこもっていた。
「えへへ、どう?」
くるりと一回転すると、結われた髪と服の裾がヒラリと浮く。
薄いぴんく色の着物に、濃いぴんく色のスカート。加えて、肘から首あたりに細長い布をかけている。
「…ああ、キレイだ」
「うふふ」
アズサは笑みを零しながら、照れくさそうに袖で少しだけ顔を隠した。その仕草もどうしようもなく可愛らしい。
「あ、これね、袴に見えるでしょ?実はスカートなんだよ〜〜。あとこれ、天女の羽衣?ってやつ!巻くの意外と苦労したー!」
すらすらと説明を始めるが、おれにはよくわからなかった。ただ、目の前の彼女が、本当にどこかのお姫様みたいだった。
「にしても空閑、そのカッコ似合うねぇ」
「そうか?」
うんうん、と彼女は満足気に頷いた。
おれは水色っぽい着物に青いはっぴのようなものを身にまとっている。この服も、アズサが着ている服も、彼女が選んだものだった。
「さて、じゃあ外に出ようか」
そう言って彼女はベランダに出る。おれもその後に続くと、そこには満天の星が広がっていた。
「今日は七夕。織姫と彦星が、一年に一度だけ会える日なんだよ。ボクらの今の格好も、その織姫と彦星なんだ。」
「一年に、一回しか会えないのか」
「うん。だから今日は、とっても大切な日なのさ」
星空を見上げながら、彼女は切なげに目を細める。その横顔も、キレイだ。おれはまた無意識に、拳に力を込めていた。
「おれは、」
―おれは、毎日おまえに会いたいよ。
その言葉は、喉の奥につっかえて音にならなかった。何かが喉に詰まったみたいに息苦しい。
おれの言葉の続きを待ってこちらを見ている彼女は、初めて会ったときより少し、距離が離れた気がする。並んで立つとどうしても埋まらない、それどころか開くばかりの物理的な距離。
「…いや、いい」
きっとぜんぶ、気のせいだ。