暇つぶし話術

1月25日。よく晴れた昼間のことだった。
「あれ」
「おや」
駅前にあるケーキ屋。開店時間から店の外まで長蛇の列ができるほどの人気店である。その最後尾に並んでいた兵頭ひょうどう茉莉まつりが聞き覚えのある声に振り返ると、そこにいたのは、犬飼澄晴と辻新之助だった。
「奇遇だねえ」
「そうだね」
彼らは茉莉の後ろに並んだ。辻は、犬飼の後ろに隠れるように立っていた。
「君たちはなんの用事?」
「ひゃみちゃんのケーキを買いにね」
ふうん、と茉莉は言いながら、道路の向こう側のショーウィンドウを眺めていた。犬飼は気にせず尋ねた。
「茉莉ちゃんは?」
「チームメイトに差し入れ」
「何かの記念日?」
「あたしの気まぐれ」
犬飼も「ふーん」と返すと、茉莉の視線の先を追おうとした。しかし彼女の視線は、既に空に浮かぶ雲に移っていた。
「そういえばさ」
しばらくの沈黙を置いて、犬飼が言った。
「茉莉ちゃん、何でシューターやめたの?」
茉莉は思わず犬飼の顔を凝視した。すぐに目を逸らし、一度キュッと口を結んだ。そして、薄く笑った。
「何で今更そんな話?」
「聞いたこと無かったから」
気になってたんだよね、と犬飼は付け足した。
「別に腕が悪かった訳じゃないじゃん?なんなら同期と比べてもそこそこ強い方だったし」
「それは光栄だね」
茉莉はふう、と吐いた白い息で、細く長い指を温めた。そして、灰色のコートのポケットに手を入れた。
「理由は秘密」
「なに?色恋絡み?」
茉莉は、冷ややかな瞳で犬飼を見た。もとから鋭い目付き故に、睨んだように見えた。しかしそうではなかったらしく、白い息を小さく吐くと、少し口角を上げた。
「君のその観察眼は、別のことに使った方がいいと思うな」
「あら、当たり?」
「だったらどうする?」
互いに探り合うような、自分の情報は一切出さずに、相手の腹の中を読み合うような、そんな空気の対話に、辻はかなりの居心地悪さを覚えていた。
「だれ?片想い?」
「そんなにあたしと恋バナしたいの?」
「したいね!面白そうだし」
茉莉は「そうか?」と言って笑った。
「面白いもんじゃないよ。ただ、シューターをやめてオペレーターになるのが、その人に近づく最短手段だっただけ」
「ふうん。進展はあったの?」
「ないよ。近くにいるだけであたしは満足なんだよね」
列が少し進んで、彼らも前の人に続く。長いツインテールが静かに揺れた。
「その髪型も茉莉ちゃんの趣味じゃなくない?その相手に言われたとか?」
茉莉は大きく目を見開いた。口を少し開いたが、何も言わずに空気を呑んで閉じてしまった。彼女は目を伏せて、ため息混じりに言った。
「やっぱりその観察眼は他のことに使うべきだよ」
「これも当たり?」
茉莉は犬飼には答えず、空いたレジへ向かってケーキを注文し始めた。隣のもうひとつのレジも空き、犬飼と辻はそこへ向かった。
茉莉は一足先に会計を済ませ、ケーキの箱を手に、店から出てきた2人を待ち構えていた。
「犬飼君、ちょっと頼まれてよ」
彼女が差し出したのは、綺麗に包装された長方形の小さな箱だった。
「ひゃみちゃんに」
1月25日。そう、氷見亜季の誕生日だ。
「なんだ、知ってたの?」
箱を受け取りながら、犬飼は目を細めて笑った。茉莉も微笑んで「まあね」と言った。
「お友達だから」
犬飼と辻は本部へ戻るが、茉莉はまだ買い物があるからと言ってそこで別れることになった。逆方向へ歩き始めた2人を、茉莉が思い出したように呼び止めた。
「面白いこと教えたげる」
「ん?」
「さっきの話、全部ウソ」

軽い足取りで背中を向けて歩き出した茉莉を、犬飼と辻は、しばらく呆然と見つめていた。

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