#14


法医解剖医として、卒業した大学にそのまま勤務していた。法医学は未来への学問。ご遺体と対面するのは慣れないけれど、法医解剖医の仕事には慣れつつあった。


「20代女性、不審死の疑いがあり解剖依頼がありました」
『え、』


警察から大学への解剖依頼があり、いつも通り解剖室へと入る。ご遺体の顔を見て、心臓がドクンっと大きな音を立てた。


「名字、どうした?」
『うそ、なんで、?』


目の前で横たわっているのは私の親友だった。しかも昨日。まさに亡くなったであろう当日に会う約束をしていた人物。ずっと前から約束していたのにもかかわらず、緊急で解剖依頼があり、会う予定がドタキャンしたのだ。


「…大丈夫か?」
『、はい、』


わたしの仕事は法医解剖医。亡くなったご遺体の最後の声を聴かなくてはいけない。それがどんな相手だろうと。深呼吸をして、メスを握る。彼女の綺麗な肌には複数の痣があった。




『、すいません、』


私は彼女の肌にメスを入れることができなかった。涙が溢れて前が見えない。何故、なんで。手が震えて、握っていたはずのメスの落ちる音がした。


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『それから、私はメスを握れなくなった。怖くて、解剖医として、ダメになったの』


知識の豊富さの理由が、まさかこんな事だとは思わなかったであろう目の前の彼が気まずそうに目を逸らす。


「すいません、なんか、」
『ううん、良いの。久部くんは悪くない。』


私の親友は当時付き合っていた彼氏にDVをされていた。その証拠がたくさんの痣たち。彼女は浴室で手首を切っているのを見つかり自殺に見えたものの、不審な点があって解剖された。解剖の結果、死因は脳挫傷。後にDVをしていた彼氏が逮捕された。


『あの日、ちゃんと約束を守って親友に会っていれば何かが変わったかもしれない。きっと彼女は私に助けを求めてた。』
「名前さん、」
『本当は法医学からも離れたかった。だけど、ここで逃げたら彼女の死から一生逃げることになる。だから、せめてもの思いで記録員として法医学に携わってるんだ』


あっという間に車内は水でいっぱいになり、胸元まで水が溜まってきていた。酸素も薄くなってきたし、話しているだけでも正直キツイ。今頃中堂さんは場所を特定してくれているのだろうか。水質だけで何かのヒントになっていたら良いのだけれど。




「かなり怖いっすね、…死ぬの」
『法医学の7k、残り3つは、結構 かなり 怖い…冗談。』


こんな時には冗談の一つでも言っていないと、気が滅入ってしまいそうだ。怖い。たしかに死ぬのは怖い。けど、私は親友の分まで生きていなきゃいけないのに。


「名前さん、肩捕まって下さい」
『ん、ありがと』


久部くんの肩に腕を回すと、彼がしっかりと私の腰を支えてくれる。もう首の下あたりまで水が来ているから、水没するのも時間の問題かもしれない。


『巻き込んで、ごめんね』
「いえ、」
『お詫びに…明日の夜、空いてる?』
「明日?」
『2人で美味しいもの食べに行こ。なんでも奢る』
「…明日」
『うん、明日』


私たちにはきっと、きっと明日がある。だからこそ、約束しよう。明日、一緒に何か美味しいものをお腹いっぱい食べるって。


『明日、何食べよっかなぁ…』
「あったかいのが良いなあ」
『あったかーい、味噌汁飲みたいなあ』
「いっすね」
『何たべたい?』
「…チゲ」


その時、ドンドンと車体が叩かれる音がする。ここです!ここにいます!助けて!と今出る限りの声で返事をした。私たちには明日がある。当たり前ではない明日が。








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