「あの、名前さん、」
『なぁに?久部くん』
「なんか…怒ってます?」
先程からイライラして、きっと眉がつり上がっていたのだろう。久部くんが、自分のおデコを指差し《シワ寄ってます》と一言付け加えた。
『さっきさ、検察の人来てたでしょう?』
「あー、なんかやり手そうな感じの」
『お茶出すのに少し顔だしたら、そりゃもー、嫌な感じでさ。ミコトさんのこと牽制してて』
「牽制?」
『聞かれたことにだけ答えろ、とか。女だからどうとか。せっかく事件の試料出したってのに、必要ないみたいなこと言っててさ。ちょっと聞いただけでもイラついちゃって』
少しでも気を鎮めようと、自分のデスクに置いてあるお菓子BOXに手を伸ばすけど、今食べたいと思った甘いチョコレート系のお菓子が無くて、また一つ溜息。ミコトさん、変なことに巻き込まれなきゃ良いけど。
「これ、よかったらどうぞ」
『え?あ、チョコレート…』
「名前さん、いつも考え事してる時とか大体チョコ食べてるじゃないですか」
久部くんの大きな手のひらに小さなチョコレート菓子が何個か乗っている。ありがとうとお礼を言って、包みを外し口に入れると程よい甘さが広がった。
『んー!こういう時はやっぱり、チョコに限るねえー』
「はは、名前さんって割と単純っすね」
『こら、先輩を馬鹿にするんじゃない!』
彼のおデコをペチンッと軽く叩き、目の前のPCと向き合う。久部くんは、前も私が愛用してるペンをくれたりと、私が困ってる時必要なものをくれている。まさに…
『ドラえもんみたい』
「え?」
『久部くんって、ドラえもんみたいだよね』
「え?え、何がっすか?」
『あ、やば。この調書すぐに出さなきゃだった』
パッと立ち上がり、調書をひとまとめにしてから所長を探す。私の後ろで久部くんが《ドラえもん…って》と悩んでいるのを、心の中でクスクスと笑った。
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「気になるのか、裁判」
『え、』
「さっきからソワソワしてる。目障りだ」
『もー、中堂さん、目障りって…』
今日はミコトさんが代理証人として出廷する日。三澄班の夕子さんや、久部くんは一緒に裁判所へ行っている。勿論私は残念ながら中堂班なので、今も解剖が終わり、マスクや術着を脱ごうとしていたところだった。束ねていた髪の毛をほどき、自分のデスクへ向かうとスマホがチカチカと光っている。新着メッセージが一件あるようだ。
『あ、久部くんからだ』
スマホを操作し、メッセージを開くと、そこには驚きの内容があり、つい声を漏らしてしまう。その声があまりにも大きかったからか、また中堂さんに睨まれて、すみません…と謝ってしまった。
『傷と凶器が矛盾してて、休廷…。次は弁護人側の証人として証言するって、』
「ほら、みろ。」
『ぅえ、中堂さん…!』
「こういう面倒ごとになるのがわかるから、俺は嫌だったんだ」
いつのまにか近くに来て、私のスマホを覗き込んでいた中堂さんに、また驚きの声が上がった。なんだかんだ言って自分だって裁判の行方気にしてたくせに。それにしても、ミコトさん、大丈夫かなあ。
『あの検察官、怒ってるんだろうなー』
「そりゃそうだろ。証人に裁判ひっくり返されたらたまったもんじゃない。」
『ま、あの烏田っていう検察官、態度悪かったし、ある意味ざまーみろって感じですけどね』
「…烏田?」
『はい、検察官の名前です』
そう言うと、いつもの仏頂面とは違う少し怖い顔をした中堂さん。え、何がそんなに怒るポイントだったのだろう。あまり見たことのない表情だったからか、私のコーヒーを飲もうとする手が止まってしまった。
「名字。」
『は、はい、』
「今日の解剖で出た試料、早くまとめておけ」
『あ、はい、』
そう言いながら所長室へのドアを荒々しく開けた彼に、また一つ溜息。なんか最近溜息ばっかついてる気がする。
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