翌日。今回の裁判は傍聴人が抽選で選ばれるほどの大きな公判となっていた。弁護士の方から傍聴券を受け取り、久部くんともう1人の人物を待つ。
『んー、遅いなあ』
「名前さん!!!すみません!!」
バタバタと音がして、息を切らした久部くんがやってきた。ああ、よかった間に合った。
『んーん、大丈夫。さ、いこっか』
「はい、」
先に私が法廷へ入り、久部くんには彼と一緒に入ってきてもらうことにした。逃げたら困るし、と言えば物凄く睨まれたけれど。
開廷します、と裁判官の声が響いてすぐに弁護士側から、証人予定だったミコトさんが来れなくなったと告げられると、傍聴していた人達もざわつく。そのかわりに代理の証人を申請します、と言った言葉で私は緊張と不安が入り混じり心臓がバクバクしていた。
「法医学者の中堂系先生です。」
『ちょっと、態度悪い…!』
ミコトさんの代わりに法廷へやってきた中堂さんは、それは、それは態度が悪い。いつもの事だけど。かろうじて、スーツならぬ喪服を着ているから正装ではあるのかもしれないけど。私は小声で注意することしか出来なかった。
『ありがとね、久部くん』
「いいえ、僕は何も」
『…ミコトさんの方は大丈夫かなぁ、』
同時刻。きっと今頃ミコトさんは坂本さんと2人で会っているはずだ。昨日、中堂さんがPCと向き合って作っていた契約書を持って。坂本さんのことはミコトさんに任せるしかない。今は目の前の裁判の行方を気にしなくちゃ。
「皮膚を保存していたホルマリン液から、鉄、クロム、ニッケルが検出された。ステンレスを構成する成分だ。」
「つまり真の凶器はステンレスの包丁であるということですね」
裁判が始まり、数十分後に弁護士側の証人尋問が始まった。証人である中堂さんは相変わらずの態度だけれど、昨夜判明した新しい事実を淡々と述べている。そこへ、坂本さんとの話が終わったミコトさんが静かに顔を隠しながら傍聴席へとやってきた。
『あ、ミコトさん!』
「お疲れ様です」
「どう?」
「それが…」
ミコトさんも、心配していたのだろう。すぐに中堂さんの方へと向き直る。私と久部くんは、先程からの中堂さんの態度を思い出し苦笑いするしかなかった。
「検察側の主張では凶器はセラミックの包丁だと」
「ありえない。成分表を見ればバカでもわかる」
『また、バカって言った…』
烏田検事が、苦い顔しているのにミコトさんも私も少し笑みがこぼれる。女、女って馬鹿にしたツケが今回ってきてるんだよ、ざまーみろ!なんて心で悪態をついたりして。次は検察側からの尋問。ミコトさんの時同様、解剖実績を聞かれる。実績がなんだって言うんだ。今はこの事件についての話をしているのに。
「先日、この包丁が《凶器に間違いない》と仰った草野教授は、一万五千件の解剖実績をお持ちでした。それに比べると、かなり少ないですねー」
『くっそー、カラスめ…!!』
「名前さん、シー!」
「カビの生えた経験が何になる。医療と同じで法医学も年々進歩してる。件数より目の前の鑑定結果を見ろ。それが全てだ」
烏田検事に睨みをきかせて、言い放つ中堂さん。私たちが言いたかったことを全て言ってくれた!中堂さんのくせに!よく言ってくれた!!と小さくガッツポーズをする。検察側はホルマリン液から出てきた成分が、凶器から出てきたものとは言い切れないと主張。解剖に使うメスやハサミから出たのではないか、と。
「バカか。」
『ふふっ、』
中堂さんが、半ば呆れたように、というか本当にバカにしてるような声で検察官を咎める。あまりにも中堂さんらしすぎて、小さく笑ってしまった。
「解剖器具から、そんなポロポロ微粒子が落っこちてたまるか。凶器と背骨がぶつかったから、出た成分だ」
「それは、あなたの思い込みでしょう!何の根拠も客観性もない。まともな法医学者とは思えない言葉です!」
相変わらず烏田検事は嫌な言い方をする。私もミコトさんも、今すごく嫌そうな顔をしているだろう。だけど、烏田検事と対等、いやそれ以上に口が立つのが中堂さんだ。
「知らないようだから教えてやる。解剖で使うハサミは切れなくなったら新しいものに替える。解剖で使うメスはカッターのような替え刃になっていて、切れなくなったら刃を交換する。」
『いけいけー!中堂さん!』
「もう、名前さんちょっと黙って」
『んぐっ、』
小声ながらに中堂さんを応援すると、隣に座ってた久部くんに、口元を押さえられた。だって思わず応援したくなってしまうんだから仕方ない。
「解剖医によって気に入りのメスがあってな、俺はドイツ製が気に入りだ」
『その話、関係ない…』
「裁判長!証人の無駄話をやめさせてください」
「証人は聞かれたことに答えるように」
「聞かれたことに答えてる。何を聞いてたんだ」
ついに裁判長までにも口答えする始末。さすがに印象が悪すぎやしないだろうか。またミコトさん同様、中堂さんまで週刊誌の餌食なってしまったらラボは大変なことになるっていうのに。若干冷や汗をかくと同時に、烏田検事の大きな声が響いた。
「いい加減にしなさい!!法廷を侮辱するつもりですか!」
「まあまあ、そう感情的になるな」
その言葉に私もミコトさんもニヤーっと口角を上げる。女は感情的、と酷く差別した言葉をミコトさんに浴びせていた烏田検事が今は中堂さん相手に感情的になっている。
「大事なことだから、もう一度だけ教えてやる。メスもハサミも刃は使い捨て。研いだりはしない」
「それがどうした?」
「成分表をよく見てみろ。ケイ素の数値が異常に高い。包丁だけではあんな数値にはならない。」
そうなのだ。包丁だけでケイ素の数値が高いのはおかしい。それでは、何故?ということで昨夜元素分析をしてもらった結果が、
「合わせ砥だった」
「…合わせ砥?」
そう。合わせ砥は希少な石で、京都の料理人が包丁を研ぐのに使う中でも最高の砥石。セラミックの包丁は合わせ砥では研げない。
「解剖器具は、刃を研がない。残された可能性は一つ。真の凶器は…合わせ砥で手入れされた、ステンレスの包丁」
そう断言する中堂さんに、法廷内はシーンっと張り詰めた静かさが漂う。
「以上だ」
「勝手に終わらせるな!!」
法廷を出て行こうと、傍聴席の横を通り過ぎる中堂さんにミコトさんは笑顔で会釈する。私もにこーっと笑ってピースサインを送るけど、相変わらずの無愛想で中堂さんは歩いて行った。《京都の料理人》という言葉がヒントとなり、桜小路さんも真犯人に気づいたようだ。きっと、他の人たちも、真犯人が京料理の店をしている被害者の弟だと勘付いていることだろう。
「殺してません!私は…やってない!殺してないんです!」
涙ながらに訴える桜小路さん。きっとここまでくるのに、私たちが想像もできないくらい辛い日々だったことだろう。桜小路さんが、出て行こうとしていた中堂さんの方を向き、ありがとうございました。と頭を下げた。
「ふざけるな!女は信用できねえだと、お前がクソ小せえこと言ってるから、俺が駆り出されたんだ。」
今回、ミコトさんに変わって中堂さんがこの公判の証人になった理由は、そこにあった。検察官も、被告人である桜小路さんも。女は信用できない、と幾度となく言っていた。だからこそ、男である中堂さんが主張し、解決に導いてもらおう、と。
「人なんてどいつもこいつも、切り開いて皮を剥げば、ただの肉の塊だ。…死ねばわかる」
『、中堂さん、』
彼の言った言葉が心に突き刺さる。誰でもない、中堂さんが言ったからだ。中堂さんが法廷を去り、本日の公判は終了。後日、判決が言い渡されるだろうけど、真犯人が出てきた以上、桜小路さんの無罪は確定したのも同然だった。
「ねえ、名前。中堂さん知らない?」
『いや、私も探して…あ、いた!』
裁判所内を探して回っていると、ミコトさんも中堂さんを探して周囲をキョロキョロしていた。少し離れたところに中堂さんを見つけ、声をかけようとした瞬間。
『え、烏田検事…?』
なんだか、人を寄せ付けない雰囲気で話す2人をミコトさんと共に見つめる。そういえば中堂さんは烏田検事の名前を教えた時、とても微妙な顔つきをしていた。もしかして2人は以前からの知り合いだったのだろうか。裁判が終わっても、モヤモヤした気持ちは晴れそうにもなかった。
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