#24




今日はUDIラボのことを世間に知ってもらうための説明会が行われていた。三澄班の三人は会議室で法医学についての話をしている。私と中堂さんにもそれぞれ仕事が与えられていたのだが、肝心の中堂さんの姿が見えない。きっと何処かでサボっているのだろう。



『研究所内の見学は30分後に行われまーす』


ビラを配りながら周囲を見渡すけど、やはり中堂さんの姿は見つからない。これは完璧な職務放棄だ!ま、中堂さんが素直にビラ配りなんてするとは思っていなかったけど。


「名前さん、中堂さん見つかりました?」
『全然。もう諦めてる』
「一体、どこ行ったんですかね」


久部くんに愚痴を漏らしながらも、ビラを配る手は休まない。思ってた以上に色んな方がラボの見学に来てくれている。法医学の理解を深めるためにも、やれることはやらなくちゃいけない。ビラが少なくなってきたなあ、と思った矢先。遠くから聞いたことのある明るい声が聞こえてきた。



「三澄です。ミコトの母です」
「はじめまして、お世話になってます」
『ふふ、夏代さん、この間ぶりです』
「久部六郎といいます、」
「久部さん、独身?」
「あ、ど、独身です」


相変わらずの夏代さんのマシンガントークに、ミコトさんが苦笑いをしている。でも、何故。多忙な夏代さんがここに居るのだろう。ミコトさんが夏代さんを引っ張って何処かへ行ってしまい、聞けずに終わってしまった。


『研究所内の見学終わったら、見学会も終わりだもんね?』
「そうですね」
『じゃあ、私ちょっと先に戻って、軽く何か食べてくるわ。中堂さん探し回って結局お昼抜きだったから』
「え、名前さん、お昼食べてなかったんですか?」
『そーなの。もうお腹ペコペコ。ってことで、ここよろしくね』


夕子さんと久部くんに別れを告げて、近くのコンビニまで足を伸ばす。中堂さんのことなんて、さっさと諦めてしっかりお昼を食べればよかった。お腹が空いて力が出ない。コンビニに着き、何買おうかな、と悩んでいると後ろから私の名を呼ぶ声がした。



「名前ちゃん!」
『え、あー…た、田所さん、?』
「こんなとこで会うなんて、偶然だね」
『偶然、ですね、』



目の前にいる男性。田所さんは、以前夕子さんに誘われた《異性間交流会》で出会った人。何度か食事に誘われていたけど、仕事だったり、気乗りしなかったり、で断り続けていたのだ。


「白衣…ってことは仕事中?」
『はい、今日はラボの見学会があって』
「ああ、UDIラボってこの近くだもんね」


初めてあった時も思ったけど、田所さんは何かと距離が近い。本人は気がついていないのかもしれないけど、私がどんなに距離を取っても、またその距離以上に縮められている気がする。そして、こうやってばったり会うのは初めてじゃない。もう3度目だ。


『あー、田所さん、私急いでるので、すみません』
「そう。じゃあ、また」


このやり取りも3回目。さすがにこう何度もあると偶然、とは言えないんじゃないかと頭を抱える。テキトーに食べ物を買って、みんなで飲む飲み物も買い、ラボへの道を急いだ。



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はあ、っと深いため息をつきながらラボへ入ると、所長と夏代さんが挨拶をしているところだった。


「あれ、名前さん、今戻ったんですか?」
『ああ、うん、ちょっと色々あって…』
「コンビニ行くだけで、めちゃくちゃ疲れてるように見えますけど」
『うん、超疲れた』


あまりにも疲れた顔をしていたのか。久部くんに心配されながらも、飲み物をドサっと机の上に置くと、夏代さんが今話題の《しあわせの蜂蜜ケーキ》を差し入れしてくれた、と耳にする。


「社長がイケメンなんだよね」
「なんで知ってんの?」
『えー、私はあの社長、苦手なタイプのイケメンです』
「よくテレビでてるじゃん」


何度かテレビで蜂蜜ケーキの特集が組まれて見たことがあるけど、爽やかそうな社長もイケメンだと囃し立てられていた。だけど私的にはなーんか裏がありそうな気がして、イケメンだとは思うけど好きになれないタイプ。


『あ!!!!中堂さん!!!どこ行ってたんですか!!!』
「うるせぇ。俺がどこに行こうと自由だ」
『今日のは立派な職務放棄です!!!』


何事もなかったかのように戻ってきた中堂さんに文句を言う。中堂さんさえしっかり仕事してくれてれば探し回ることもなかったし、お昼もしっかり食べれただろうし、わざわざコンビニへ行って田所さんと遭遇することもなかっただろうに。所長に「まあ、まあ」と落ち着くよう促されるも、私は中堂さんをキッと睨んだまま。


「はじめましてー、ミコトの母ですー」
『夏代さん、中堂さんはやめた方が良いですよ!』
「あらなんで?素敵なのに。独身?」
「ちょっと、もー!お母さん!!」


ミコトさんが焦ったように夏代さんを引っ張って行く。さっきも同じ光景見たなあ、まさにデジャヴ。
中堂さんにこれ以上言っても仕方ないし、気持ちを切り替えて、お茶を淹れ、夏代さんからの差し入れを切り分け、みんなでティータイム。ミコトさんが何で来たのかを問うと、夏代さんは仕事できたのだ、と答えた。


「ここで明日解剖するバイク事故のご遺体。」


亡くなったのは佐野祐斗さん。バイクでの単独自損事故だったけれど、


『任意保険も切れてて、生命保険もかけてなかったのか…』


佐野さんには小さな子どもが2人。残された家族は、どうにかしてでも生きていかなきゃならない。そのことを思うと、胸が苦しくなった。私がぼーっとしてると、夕子さんが肘でツンツンとしてくるので、顔を上げる。まさに幸せそうな顔をしてケーキを頬張っていた。


『ん、たしかに美味しい』


生地はふわふわ、クリームは甘過ぎず滑らかで話題になるのもわかる。隣の久部くんも、うんうんと頷きながら食べていた。


『あ、久部くん。クリーム』
「え?」
『ここ。ついてたよー』


口の端にクリームがついていた久部くんの口元をティッシュで拭う。そういえばラボで焼肉した時は、私が拭ってもらってたっけ。うわ、今思い出したらまた恥ずかしくなって来た。意識を事件の概要に戻そうと、頭を振って、頬を軽く抓る。佐野さんは過度の残業で居眠り運転の可能性があるそうだ。



「過労を疑ってるってこと?」
「そう。過労が原因なら労災案件になって、会社に賠償金を請求できる」
『ちなみに、工場って何の工場なんですか?』
「しあわせの蜂蜜ケーキ」


夏代さんの言った言葉に、パクパクと食べていた私たちの手が止まる。この、話題のケーキの工場が…。
夏代さんが工場長に確認を取ると、過度の残業はしていない。バイクのブレーキの調子が悪いと言っていたらしく、バイク屋に確認に行くも、しっかり直したと。バイク屋では病院に行く、と話してたそうで、病院に確認へ行き特に異常はないけど、検査入院を勧めたら仕事の休みが取れないと言っていたらしい。


『なんか、責任のなすりつけ合いですね』
「もう堂々巡りよ。賠償金を払いたくない三銃士って呼ぶこと決めた」
「《三銃士》ってそう言う話?」


その三銃士が明日、ラボへ来るらしい。過労か、事故死か、病死か。その死因次第で、責任の所在が変わってくる。解剖の結果が知りたいらしく、やってくると言うのだ。


『責任重大ですね、』


甘いはずの、蜂蜜ケーキの味がほんのり苦くなってしまうのを感じた。さて、明日はどうなることやら。



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