#25


翌日、本当に三銃士はラボへとやって来た。解剖のため、術着に着替える。髪を縛りマスクも着用して。


『あら、所長。似合ってますね』


普段は解剖に立ち会うことの少ない所長も、しっかりと術着を着用して、既に解剖室へ入っていた。何故なのかは明らかに中堂班が人手不足だからだ。


「本来なら、どこで解剖されるか知られない方が良いんだけどね」
「鑑定結果が気に入らないって逆恨みされたり」
「それもあるが。言う通りに鑑定書書けなんて脅されたら困るでしょ」
「法医学者自身が殺人者だったら、自分の犯罪の証拠を完璧に隠せる。」



夕子さんの何気ない言葉で、中堂さんのことを少し思い出した。ミコトさんを見ると、何か考えてる顔をしていて、きっと彼女も同じことを考えているのだとわかった。法医学者は人殺しのことを知り尽くしたプロだと烏田検事に言われていた中堂さん。あの時の光景が蘇る。




「神倉さん、もっとしっかり持って!」
「血で滑るんですよー、あんまり見たくないし」


三澄班は佐野さんの解剖を。私たち中堂班は、別の事件のご遺体の解剖が始まり、私はいつも通り脚立に乗ってカメラを構える。中堂さんの助手として所長が手伝っているけれど、


「ああ、これじゃラチがあかねえ。…名字」
『なんですか?』
「お前、変われ」
『え、』


心臓がドクリと大きな音を鳴らした。変われって、助手をしている所長と?急な提案に、正直脚立から落ちそうになった。


『いや、でも、私は、』
「別にメスを握れって言ってるわけじゃない。あくまでも助手だ」
『でも、記録は?』
「神倉さんが変われば良いだろ」


低い声で早くしろ、と言われ静かに脚立を降りる。手袋を替えた所長にカメラを渡して、中堂さんの隣に立つ。ご遺体に触れるのは数年ぶり。あの、親友の事件があって以来だ。正直、手が震える。怖い。


「名字」
『…はい、』


助手も出来ない奴なんて、やめてしまえと怒られるのだろうか。中堂さんと目を合わせることができず、自分の手を見つめたまま返事をする。


「この間も言ったはずだ」
『え?』
「お前なら戻ってこれる」
『…中堂さん』


この間、そうだ。久部くんと一緒に冷凍倉庫に閉じ込められて水没しかけた時。助けてくれた中堂さんにお礼を言いに言った時、そう言われた。私は、もう逃げたくない。静かに大きく深呼吸をしてからご遺体と向き合う。


『中堂さん、指示ください』
「…そこを引っ張って支えてろ」
『はい。所長、カメラお願いします』


中堂さんに指示された部分を支えながら、脚立に登ろうとしている所長に声をかける。


「高いよ!落ちたら危ないし!」
「使えねえ」


所長にまで毒を吐く中堂さんに苦笑い。坂本さんの代わりがいないから手伝ってもらっているのに、そんなことお構い無しだ。


「久部、代われ」
「はい?」


中堂さんの急な申し出に、みんな手が止まる。勿論、久部くんは驚いた顔をしていた。所長は早々とカメラを久部くんに渡す。


「中堂さん、今だけ臨時ですよ」
「名字を解剖医に戻して、こっちで久部を引き取っても構わないぞ」
「手放した覚えはありません」
「こっちは2人なんだ。1人ぐらい良いだろ」
「自業自得で人手不足なんですよね?」


私と久部くんが会話に入ることもできず、中堂さんとミコトさんの言い合いが始まった。と、言うか。私、解剖医に戻るだなんて決意してないんですけど。


「久部がくる前、名字を貸してやってたの忘れたのか」
「うわー、名前も六郎もモテモテー!」


思ってもなさそうな声でパチパチ拍手しながら囃し立てる夕子さん。たしかに久部くんがくる前、私は三澄班の記録係も担っていたから、中堂さんの言葉にミコトさんも反撃できないようだ。




「あの、それ、いつからありました?」
『え?なに?』


久部くんが怪奇そうな顔で、指を指す方向を皆見つめる。記録用ホワイトボードの端に《お前のしたことは消えない 裁きを受けろ》と書かれた張り紙が。


「脅迫状?」
「金田一少年なら殺人予告」
『ちょっと、怖いこと言わないでくださいよ』



みんなの記憶では一昨日には無かったはず。と言うことは昨日の見学会の時に貼られたとしか考えられない。


「《お前》って誰?」


夕子さんの声が解剖室に響く。この張り紙の指す、お前、とは。また何かが起こりそうな予感がして、私は唇を噛んだ。



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