昨日の見学会では、解剖室を閉めていて外からしか見られなかったはずだ。なので見学者は解剖室に入れない。のにも関わらず、不審な張り紙があったのは怪しすぎる。夕子さんが所長の許可を取って、調べることになった。
『ミコトさん、三銃士に説明してるんだ』
「はい。死因はくも膜下出血みたいですけど、どうしてそれが起きたか。というのが問題で」
『事故の衝突でなのか、それ以前に、なのか。…時間、かかりそうだね。』
事故の衝突で、くも膜下出血を起こしていたなら事故死。事故よりも前に起きていたなら病死。組織検査の結果が出ないと、なんとも言えない。小声で久部くんと話してから、佐野さんの息子、祐くんにオレンジジュースを差し出す。
『…祐くん、よかったらジュース飲んでね』
「、はい、」
大人達が言い争う姿を見て、気持ちが良いわけがない。話がどんどんヒートアップしていき、声を荒げる場面が何度もある。久部くんも心配そうに様子を伺っているけれど、祐くんの顔は曇るばかり。さすがに痺れを切らした久部くんが、話し合いに水を差す。
「子どもの前なんでやめましょうよ」
そう言われても当の三銃士は相変わらずの責任の擦り付け合い。佐野さんの妻、可奈子さんは祐くんの俯いた表情を見て、とても悲しそうにしている。そりゃそうだ、誰だってこんな争いをしたくはないのに。私はいたたまれない気持ちになり、ぎゅっと強く拳を握っている祐くんの手を優しく包み込んだ。
「まあ、いずれにしても過労と残業代の未払いの事実はあった。証拠を集めて、会社に認めさせましょう」
「…もういいです。」
「可奈子さん」
「悲しむ暇もない。」
「今引き下がったら後悔しますよ。工場内で証言してくれる人がいないか、探してみますから」
「そんなの意味ないよ」
今まで大人の会話を聞いていただけの祐くんが、ポツリと声を出した。
「あいつら、本当のことなんてどうでも良いんだ。…あったことも、全部無かったことにされる」
俯きながら、そう言う祐くんにわたしは顔を歪めることしか出来なかった。父親が急に亡くなって、周囲の大人達は責任のなすりつけ合い。きっと幼い子どもたちにとって辛い状況なのは変わりがないのだ。
「お父さん言ってた。工場が大変な時だから、無理してでも頑張るんだって。それなのにさ、お父さん、馬鹿みたいだ」
『、祐くん!』
前を見据えて、悲しそうに話した祐くんは、そのまま足早にラボを去って行ってしまった。
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「名前さん、大丈夫ですか?」
『んー、今日のはさすがに…胸が痛むよね』
佐野さん一家を見送ってから数時間。各々退勤している中、私はどうしても身体を動かすことができなくて、コーヒー牛乳を飲んでいた。今はこの甘さがちょうど良い。
「…何のために、働くんでしょうね」
『佐野さんは、子どものため、家族のために身を粉にしてでも働いてた…ってことだよね』
久部くんも、私の隣に座り2人で遠くを見つめながら話をする。家族を思って働き続けた佐野さん。その思いはきっといつか祐くんにも届いて欲しい。いや、絶対届くはずだ。
『私たちにできることは、一つだけだよ』
「…死因の究明、」
『くも膜下出血が、いつ、どこで起きたのか。しっかり調べて結果を出して。…残されたご家族が少しでも前を向けるように。』
「そう、ですね」
今私がご遺族の気持ちに寄り添って、出来ることは一つしかないのだ。三澄班の仕事に首を突っ込むと、中堂さんにまた怒られてしまいそうだけど、放っておくわけにはいかない。明日から、また。徹底的に死因の究明にあたろう、と気合を入れ直した。
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