#28


『あれ、久部くん。おつかれさまー』
「おつかれさまです、あの、名前さん!」


相変わらずの中堂さんの態度に若干凹みつつも、仕方ないと割り切って外へ出た。柱の陰に久部くんが座り込んでいて、声をかけると、呼び止められる。


「あの、家まで送ります」
『え?』
「危ないんで、脅迫文…と、田所、さん」


そう言いながらヘルメットを差し出す久部くん。仕事が遅くなった時など、何度か自宅まで送ってもらったこともあったけど、毎回ではなかったし。何より私の家は徒歩圏内なのだ。


『ああー、』
「ああーって他人事みたいに」
『いや、ほら、私すぐそこだし。今日はそこまで遅くないから。ミコトさんの方が危ないんじゃない?』
「三澄さんは、東海林さんと予定があるって2人で帰りました」
『あら、そうなの』
「心配なんで…送らせてください」


今日は私がどんなに断っても折れることはなさそうな久部くん。彼は本当に心配してくれているのであろう。私が脅迫状送られてくる理由なんて、ほぼ無いとは思うんだけど。可能性があるとすれば、田所さんがまた偶然を装って私の目の前にやってくることぐらい。



『なんか…秋ちゃんみたい』
「あきちゃん?」
『ふふ、じゃあ、送ってもらおうかな』


ミコトさんの弟の秋ちゃん。彼は私の家庭教師時代の教え子だったりする。だから、この間のように気軽に三澄家へお邪魔できるのだ。その秋ちゃんも今や立派に予備校の講師をしている。久部くんからヘルメットを受け取り、バイク置き場まで歩いていく。



『あ、ついでに家でご飯食べてく?』
「…名前さんって、一人暮らしですよね?」
『そうだよ』


昨夜、カレーライスを作ったのだけれど1人で食べきるには大変な量を作ってしまったことを思い出し、久部くんを夕食に誘ってみた。返事があるかと思えば、何故か沈黙。


『あっ!ごめん、』
「え、」
『これ、セクハラか。』
「え?」
『ごめん。ごめん、ごめん、ごめん。忘れて、うん。忘れて!』


またやってしまった。自宅に誘うなんて、先輩に誘われたら気を遣える後輩の久部くんは断りづらいに決まってる。何やってんだ私は。自分に引く。この間も頭触ったり、セクハラチックなことしてしまったばかりなのに。


「…忘れたく、ないです」
『え?』

小さいけれど、ハッキリした声が聞こえ、思わず立ち止まる。


「名前さんの手料理、食べてみたいです」
『…手料理って言っても、カレーライスだよ?』
「カレー大好物っす」
『食べに来る?』
「名前さんさえ良ければ。是非」


にっこり笑う彼につられて、私も笑顔を浮かべる。自宅で誰かと食事をするのは本当に久しぶりだ。そう思うと何だか嬉しくなる。部屋掃除してあったかな、大丈夫かな、なんて今更思いつつも、バイク置き場について、彼の後ろに乗り込んだ。


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『散らかってるけど、どーぞ』
「お邪魔します。…普通に綺麗じゃないっすか」


自宅に久部くんを招き入れて、すぐ手を洗いにいく。彼にはテキトーに座ってて、と声をかけて髪をくくってからエプロンをつけた。


『すぐ出来るから、ちょっと待っててね』
「はい。あ、名前さん。この本読んでも良いですか?」
『ん?良いよー。ご自由に』


私の部屋の本棚から、久部くんが取り出したのは法医学の専門書や症例が載っている本など。彼も少しは法医学に興味を持ってくれたのだろうか。お米は帰宅時間に炊き上がるようセットしてたから良しとして、カレーを温めなおしてる間にサラダを作る。


『はい、どーぞ。誘っておいて簡単なカレーでごめんね』
「いや、超うまそうっす」


二人でダイニングテーブルに座り、いただきます!と手を合わせる。カレーを一口頬張り、上手い!と言ってくれて一安心。


『まあ、市販のカレールー溶かしただけだからね』
「それでも、ちゃんと自炊してるの凄いじゃないですか。仕事だって忙しいのに」
『なるべく夜は自炊しなきゃと思ってさ。仕事してると昼抜きの日も結構あるから、健康管理のためにもね』


カレーライスやサラダを食べながら、仕事の話やお家の話をした。久部くんのお家は医者の家系で彼もまた、そのレールの上を歩いている。三浪してまで医学部に入ったけれど、話を聞いてみれば納得して今の道を進んでいるわけじゃなさそうだった。


「うちの親は医者じゃないと人間じゃない。みたいな考えなんです」
『厳しい人なのね、お父さま』


お腹が満たされたところで、温かいお茶を出す。久部くんはきっと。今、何になりたいのか迷っているのだろう。


「夢なんて…ないなあ、って」
『別にさ、大きな夢なんか無くても良いじゃない?ほら、目標くらいで』
「目標?」
『そ。給料入ったらこれが欲しい、とか。休みになったらアレをしたい、とか。そんくらいでさ』


私だって夢は何?と聞かれたら、今となっちゃ何も答えられないと思う。淡々とした日々を過ごして、毎日仕事と向き合ってる。そんな平凡な日々の中で何か小さな幸せがあれば良いのだ。


「そう思うと、少し気が楽になります」
『でしょ?最近の若者は物事を深く考えすぎなのよー』


飲み終わったカップをシンクに置いて、久部くんの方へ向き直る。


「また。そうやって子ども扱いしますけど、名前さんとそんなに歳変わらないですからね」
『まあ、そうだけど』
「当分の間は、帰り送ります。」
『えー、大丈夫だって。脅迫状は…私宛じゃなさそうだし』
「ストーカー男がいるじゃないですか」
『ストーカー男って…』


たしかに偶然を装って、なんども遭遇していた田所さんは若干ストーカーのようなものだったと今は思うけど。少し怒りながら、名前さんは気にしなさすぎです、と言っている久部くんはとても頼りになる人だと思う。


『秋ちゃんと似てるようで、似てないや』
「だから、その秋ちゃんって…」
『うわ、酔っ払った夕子さんとミコトさんから大量のLINEきてるー』




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