#30


次の日。歩きやすいスニーカーを履いて、自宅を出る。今日は何時に終わることやら。気合いを入れて、待ち合わせの駅へと急ぐ。


「名前ごめんね、休みの日に」
『いいえ、平日休みでもすることって特にないんですもん』


申し訳なさそうに私に謝るミコトさん。名前も過労死したら困るんだからねーと夕子さんに言われて、大丈夫ですよーと笑いながら返事をする。トコトコ歩いてると、マンホール第一号を見つけた。


『あ、ニシムン』
「事故の傷は、なし」
『なんかさ、ニシムンって癒し系だよね』
「名前さん、こういうゆるキャラ好きなんですか」


オレンジ色のニシムンをみてから、久部くんが作ってくれたマンホールの位置を示す地図を開く。あと1999個。いつ目当てのマンホールが出てくるかわからない、と思うと可愛いニシムンさえイラッときてしまうのは気のせいじゃないと思う。


「ねえ、これ六郎が作ったの?」
「はい。市役所から貰ったニシムンマンホールの場所をマップに重ねました。確認したマンホールのOKを押せば、潰していけます」
「やるじゃーん!」
「うちの六郎、有能なんですー」


そう言いながらミコトさんに肩を叩かれて、嬉しそうな顔を隠しているような久部くん。彼もすっかりラボの人間として活躍してくれるようになったな、と何故だか私が嬉しい気持ちになる。


『機械に強い男は良いですよね。一家に一台、久部六郎!』
「じゃあ、名前が六郎を婿にもらったら?」
『ふふふ、それもアリですかねー』


いつもの私と夕子さんのノリで会話が盛り上がり、ほんのり顔を赤くしてる久部くんに気づきもせず。ミコトさんの「あ、秋ちゃんー!」の声で意識をそちらに戻した。


「ありがとね、来てくれて」
『あれー!秋ちゃんじゃん!どうしたの?』


小走りでやってきた秋ちゃんに驚きの声を上げる。久部くんと夕子さんにペコっとお辞儀をする秋ちゃんをミコトさんは2人に紹介した。


「秋ちゃん。予備校で働いてる、わたしの弟」
「姉がいつもお世話になってます」
「三澄さんの、弟…で、名前さんの元カレ?」
『へ?元カレ?』
「はじめまして、東海林です。噂はかねがね…」
『ねえ、久部くん。秋ちゃんは私の元カレじゃなくて、元教え子だよ。家庭教師時代の』


夕子さんの隣で何やらブツブツ言っている久部くんの声が聞こえたので、不思議に思いながら否定する。何を勘違いして、私と秋ちゃんが元カップルということになったのだろうか。


「知ってたんですか?!」
「あはははー」
「最悪ですよ、ほんと最悪…」


よくわからない2人の会話はさておき、秋ちゃんもきてくれて、みんなで手分けして探すことにした。ミコトさんに目配せをして、後のことは頼みます、ということで私はマンホール探しに集中した。



「あれ?」
『どーした、久部くん』


スマホを覗き込んで不思議そうな声をあげる久部くんの横に並ぶ。マップのマンホールチェック数が勢いよく回転しているのがわかった。…と、いうことは。きっと、工場長や社員の方がきてくれたのだ。




「そういえば名前さん」
『ん?』
「昨夜、用事があるって、面会時間がどーのこーのって…だれか入院でも?」
『ああ、いや、実は、工場長のとこにね』
「え?工場長って蜂蜜ケーキの?」


昨夜、私が面会時間ギリギリで会いに行ったのは、過労で倒れた工場長の元だった。数多くのマンホールの中から事故の証拠を見つけ出そうとしてること、もし証拠が見つかったら祐くんの前でしっかり証言して欲しいこと。もう、あったことを無かったことにしないで欲しい、と伝えに。


『もう夜遅くだったから、工場長お休みしてて。書き置きだけしてきたんだ』
「もしかして、これも工場長と社員さんが…?」
『多分ね。ミコトさんも今朝、病院寄ってきたみたいだし』


話ながら、次のマンホールへと足を伸ばす。見つけた新たなマンホールの側にはオレンジ色の上着を着た、蜂蜜ケーキの社員さんが大勢いる。工場をストップしてまで協力してくれたんだ、と顔が綻んだ。


『あ、祐くん、』


ミコトさんが彼も呼んだのだろう。社員の方と話している祐くんは、お父さんの話でもしているのか、優しい顔つきで笑っていた。その姿にスマホのカメラを向ける久部くん。


『あー、隠し撮り!』
「ちょ、名前さん…!」
『ふふ、でも、良い写真だね』


祐くんが窓ガラスを割ってしまったことを工場長に謝り、工場長も笑顔で彼の頭を撫でている。久部くんは何度もシャッターを押して嬉しそうに微笑んでいた。



「半分は歩道ですね」
「ねえ、地図上で分かれば良いんだけど」
「私、西小側行くね」
『お願いします』


グループ電話を切って、次へのマンホールへと向かう。私と久部くんも別々で行動したら良いのだが、何かあったら困る、という彼の頑なな要求により2人行動をしている。本当に心配性、というか意外と頑固な面もあるんだなーと思ったり。


『え?!あった?!』
「すぐ行きます!」


ミコトさんから電話があり、秋ちゃんが傷のあるマンホールを見つけたらしい。久部くんに手を取られ、目的のマンホールのところまで全力疾走。


『あ、防犯カメラ』


傷のあったマンホール周辺に防犯カメラを見つけた。このカメラに佐野さんがうつっていれば。祈るような思いでマンションの管理人さんに声をかける。


「どれぐらい前のまで残ってますか?」
「3ヶ月はもちます。花火の日ならありますよ」


そう言われみんなで管理人室へ行き、防犯カメラの映像をチェックする。もしも、のことを考えて祐くんには見えないように、背を向けてもらう。


「「『あっ!』」」

「お父さん!?見たい、見たい、見たい!」


私たちの声に反応した、祐くん。小さい子にとって、この映像は酷かもしれない。かえって辛い思いをさせてしまうのではないかと、不安な顔をしてしまった。


「ちょっと、待って祐くん。…本当に、見る?」
「…見たい。お父さんに何があったのか、知りたい」


しっかりした声でそう告げる。彼は彼なりに覚悟を持って、現実と向かいあおうとしてる。あまりにも残酷な運命に、自分の握っていた拳を力強く握りしめた。映像にはバイクを運転している佐野さんが激しく転倒している姿が映されていた。


「この時…?」
「そう、椎骨動脈に傷が出来た」


もし休みが取れて、検査入院していれば損傷を見つけられたかもしれない。そう思うと、胸が張り裂けそうだ。映像に映っている佐野さんは道路に倒れたまま、空を見上げていた。きっと、この時大きな花火が上がっていたんだと思う。


『お父さんも、祐くんたちと同じ花火、見てたんだね』
「お父さん…」


しばらく倒れたままだった佐野さんは、ゆっくり起き上がり、転んだ衝撃で遠くに行ったバイクを起こして帰宅したのだろう。


『祐くん達のいる家に、帰りたかったんだね、』


夢ならばどれほど良かったんだろう。きっと祐くんにとって、お父さんは光だったに違いない。映像に再び佐野さんが映ることはなかった。これから先のことはまだわからない。だけど、家族が前を向いて生きていくために、私たちが出来ることをしていくしかないのだ。




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