数日後。オフィスで作業していると、中堂さんに手招きされた。あ、あの目は例の件についてか。ミコトさんは席を外していたので、夕子さんに彼女が戻ったら書庫にきて欲しいと伝えてもらうことにした。
「遺体が海流で流されたとしても、移動が早すぎる」
ミコトさんも合流して、地図を広げる。果歩さんが入水した場所と、遺体が発見されたところの位置を確認すると、どう考えても移動が早い。
『入水地点と、発見地点の海水を採取してきました』
果歩さんが亡くなったのは、どちらの地点なのか。まずは、そこからなのだ。
「でも、こことここで成分って違いますかね?区別できないんじゃ?」
「発見地点には密漁者がやってくるらしい。」
「密漁?」
「天然のウニが山ほど拾える。」
『良いですよね、ウニ』
「へー、それは羨ましい」
そう言ったミコトさんに、疑いの眼差しを向ける中堂さん。いくらなんでも拾いに行くわけないだろう。たしかに山ほどのウニは羨ましいし食べたいけれど。
『入水地点では、一切ウニは取れないそうです』
「ウニのプランクトン!プルテウス幼生の数で区別できるってことか」
たくさんの文献の中から、プルテウス幼生の写真が写っているものを見つける。この作業は極秘な訳だから、プルテウス幼生を探すのは容易ではないはずだ。
「肺の窃盗の件は、もう良いのか」
「良くはないです。…ただ、鈴木さんのこれからの人生がかかってる。永遠の問いに区切りをつけて、未来を向けるように、できることをしたいんです」
中堂さんの目を見て言い切ったミコトさんは、本当にかっこよかった。そうだ。鈴木さんが少しでも未来を向けるように、できるだけの事をしたい。
『まず必要な材料、揃えなきゃですよね』
「買い出し行くか」
頭の中で作業に必要な材料を考える。何度も言うが、これは極秘なので勿論ラボの中でプルテウス幼生を探すことはできない。自分たちで必要なものを揃えて、どこかでやらなくちゃいけないのだ。とりあえず文献を持って、書庫を出ようとしたら聞き慣れた所長の声でアナウンスが入った。
「中堂さん。UDIラボの中堂系さん。放送を聞いたら、」
「なんだ」
『え、所長ですよね?』
「あっ!バレたんですよ、666番の件!」
『ええええ、うそ…!』
「大至急ですよ、いいですね?えー、繰り返します、中堂系!」
明らかに怒っている声でアナウンスしている所長の声に、私の顔は青くなっているであろう。当の本人は全く気にしていないようで、遺体番号を検査会社に教えたミコトさんに当たっている。
「担当者がシステムに登録できないって困ってたんです。他の番号ふるわけいかないし」
「バカか」
「バカはそっちです」
『そうですよー、外部の業者に出せば良かったじゃないですかー』
「脇が甘いんですよ」
まあ、バレてしまうのも時間の問題だったんだろう。でも、ここまできてしまっては引き返すこともできない。なんとか所長にバレないようプルテウス幼生の検出だけはしなくちゃならない。
「ソファーの裏にボックスケースがあるからとってこい」
「とってこい?」
『現地の海水サンプルが入ってるやつですよね?』
「あれがないと調べられない」
そう言う中堂さんに、はあっとミコトさんがため息をついた。わかります、その気持ち。
「俺が行けないんだから仕方ないだろ」
「命令ですか?」
ミコトさんが聞くと、中堂さんは悔しそうにポツリと言う。
「き、き…協力を、要請する」
「了解です」
『ふふふ、』
不器用ながらに協力を求めた中堂さん。その姿に私とミコトさんはニンマリだ。まず、ミコトさんと2人でオフィスに戻ることに。無事ボックスケースを取りに行くためだ。
「三澄さん、名字さん、これ見てよー666番の検査があがってんの!中堂さん何やってんだか」
「えっ、何ですか、それ」
『中堂さん、そんな事してたんですか?気づかなかったなあー』
さりげなく自分たちの荷物をまとめ、所長に相槌を打つ。ミコトさんと目配せをして、私は所長に話しかけ続ける。
『中堂さん、まだ見つからないんですか?』
「そうなんだよー、これ以上始末書増えたら、たまったもんじゃないよ」
『あらー、本当に困った人ですね』
ミコトさんがボックスケースを手にしたのを確認して、じゃあ、私は中堂さん探してきますーと言ってから、オフィスを出て行ったミコトさんの後をついて行った。
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『コーヒーフィルターとドリッパーって…』
「基本何もない」
中堂さんと合流し、顔を隠しつつラボを出る。近くの商店により、必要なものの買い出し。どこで作業をするかとなり、なんと中堂さんのお宅へお邪魔することとなった。
「エプロンって必要ですかね」
「エプロン?エプロンいるか?」
『いらない…いや、一応あった方が良いんじゃないですか』
必要そうなものを次々とカゴへ入れて行く。ああ、ラボで出来たら早いだろうに。と思う気持ちは閉じ込めて。
「ポリ袋、ポリ袋、」
『ブルーシートってこれで足ります?…2畳?』
「2畳か、」
これで、本当にプランクトンの検出が出来るのか少し不安でもある。中堂さん曰く、理論上では出来るらしいけど。買い出しを終えて、少し歩くと中堂さんの自宅だと言うマンションへついた。
「『お邪魔しまーす…』」
ゆっくりと部屋へ入ると、まるで生活感のない空間が目の前に。そりゃそうか、ほぼラボに寝泊まりしてるような人なんだから。
「中堂さん、ここに越してきたのいつですか?」
「UDIに来た時だから、一年前か」
『人が住んでる部屋には見えませんね』
コートを脱ぎながら部屋を見渡す。中堂さんの部屋ってちょっと興味がある。物は少ないから物色するまでもないけど。
『中堂さん、いろんな本あるんですねー。見て良いですかー?』
「勝手にしろ」
勝手にしろと言われたので、気になった文献を手に取ると、そこには似つかない絵本が一冊。気になって触れると、その絵本の作者が《こうじや ゆき》と書かれていて、心臓がドクリとした。
「肝心なものが足りない」
『え?』
慌てて絵本を置き、何か、買い忘れでも?とミコトさんと顔を見合わす。中堂さんが告げた《肝心なもの》の名前を聞いて、私とミコトさんが「ああー…」と肩を落とすのは、すぐだった。
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