ミコトさんと中堂さんの頑張りにより、結論が出た。入水地点からはウニの幼生のプランクトンはほとんど検出されず、発見地点からと果歩さんの胸腔液からは大量に検出された。つまり亡くなったのは、発見地点ということになる。
『ミコトさん…果歩さんは何かのアクシデントで、海に飛び込んで、泳いで発見地点にたどり着いたけど、力尽きて溺死した可能性もある、って言ってましたよね?』
「うん、…でも、肺がすりガラス状になってる。溺死の特徴に変わりないけど、これ死後どれくらい?」
「事件の翌日だから、24時間以内」
「だったら不自然だね。普通の溺死より肺が小さい」
ミコトさんのいう通り、この死後CTが亡くなって24時間以内に撮られたものなら不自然だ。初めからこの大きさなら、ドライ・ドローニングの可能性がある。
「ドライ・ドローニング?」
『普通の溺死がウェット・ドローニングって言われるのに対して、ドライ。今回は神経反射による溺死かもしれない、ってことですよね』
「中でも顔面反射。エベック反射とも言うんだけど、顔面から水に飛び込んだ時に稀に発生するの」
ショック状態のようなもので、水中で脈が遅くなり、気を失ったまま溺死、ということ。だから飲んだ水の量も少なくて、肺の膨らみも小さいままだったわけだ。
『つまり、発見地点まで泳げるはずない…』
「落ちたのもここで、死んだのもここってことになる」
発見地点と書かれた付箋部分をミコトさんが指差す。そうなると、目撃した人は見てないものを見たって嘘をついたことになる…?いや、でも、私と中堂さんが現地調査に行った時のことを思い出す。ミコトさん達がバタバタとし出す中、ピンっときたことがあった。
『え、待って、久部くん。鈴木さんまだこっちにいるの?』
「はい、実は、葬儀が終わるまでは…って」
「…中堂さんは?」
『、わたしがオフィスに来た時すれ違いました、』
「さっき誰かに会いに行くって出て行きました」
その言葉にサーっと全身の血の気が引いたのがわかる。まずい、早く中堂さんの元へ行かなきゃ。だって、鈴木さんの携帯番号は解剖承諾書に書いてあったんだから、絶対に連絡を取ってるはずだ。
『ミコトさん…私と中堂さんで現地調査に行った時、目撃証言をしたご老人に会って来たんです』
「え?」
『嘘をついているように見えませんでした、それに…足から、落ちたって』
「足から…?」
久部くんがよくわからない、と言った顔をしている。とにかく今は早く中堂さんを見つけて、鈴木さんの元へ行かなきゃ行けない気がする。すごく嫌な予感がしているのは、きっと私だけじゃない。急いで荷物をまとめて、ラボを出ると、冷たい空気が頬をさす。空からはチラチラと雪が降っていた。
『…中堂さん!!』
ミコトさんが中堂さんに電話をすると、すぐに繋がったけれど彼はすでにラボまで戻って来ていた。
「鈴木さんは?!」
「行った。犯人のところへ」
「犯人?」
『ミコトさん、話は車でします!中堂さん、早く葬儀場まで!』
中堂さんに車の運転をお願いして、果歩さんの葬儀場まで急ぐ。鈴木さんなら絶対行っているはずだ。久部くんもミコトさんも混乱している様子で、私も内心まだ落ち着いてはいない。だけど、わかったことがある。
葬儀場までの道中で事の説明をしていく。
『…目撃者のご老人は、足から入水したのを見たそうです、嘘をついてるように見えなかった』
「でも、それじゃあおかしい。顔面から水に飛び込んだとしか考えられない」
『犯人が、偽装工作したんです』
ミコトさんも久部くんも難しい顔をして黙りこくる。私の話に運転しながら中堂さんが続く。果歩さんがしていたはずのネックレスをつけていた女が葬儀場にきていると。そのネックレスをつけていた女こそ、今回の事件の犯人。そして鈴木さんはきっと、
「急ごう!」
葬儀場について、誰よりも早くミコトさんが車を飛び出た。私と久部くんも続いて走る。だけど、耳に入ってきたいくつかの悲鳴で、遅かった、と理解することになる。
「なして殺した。なあ。なして殺した」
目の前には、赤く血に染まった刃物を持って問いただしている鈴木さん。そして、腹部を刺されたのか手で押さえながら、話し出す彼女は確か果歩さんと同じ職場の女性だ。
「ごめんなさい、事故だったの…!」
「事故?」
「ネックレスちょっと借りたら、すぐ返せって…しつこかったんだもん、」
自分の身体が動かなくて、2人の動きを見つめることしかできない。頭ではわかっている。今、止めないと。だけど、どうしても動くことができないでいた。
「ちょっと押したら海さ落ちて、」
「突き落としたんだ!助けてれば助かった、」
「自慢するんだもん!!…なんであんな子が、私より幸せなの?」
彼女の解き放った言葉に、喉の奥がギュッと閉まる。それが、理由。鈴木さんの全てだった果歩さんを殺した理由が、
「それが…理由、?」
逃げようとする彼女を、捕まえて、また刃物を振り上げようとする鈴木さんに慌てて声をかける。
「待って、待って、」
「鈴木さん、」
『鈴木さん、だめ!』
「めちゃくちゃだ、」
「私は悪くない、」
鈴木さんは刃物をギュッと握りしめて、迷っているように見えた。お願い、お願いだから、これ以上は。
『鈴木さん、』
「ダメ、ダメ、鈴木さん!まだ、まだ、…まだ、間に合うから、」
そう言ったミコトさんに「何が間に合うのよ」と反発した鈴木さん。そうだ、彼にとって果歩さんは全てだった。その果歩さんがいない世界など、
『やめて!!』
「やめて!」
「鈴木さん、やめろ!」
一度動きを止めて、彼は何を思い出したのだろう。私たちの声も虚しく、大きく振りかざした刃物は再び彼女の背中を突き刺した。目の前の光景に息が止まる。鈴木さんは木林さんや葬儀場の人に抑えられ、ミコトさんが急いで応急処置をする。私は膝から地面に崩れ落ちることしかできなかった。
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