気づいた時には、救急車や警察が辺りをバタバタと動いていた。震える手を抑えて、深呼吸をする。今、中堂さんは。そう思い、周囲を見渡すと、ミコトさんと一緒にいる姿が見え、静かに近づく。
「殺す奴は、殺される覚悟をするべきだ」
「そんな話をしてるんじゃない、!」
ミコトさんは鈴木さんの人生の話をしているんだ。私たちは彼が未来を向けるように、今日まで死因究明していたはずなのに。
「人を殺させて、」
「思いを遂げられて、本望だろ」
そう冷たく言い放って、ミコトさんの腕を振り切る中堂さん。ああ、私は何もわかっていなかった。彼の抱える闇の大きさに。納得いかない、と言うミコトさんも無視してこの場を去ろうとしてる中堂さんを必死に追う。
『…中堂さん、!』
「なんだ、次から次へと」
うんざりした顔をして私を見下ろす。どんなに嫌な顔をされても、今、彼に聞かなくてはいけない。
『中堂さんにとって…法医学ってなんですか?』
睨むように見つめて、問いただす。法医学は未来への学問だ。私はそう思って、ここまで仕事をしてきた。だけど、目の前の彼は違う気がする。私たちとは、一線を引いて自分の世界へ突き進もうとしている。私の問いに、中堂さんは空を見上げながら、口を閉ざす。
『…同じこと、しますか』
「何がだ。」
『糀谷夕希子さんを殺した犯人を見つけたら…中堂さんも、』
「…さあな」
それ以上は聞けなかった。中堂さんがあまりにも遠くを見ていて。まるでこの世界にはいないかのような感覚に襲われる。無理にでも繋ぎ止めないと消えてしまいそうな。でも、手を伸ばしても、今はきっと届かない。チラチラ降る雪を見上げながら、彼は私の前を歩き、やがて見えなくなる。
『バカか、って言ってよ…』
そんなわけないだろ。犯人を殺すような真似するなんて、バカか。っていつもみたいに言って欲しかった。中堂さんは否定もせず肯定もしなかった。どうしようもなく、怖い。中堂さんもいつか、鈴木さんと同じ道を進んでいってしまうんじゃないか。頬に触れる雪がひどく冷たくて、私の身体を強張らせた。
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中堂さんと別れた後、警察の毛利さんに声をかけられ事情聴取のためミコトさんとともに警察へ向かうことになった。私は目撃していただけなので、すぐに調書も取り終わり、解放される。動く気にもならず、署内のロビーに座ったまま。
『くべ、ろくろう…』
コートのポケットに入っていた携帯が震える。画面を見ると《久部六郎》の文字。あまり力の入らない指で通話ボタンを押す。
『はい、』
「名前さん、今どこですか」
『…事情聴取終わって、まだ警察。』
久部くんの声を聞くと、どうしようもなく安心している自分に気づく。彼の声を聞くまで、自分がいかに身体を強張らせていたのかがわかった。
「大丈夫ですか、」
『刺された犯人の子、一命取り留めた』
そういうと、電話口の久部くんも黙ってしまい、しばしの沈黙。ミコトさんの応急処置のおかげもあってか犯人の子は何とか生き延びることができたのだ。
「…よかった、鈴木さんに人なんて殺して欲しくない」
その言葉に酷くホッとした。そうだ、よかったんだ。鈴木さんが、人殺しにならなくて。犯人の子が一命を取り留めたのは《よかった》ことなんだ。そう思った瞬間、身体の力が抜けて、代わりに涙がこみ上げてくる。
『、そうだね、』
「名前さん、」
『そうだよね、』
一瞬。ほんの一瞬。犯人の子が一命を取り留めた、と聞いて。鈴木さんは残念に思うのだろうか、と考えてしまった。だけど、良かったんだ、鈴木さんの未来を思うと。これで良かった。そして何より、どうしても私は鈴木さんと中堂さんの姿が重なってしまって。
『、ごめん。ちょっとまた、かけ直す、』
涙を抑えきれそうもなくて、そう告げてから通話終了ボタンを押す。
『っ、はぁ…、』
俯いて、唇を噛み締めた。どうか。中堂さんは、ソッチに行かないでほしい。中堂さんに人を殺して欲しくない。そう思えば思うほど、涙が溢れて仕方ない。だからといって、ここでずっとそうしているわけにもいかず、一つ深呼吸をして落ち着く。
「…名前」
『ミコトさん、』
事情聴取を終えたミコトさんがやってきた。彼女の顔も、いつもの明るさは消え去っている。きっと私もミコトさんも考えていることは同じなんじゃないか。お互い何も言わずに、警察署を出ようと出入り口の方に向かって歩いていくと、中堂さんと出くわした。
「事情聴取ですか」
「話すことはないんだがな」
スタスタと歩いて、私たちの横を通り過ぎようとした中堂さんをミコトさんが止める。
「犯人、助かりました」
「素人はダメだ。刺す場所をわかってない」
冷たく言う中堂さんの目を見つめると一瞬視線が合わさる。だけど、すぐに逸らされて私たちの横を通り過ぎた。
「UDIラボを辞めてください」
はっきりと言ったミコトさんに私はドキリ、とした。中堂さんも同じだろう。進もうとしていた足を止めた。
「あなたがいると迷惑です」
「俺は誰になんて言われようと辞める気はない」
「だったら、糀谷夕希子さんの事件のことを話して」
ミコトさんも事件のことを知っているとは思っていなかったのだろう。中堂さんがピクッと反応を示した。そうだ、ミコトさんの思っている通り。
「あなたの気持ちを考えたり、遠慮するのがクソ馬鹿馬鹿しくなりました。」
『…さっさと解決して、永遠の問いに決着つけましょうよ』
私たちを、じっと見つめている中堂さんに負けないくらい視線を合わせる。いま、この世界を生きようとしていない彼をどうしても捕まえていたい。それなら、永遠の問いに決着をつけるしかない。
「同情なんかしない…絶対に、」
ミコトさんの声が響く。私は、もう絶対に見失わない。中堂さんを救う、だなんて大それたこと言うつもりはないけれど、私はただ、これからも彼の下で文句を言われながらも仕事をしていきたいのだ。
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