私たちが、じっと中堂さんのことを見据えても彼はたじろぐこともなく、目の前から去って行った。お前達には関係ない、という言葉を残して。
「…名前、行こう」
『、はい』
どうしようもない気持ちのまま、警察署を出ようと足を動かす。俯きながら歩いていた私の隣を歩いていたミコトさんが急に止まったので、顔を上げた。
『…久部くん、』
「おつかれ」
気まずそうな顔で、こちらを見ていた久部くん。ミコトさんが声をかけて、歩き出すと彼は自分の着ていたコートをミコトさんに着るよう促す。彼女の服には応急処置をした時の血液が目立つようについていた。私は、その光景をボーッと見ることしかできないでいる。
「名前さん、」
『…ん、ああ、ごめん、ボーッとしてた』
小さく笑いながら、帰ろう、と歩きだし、3人で駅までの道を進む。胸がズキズキするのをどうやってごまかしたら良いのだろう。これは所謂《嫉妬》だ。久部くんがミコトさんに優しくしているところを見てしまったから。私はいつからこんなに心が狭い奴になったんだ。いや、もともと広くはない、か。
『あ、』
「ん?」
「どうしました、名前さん」
ズキズキ痛む胸をごまかそうと、そっと自分の左腕に触れた時、違和感。いつもつけている腕時計が無くなっていた。そうだ、さっき事情聴取が終わった後のロビーで一度外して、そのまま忘れてしまったのかもしれない。
『ごめん、警察署に忘れ物したみたい、先帰ってて』
「え、ちょ、名前さん!」
私は1人、元来た通りを小走りで戻る。ちょうど良かった、久部くんとミコトさんが2人並んで歩いている姿を見ているのは正直きつい。そう思ってしまってる自分の気持ちは、もう誤魔化しようがないとこまで来てしまってるらしい。
『あ、あった、』
私の腕時計は、座っていたところのテーブルにぽつんと置かれたままだった。良かった、あって。腕時計をつけて、時間を確認する。なんだかんだで遅くなってしまった。はあ、とため息をついて、また警察署の出入り口まで歩く。頭の中は鈴木さんの事件のこと、中堂さんのこと、そして久部くんのこと、でごちゃごちゃしていた。
「、はあ、っ、名前、さん!」
『え、久部くん?』
警察署を出てすぐ、息を切らした久部くんが目の前に。さっき別れたばかりなのに、どうして。走ってきたのか、軽く咳をしながら、肩で息をしている。
『ミコトさんは?』
「…駅まで送りました」
彼はミコトさんを駅まで送り届けてから、こっちまで戻ってきてくれた、ということだろう。しかも走ってきて。どうしよう、ちょっと嬉しい、というか、泣きそうだ。
『…なんで、きてくれたの?』
「夜遅いですし、さっき、電話で泣いてたみたいなんで、」
『それできてくれたの?』
「はい、」
そう言われて、ふと心が軽くなる。目の前にいる彼は本当に良い人だ。どうしてそこまで優しいんだろう。
『ありがとう。優しいね、久部くんは』
「え、」
『ずっと、そのままでいてね』
彼の頭をポンポンっと撫でて、歩き出す。最近、私の涙腺は壊れ気味らしい。ちょっとした久部くんの優しい態度や言葉が身にしみる。一緒にいるはずの久部くんが止まったままなので振り返ると、彼は難しそうな顔をしていた。
『久部くん?』
「…そのまま、弟キャラでってことですか?」
『え、どうしたの急に』
《弟キャラ》とは?そう思った瞬間、腕を引かれ、私が収まった場所は彼の腕の中だった。
『あの、久部くん、』
「…ずっと、弟扱いは、嫌です」
彼は私に弟的扱いをされていると感じていたのか。いや、確かにミコトさんの弟の秋ちゃんみたいだな、と思ったことはあるけど。でも、違う。だって、秋ちゃんにはこんなにドキドキしたりしない。
『…久部くんは、弟、じゃないもんね』
「そうです、」
『わかってるよ、ちゃんと、』
彼は、1人の男の人。…そして、今の私にとって大事で必要な、特別な人。今はまだ久部くん本人に伝える勇気はない。そのかわり、私の気持ちが少しでも伝わるように、彼の背中にそっと腕を回した。
「…名前さん、ずるいです」
『ん?ずるい?』
「そんなことされたら、離したくなくなる」
その言葉に私の頬に熱が帯びる。久部くんこそ、ずるい。優しすぎる。私を誤解させるには十分なくらい。さすがに人目もあるので、ゆっくり回していた腕を解き、距離をとった。
『…久部くん、帰ろ。』
「はい、」
私だって、出来ればずっと彼の腕の中にいたい。そんな乙女チックなことを考えている自分に少しビックリしているけど。
「弟キャラ脱却、第一弾ってことで」
『え?』
「…名前さんの手、冷たいから」
私の手をギュッと握ったまま、ゆっくりと歩き出した久部くんの後ろを慌ててついていく。繋いでる手から、また熱が伝わってくる気がする。先程まで冷たかったはずの手はきっと今ポカポカになってるであろう。自宅まで送ってもらい、お互い手を離しづらくなってしまったのは言うまでもない。
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