無事、ミコトさんと夕子さんと合流する。久部くんは別件の用事があるらしく、先程ラボの前で別れたらしい。端末を開発したのは、高級ジムの会員である、岩永さん。Gate-Gという会社を設立して、あの端末を作ったのだ。
「すいません、突然」
「うちのバイタルセンサーに興味があるって?」
会社の応接室に通され、岩永さんがやってくる。いかにも仕事ができそうな爽やかさん、というのが第一印象。
「あの、介護施設で働いていまして、ご老人の皆様の健康管理に適してるんじゃないかと」
「うちのセンサーは体に負担がかかりませんから、もってこいだと思います」
そう言いながら、岩永さんは自分の腕につけていた端末を取って見せてくれる。すかさず手首を確認するけれど、発赤は見当たらない。
「この人たち、昨日の飲み会に連れてくる筈だった人です」
「そんな気がしました。僕の好きそうな」
『え?…えへへ、』
何故か岩永さんとバッチリ目が合い、ニッコリと微笑まれる。一体、夕子さんは彼になにを吹き込んだのか。苦笑いしながら夕子さんの方を見る。
「東海林さん、あのあと大丈夫でした?」
「えっ?」
「権田原。東海林さんのこと追っかけていったでしょ」
「あ、ああ、私はタクシーで帰ったので」
岩永さんは、まだ権田原さんが亡くなったことを知らないのか。夕子さんの話によると、権田原さんや細川さんが大学のサークルの友人だということは、彼もまた同じなのかと思っていたんだけど。
「それで、実際のバイタルデータを参考までに見せてもらいたいのですが。」
「サンプルならここに」
「実際のデータが見たいんです。ジムの会員のバイタルデータは、こちらにも送信されてるんですよね?」
『介護の場で活かすには、どの程度の正確性と信頼性があるのか確かめたくて』
そうは言っても、やはり個人情報だからと断られる。だけど、やはりバイタルデータを入手するしか術はない。
「登録されてるのはイニシャルと年齢だけだと伺いました。」
『見るだけですし、個人情報保護法には違反しません』
ちょっと無理があったかもしれないが、これで岩永さんがどうでるか。目の前の彼は、一瞬俯いて、悩んでいる素振りをみせてから、私としっかり目線を合わせる。
「では、今度一緒に食事へ」
『えっ?』
「「はい!喜んで!」」
急な誘いに私が目を丸くすると、ミコトさんと夕子さんは声を合わせて、返事をする。笑いながら約束ですよ、と言って岩永さんはバイタルデータを取りに部屋を後にした。
『なに、居酒屋みたいな返事してるんですかー』
「食事くらい良いじゃん」
『ミコトさん、どうですか?ああいうタイプ』
「岩永さん、ミコトみたいな背の小さい子タイプだって聞いたけど」
「今、彼氏なんて欲しくないの」
「出た!彼氏欲しがって熱心に頑張っちゃってる私がバカみたい。バカだと思ってるでしょ?」
「思ってないよ」
ちょっと、何だか私の両サイドから声が行き交って雲行きがあやしい。何だか2人の言葉が刺々しく感じるのは気のせいか。
「ミコトはさ、何で結婚間近の彼氏と別れたわけ?」
夕子さんは、3年付き合って、条件も性格も問題ない相手だったのに結婚間近で別れてしまったのを贅沢だという。
「何でだって良いでしょ」
いつもの、ふんわりとした声では無く、少し冷たく言い放ったミコトさんに私はつい俯いてしまう。とても居心地が悪い。これも、私が岩永さんのことをミコトさんにフったから悪かったのか。
「ミコトってそういうとこあるよね。自分のことを何も話さないし、何考えてるかわかんない」
『あの、夕子さん、ミコトさん、』
夕子さんがそう言っても、ミコトさんは変わらずパンフレットをペラペラとめくっていた。
「まあ、別にうちら友達じゃないし。」
『ちょ、夕子さん…!』
「まあ、そうね。ただの同僚だし」
『ミコトさんまで、』
「ただの同僚なのに、つき合わせちゃってごめんなさい」
「いいえ、UDIラボの為ですから」
少し食い気味で言ったミコトさんの顔は笑ってるけど、強張ってる。私が知っている限り、彼女たちは《同僚》といった言葉以上の信頼関係がある。なのにも関わらず、今はお互いを見ようともせず不穏な空気。私は2人に挟まれ、真ん中で縮こまるしかなかった。
「お待たせしましたー…」
『あ、すみません、』
「…なに、」
「「いえ、なにも」」
私たちの微妙な空気に気づいたのか、岩永さんにも不思議に思われてしまった。渡されたタブレットでデータの確認をする。権田原さんと細川さんのイニシャル、年齢があるものを探していくけど、結構な量だ。
「東海林さんって、仕事なんだっけ?」
「経理事務です」
「三澄さんと名字さんは?」
「医者です。介護施設の」
『私も同じく。』
「僕も医師免許持ってます。でも病院勤めが肌に合わなくて企業しました」
『そうなんですね』
早くバイタルデータを探したいのに、岩永さんが話しかけてくるので、思うように探せない。何か感づかれているのかな。それより、早く見つけ出さなくちゃ。と、思った時、岩永さんの部下が彼を呼びに来て、部屋を出ていった。
「T.H 細川隆文、年齢もビンゴ!おとといのデータ、これ」
話してる間に、夕子さんが見つけ出していたらしい。んんん、とわざとらしい咳払いをしてカメラのシャッター音を誤魔化す。あとは権田原さんのデータだ。
「来てるって警察がここに?!」
部屋の外にいる岩永さんの声が響く。ついに警察は、ここまでやってきたらしい。今鉢合わせしたら大変まずい。夕子さんはボーイフレンドの家で休んでいることになってるのに。見つかったら嘘がバレて任意同行させられてしまう。
「あったあったあった」
『すぐ出ましょう!』
なんとか権田原さんのデータを見つけて写真を撮る。急いで荷物をまとめ、外にいた岩永さんにお礼を言ってから会社のエントランスへ行くと本庁の人らしき方が数名。違う方を向いてる隙を狙って、足早に立ち去る。
「何かわかる?」
会社近くの休憩スペースの椅子に座り、データを確認する。ミコトさんがデータを見て、中堂さんに連絡しよう、ということになった。
「心拍数の上昇?」
「はい、亡くなった2人とも呼吸停止の3分くらい前から、心拍数が上がってるんです」
それに伴い、呼吸は低下、血圧は上昇。心拍数がピークになって呼吸停止。
「それから2分ほど心臓は動いてましたが、酸欠のまま死亡」
データを読み解くと、恐らく何らかの刺激が与えられたということになる。ミコトさんは、ハッと何かに気づいて夕子さんの耳や手首を確認する。そういえば、夕子さんにも岩永さんにも発赤はない。亡くなった2人だけに発赤がある。
「中堂さん、もしかしたら…」
ミコトさんの一つの仮説に、中堂さんもあり得なくはない。と同意した。けれど確認のしようがない。
「そこに名字いるか」
「え?名前ですか?いますけど、」
「…早くコーヒー買って帰ってこいと伝えてくれ」
中堂さんとの電話が切れ、こう言われたんだけど。と、ミコトさんに不思議な顔で伝えられる。そろそろ戻ってこい、ということだろう。夕子さんが慌てて上を指差すと、本庁の人が周囲を探している。岩永さんから、夕子さんがきたことを聞いたんだ。
「行こう、あっち!あっち!」
低い姿勢のまま、その場を走り、近くの洋服屋へ入る。
「あー、かわいいー」
『あー、ほんとだー』
「あ、これ東海林似合うんじゃない?」
「ホント?」
「あ、かわいい」
テキトーに服を見繕って、鏡に合わせる。鏡ごしに本庁の人たちがお店の前を通り過ぎたことを確認。とりあえず、一安心だ。
『私、周囲の確認して、そのまま、ラボに戻りますね』
お店周辺に本庁の人らしき方々がいないか確認してから、大丈夫そうですとミコトさんにメッセージを送る。早くラボに戻らなくちゃ。近道の公園を通ると、見慣れた背中を見つけた。
『あれ、久部くん…?』
別件で別行動をしていた彼が何故か公園に。久部くんの隣には、中堂さんと同じくらいの年齢だろうか。黒いコートをきた男性が座っていた。
『やば、急がなきゃ』
ボーッとその2人を見てしまったけど、今はとりあえずラボに戻ろう、と早足で向かう。解剖室に来い、と中堂さんからのメッセージが入っていて、直接解剖室へ向かうと、毛利さんと向島さんの姿があった。
『あれ、お二人どうなさったんですか?』
「どうなさったも、こうもないですよ」
半分呆れ顔で、一つの端末を持っている毛利さん。なんと細川さんのご遺族からお借りしてくれたらしい。中堂さんはそれと、夕子さんの端末を機械でスキャンしていた。
『え、中堂さん、これって』
「ああ、細川のだけ細工されてる。多分、権田原も同じだろ」
端末には、ある細工がされていたことがわかった。毛利さんたちの話によると、捜査二課は夕子さんと権田原さんが付き合っていて、彼が持っている4億のお金が目当てで夕子さんが殺したのでは、と捜査してあるらしい。
『4億って、そんな大金…どうして?』
「捜査二課が得た情報によると、権田原と細川はコイン詐欺でマークされてましてね。その矢先に2人が死んだわけです」
『コイン詐欺…、だから二課が。』
毛利さんに事件の大まかな概要を教えてもらう。その4億を狙っている人が、2人を殺した。なんなら、この端末に細工を出来る人は1人しかいないわけで。
『…岩永さんが、』
毛利さんと向島さんは、署に戻って報告しなければならない、ということで急いでラボを出て行った。中堂さんと共に所長へ説明するためオフィスに戻る。
「コーヒーはどうした」
『あー…売り切れ、でしたね』
「クソが」
所長室のドアをノックし、端末にされていた細工についての話をする。細川さんの端末にだけハイパワーのコンデンサーが組み込まれていたのだ。
『同じく権田原さんの端末にも細工されてたと思われます。…電流を流すために』
「電流?」
『つまり、死因は感電死です』
微小な電流なら体内に電流斑は残らない。普通、小さな電流でも亡くなりはしないが…
「犯人が狙ったのは恐らく、神経の麻痺。…神倉さん、ちょっと立って」
中堂さんがそう言うと、所長が立ち上がる。端末が外部から信号を受信すると、微小な電流が流れる。電流が体内を流れ、端末と左右のイヤーカフとの共振によって増幅されて、頸椎の神経にショックを与える。
『頸椎のC4神経は、お腹の横隔膜に繋がってます。C4神経が麻痺すれば、横隔膜も麻痺して動かなくなる』
「左右の横隔膜が動かなければ、人間は呼吸ができずに死んでしまう」
『窒息は窒息でも、感電によって引き起こされた窒息。』
所長は、そんなことが出来るんだ、と驚いている様子。また携帯が震えているのに気づいて、画面を見ると久部くんからの着信。所長室を出て、通話ボタンを押す。
『もしもし、久部くん?』
「権田原と細川以外にもコイン詐欺に加担してる人がいました!」
『え、なんで久部くん知ってるの、』
「いや、ちょっとした伝手で。さっき名前さん達が行った会社の岩永って人と、あとは立花って人なんですけど!」
どこから情報を得たのか、久部くんはすでにコイン詐欺のことについて知っていた。岩永さんが犯人だとして、4億を独り占めしたい。と、なると邪魔なのは、立花さんってひと…?
「先に東海林さんに連絡したんですけど、」
『夕子さん達どこにいるっていってた?』
「Gate-Gから少し離れた路地にいるって」
『久部くんは?今どこ?』
「ラボの近くです」
『わかった、ちょっと後でかけなおす!』
通話終了ボタンを押して、中堂さんの方へ振り向く。
『中堂さん!今すぐ木林さんに連絡して、ここに向かってもらうようお願いしてください!』
「は?」
『急ぎなんです!ミコトさん達のいる場所、フォレスト葬儀社の近くなんです!お願いしますね!!』
荒々しく中堂さんにお願いしてから、自分の荷物を持ってオフィスを出る。久部くんに改めて電話をすると、ちょうどミコトさんから連絡が来て、立花さんの職場がわかったらしい。
『あ!久部くん!ここ!』
バイクに乗ってやって来た久部くんからヘルメットを受け取り、後ろに跨る。飛ばしますからね、と言われ、腕をぎゅっと回し、立花さんがいる調布西飛行場へと急いだ。
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