少しずつ青空からオレンジ色の空に変わってきた。時刻はもうすぐ16時。立花さんがフライト中に感電してしまうと、小型飛行機に乗っている人達など関係のない人たちが犠牲になってしまう。
『あ、あれかな?!』
久部くんのバイクの後ろに乗り、少し大きな声で話す。調布西飛行場入り口付近に着き、少し遠くから小型飛行機とフォレスト葬儀社の車が見えた。飛行機は止まっていて、近くにミコトさんと夕子さんらしき姿が見える。
『…あれ、立花さん?』
飛行機から引きずるように降ろされた人。きっと立花さんだ。久部くんのバイクが彼女達がいる場所へと止まる。急いで降りて近くまで行くと、2人が蘇生行為をしているのがわかった。
「えっ!?どうやるんだっけ…?!」
「研修でやったでしょ!」
ミコトさんが心臓マッサージ、夕子さんがおそらく人工呼吸をしようとしているんだろうけど。パニックになってるのか、夕子さんはオロオロしていた。
「キ、キ、キスとは違う?」
「あの、吸うんじゃなくて、吐くの、!」
「え、キスって吸う?」
「今それどうでも良いから!吐く!」
夕子さんの代わりに人工呼吸をしようと、一歩踏み出したら、隣にいた久部くんにそっと遮られる。
「東海林さん!俺がやります!離れてください!」
首に巻いていたマフラーを外して、すぐ立花さんへ人工呼吸をする久部くん。名前〜と、半泣き状態の夕子さんの近くへ寄り添い、木林さんが呼んでくれたと言っていた救急車が来るのを待った。
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『お願いします』
救急車がやってきて、処置をしてから搬送するまでに空は真っ黒になっていた。救急隊員の方に立花さんをお願いして、一息つく。必死の蘇生行為が功を成したのか、立花さんの状態は比較的安定していた。
「お見事でした」
「一応、医学部なんで」
『そっか、久部くん、医学部だもんね』
そう言うと、え、忘れてたんですか…と、ちょっとショックを受けた表情の彼に、私と木林さんが笑う。
『木林さんも、ありがとうございました』
「いえ、お力になれて良かったです」
木林さんにお礼を言うと、私たちの背後から毛利さんの声。岩永さんは捜査二課が逮捕したらしい。良かった。
「私たち、事情聴取ですよね?」
「…君達あれだよね。通りすがりに呼吸困難の人、助けただけだよね」
少し面倒くさそうに、毛利さんが言う。疲れ切った顔をしているミコトさんと夕子さんは、え?と驚いた顔をしていた。
「もう帰ってください、邪魔だから」
言い終わると、すぐ相方の向島さんとやいやい言いながら現場へと向かった毛利さん。なに、今の。ちょっと、かっこいい。
「やだ、ちょっとカッコよく見えた」
「見えたね」
「疲れてんのかなー…」
「疲れた、」
長い1日が終わろうとしてる。昼間は、何だか一度ギクシャクしていたミコトさんと夕子さんも、いつも通りに戻ったようで、私は心底安心した。
「すいません、私達ここで」
「ここで?」
「東海林がどうしても飲みに行きたいって」
「言い出したのはミコトでしょ」
「心の声、聞こえたの。あ、名前も一緒にどう?」
『いえ、今日は遠慮しておきます』
いつもと同じように私も誘ってくれたけど、今日は是非とも2人で飲みに行って欲しい。そう思って、お断りすると2人からブーイングが起きたけど笑ってごまかす。
「お2人、仲が良いですね」
『ほんと、長年の友達みたい』
木林さんも、2人の関係が特別だと感じているみたいで。その言葉に私も補足すると、ミコトさんと夕子さんは2人で何度か瞬きをしている。
「友達じゃありません」
「ただの同僚です」
「そう、ただの同僚」
「ねえ」
間髪入れず否定した夕子さんに、ミコトさんも続く。昼間にも同じようなセリフを聞いたけれど、今はあの時の刺々しさは全くない。寧ろ、笑ってしまうくらいに仲睦まじい姿だ。お互いを見合ってから笑い出し、バシバシと叩き合ってから、ミコトさんと夕子さんは「お疲れ様」と飛行場を後にした。
「それでは、私も失礼しますね」
『あ、木林さん、本当にありがとうございました!』
「名前さん、お送りしましょうか?」
「いえ、俺が送るんで大丈夫です」
そうでしたか。それでは、と普段通りのにこやかスマイルを浮かべて、木林さんは黒いフォレスト葬儀社の車を走らせて行った。
『…久部くん、送ってくれるの?』
「勿論です。自宅で良いですか?」
『うん。あ、やっぱりラボまで送ってもらおうかな』
「今からUDIに戻るんですか?」
『今なら所長まだいそうだし。中堂さんにも協力してもらったから、報告がてら』
久部くんからヘルメットを受け取り、装着する。また、中堂さん…と何やらブツブツ言って難しい顔をしている彼に、おーい!と声をかけると、すみません、と言ってバイクに跨った。帰り道はあっという間で、すぐUDIラボの前まで到着した。
『ごめんね、ここまで送ってもらっちゃって』
「いえ、帰る時、気をつけてくださいね」
『大丈夫だって、すぐ帰るからさ。…久部くん、心配性』
私の方が彼より少し年上なのに、彼はいつも私を心配してくれる。優しいのか世話焼きなのか。どっちも、なんだろうけど。
「名前さんだから心配なんです」
『え、私、そんなに信用ない?』
「んー、そういう意味じゃないんですけど」
苦笑いしながら、眼鏡を触る久部くんに、改めて送ってくれたお礼を言う。こんな時間になっちゃったね、と言うと彼は時間を確認して、あ、やば!と声をあげた。
『ん?』
「あ、すいません、この後、予定あって」
『え、そうだったの、ごめん、引き止めて』
「いえ、全然。まだ、ちょっとだけ大丈夫なんで」
手に持っていたヘルメットを彼に渡す。じゃあ、また明日。と言えば良いのに、中々お互い言い出せないでいる。…予定、とは。デートかな。夜だし、あり得なくもない。大学の女の子とか?うん、そんな気がする。
「名前さん?怖い顔してどうしたんですか?」
『…ううん、なんでもない』
「それなら、良いんですけど…」
『ごめん、やっぱ一つ聞いても良い?』
なんですか?とキョトン顔の彼を見据える。このままバイバイしてしまっては、いつまでもモヤモヤしてしまいそうで。勇気を出して聞いてみることにした。
『…この後の予定って、デート?』
「え、」
『ごめん、やっぱ今の無し!忘れて!じゃあ、おつかれ!』
私の言葉にビックリしたのか、驚いた顔をした久部くんに聞かなきゃよかった、とすぐ後悔。何だか、早くその場から去りたくて、早口で喋り、先程まで言いづらかった別れの言葉もアッサリと口に出して、彼に背を向けた。
「…デートじゃないです!」
『へ、』
数歩進んで、後ろから聞こえた声に足を止める。ゆっくり、振り向いて久部くんと視線を合わせると、彼もこちらをしっかりと見ていた。
「この後の予定、デートじゃないです」
『…そっか、』
「デート、じゃないんですけど、」
途中で何だか言いづらそうに口を閉ざして、俯いてしまった彼に、少し申し訳なさが募る。変なこと聞いてごめんね、と謝ると、誤解されるよりはマシなんで。と返事をされた。
『あ、そういえばさ、』
「はい」
『今日のコイン詐欺の情報、何処から知ったの?』
「え、」
先程よりも、何倍も驚いた顔をして、こちらに近づこうとしていた久部くんの足が止まる。…これも、聞かない方が良かったのか。たまに見る。彼が難しい顔をしていたり、ふと違う何かを考えて怖い顔になるのが、気になっていたんだけど。もしかして、今回のことと何か繋がりが。
「…すいません、もう行かないと」
『あ、ごめんね、』
彼は答えてくれなかった。気まずい空気の中、ヘルメットを付け直す彼の姿を見つめる。
『ねえ、久部くん』
「はい、」
『…久部くんが、私を心配してくれるのと同じように、私も久部くんが心配』
「え、」
『…どっか、行ったりしないよね?』
バイクのエンジンを入れようとした彼の手を握って問いかける。ふとした瞬間に見える顔は、私が知ってる優しい久部くんとは少し違う気がして。たまに感じる違和感が最近では強くなってる。彼も、また。私の前から居なくなってしまうんじゃないかと、不安になる。
『…ごめん、また引き止めちゃった。気をつけてね』
「はい、」
彼からの答えを聞く前に、自分から手を離す。バイクのエンジンをかけて、私に小さくお辞儀してから、すぐ彼の姿は見えなくなっていた。
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