UDIラボに残ってる人は少ないのか、ラボ内は薄暗い。オフィスまで足を進めると、所長室の灯りがついてるのがわかった。
『お疲れ様でーす…って、何やってるんですか』
「ああ、名字さん。お疲れ様。一緒に一杯どう?」
扉が開かれていた所長室を覗くと、中堂さんと所長が晩酌中だった。しかも中堂さんのキャンプ用品で作られた、熱々のおでんまである。
『わー、おでん!熱燗!美味しそう!』
所長がおでんの具を小皿に入れてくれる間に、着ていたコートをデスクに置いて椅子を持ってくる。男2人、積もる話もあったのかもしれないけど、中堂さんは特に何も言わずチビチビと熱燗を飲んでるから、お邪魔することに。
「それにしても、三澄さんの行動力には目を見張りますね」
『本当。ミコトさんは凄いです』
おでんの大根を口に運ぶ。ふーっと息を吹きかけて少し冷ましたけど、出汁がしっかり染みてる大根はやはり熱い。だけど、最高に美味しい。
「先日も中堂さんと木林さんの後をつけて、所沢の葬儀場まで行ったくらいですからね」
『あれには、私もビックリしました』
所長と私がそう言うと、中堂さんは目を丸くして、飲もうとしていたお酒の手が止まる。あ、この顔、貴重。所長も中堂さんの反応が嬉しかったのか薄く笑みを浮かべている。良いもの見れた、なんて熱燗を一口。ゴクリと飲むと、全身に染み渡る。今日1日の疲れが取れそうな感じ。
「気づいてない?中堂さん、脇が甘いなあ〜」
『はは、確かに。脇が甘い!』
私が所長に続いて言うと、キリッと睨まれる。中堂さんに睨まれるなんて日常茶飯事すぎて、怖くもなんともない。あはは、と笑いが溢れるのは、普段飲まない熱燗なんて飲んでしまっているからだろう。
「三澄さんは、一緒に調べるつもりですよ。中堂さんが捜してる、例の事件の犯人を」
「…あいつは暇なのか」
いつもみたく悪態をつく中堂さん。だけど表情や声は、なんだか優しくて。私もポカポカ暖かい気持ちになる。
「ああ、勿論、名字さんも。ですよね」
『ミコトさんほど役に立てないかもしれませんけど』
「揃いも揃って暇人が」
「いいお目付役が出来ました。名字さんに加え、三澄さんなら適任だ」
渋い顔をしながら、熱燗を流し込む中堂さんに所長が話しながら、お酌する。本当、ミコトさんなら中堂さんの力になれると思う。私も何ができるかわからないけど、微力ながらお手伝いをしたい。
『あ、所長。私、中堂さんのお世話係は嫌ですよ』
「お前に世話になった覚えはない」
『うっそ、中堂さん、本当に無自覚なんですか?!』
うん、うん、中堂班も仲良きことは美しきかな!と謎の発言をした所長にお酌して、次はおでんの卵を一口。ん、美味しい。
「それにしても名字さん、美味しそうに食べて呑みますねー」
『え?へへ、そうですかねぇー?』
「…酔っ払ってんじゃねーだろうな」
『あはは、だいじょーぶでーす』
熱燗をまた一口飲んで、ポカポカしてきた身体を冷まそうと一旦所長室を出てから、自分のデスクへと向かう。デスクの上に置いておいた携帯を取り出してから、椅子に座る。
『…デート、じゃない、』
久部くんはそう言っていた。デートじゃないけど、なんの予定かは言えない。と言った雰囲気だったし。所詮、私と彼は職場の先輩後輩なんだと壁を感じてしまった。
『誰と、繋がってるんだろ、』
今回の事件で、刑事の毛利さんが知っている情報とほぼ同時に久部くんも、事件に関する情報を得ていた。別件で別行動をしていた彼は、確か公園で見知らぬ男と話し込んでたようだけど。
「おい、」
『…あやしー…』
「おい、酔っ払い。起きろ」
『、ん、』
「…まじかよ」
そこからの記憶はない。ただ、切ない気持ちと、ポカポカして気持ち良いのと。よくわからない感情のまま、重たくなってきた瞼を閉じた。
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『、ん、?』
「名前さん、」
『ん、んん、首痛い、ん、…あれ、』
「名前さん、起きました?」
身体を揺らされる感覚がして、ゆっくりと目を開けると、ボヤける視界に久部くんの姿。え、なんで。私、さっきまで中堂さんと所長と呑んでて…
「昨夜は、ここに泊まったんですか?」
『え?今何時?…6時半、うっそ』
ガバッと起き上がった拍子に、肩から何かが落ちた。床に落ちたソレを拾い上げると、茶色のブランケット。あ、これ。よく中堂さんが所長室で仮眠するのに使ってるやつだ。
『え、あれ、中堂さんは…?』
「…中堂さんなら、所長室で寝てます」
彼はこのブランケットがなくて寒くないんだろうか。心配だけど、所長室の扉は閉まっているし、寝ている中堂さんに近づいて起こしてしまうのも、申し訳ない。
「一晩、中堂さんと一緒だったんですね」
『中堂さんと、というか、所長も含めて3人で呑んでたら…』
途中から寝ちゃってたみたい、です。と何故か年下の彼に敬語で話してしまったのは、なんだか怒ってるように見えたから。私と目を合わせず隣に座って、腕を組んでる久部くん。
『あの、久部くんは…なんで、朝早くからここに?』
「昨夜、用事終えてから名前さんに連絡したんですけど」
『え、うそ』
「返事こなくて、寝てるのかな、とも思ったんですけど。なんか、その、…心配で」
朝早めにUDIに来てみたら、デスクで寝ててビックリしました。と、ため息混じりに言う彼に、申し訳なさでいっぱいだ。心配させてしまった。昨夜、ちゃんと帰るから大丈夫、とか言ってたのに。
「来たら来たで、名前さん気持ち良さそうに寝てるし」
『すみません…』
「中堂さんが使ってるブランケットかけてるから、なんか、ムカつくし」
『ムカ…?』
「所長室には中堂さんいるし、で。一晩2人きりで何してたんだ、とか色々考えて」
『あ、あの…久部くん?』
ぺらぺらと喋る彼は一向に私を見ようともせず、不機嫌です、と言わんばかりの顔をしている。言いたいことは言い終えたのか、口を閉ざしてしまった彼に、どう言葉をかけたら良いものか。
『えっと、その、心配…してくれたんだもんね?』
「はい、」
『ごめんね、と、ありがとう』
「はい、」
謝罪と感謝を述べても、こっちを見ようともしない久部くんに、寂しい気持ちがどんどん湧き上がる。なんだか泣きそうだ。私、まだ酔っ払ってんのかな。苦し紛れに、彼の服の裾を引っ張って、名前を呼ぶ。
『…久部くん、』
「え、名前さん、」
『怒っちゃ、やだー…』
「え、え、泣いて?!ちょ、名前さん、」
いい歳こいて。彼がこちらを向いてくれないことが、こんなにも、寂しくて悲しいなんて。それで感情が爆発して、涙がポロポロ溢れてくるのは、昨夜熱燗を呑んだせいだと思いたい。
『くべくんの、ばかー…』
「え、名前さん、泣かないで!」
『う、…くべくん、怒ってるじゃん、』
「ちが!怒ってるんじゃなくて、その、」
続きの言葉を口に出さない彼を、じっと見つめると、急に距離がゼロになる。ぎゅっと、抱きしめられて彼にこうされるのは、何回目だろう、とふと回らない頭で考えた。
「…嫉妬です」
『しっと?』
「名前さんと、中堂さん。仲良くて、」
『仲良い…?』
「かっこ悪いけど、妬きました」
『…久部くんも中堂さんと仲良くしたいの?』
「…なんでそうなるんですか、」
と、がっくり項垂れて私の肩に顔を埋める彼にクスクスと笑う。嘘、ごめんね。ちょっと意地悪した。ちゃんと、その嫉妬の意味はわかってる。そこまで、私も鈍感ではない、と思うから。
『じゃあ、私も嫉妬した』
「え?」
『…いつから、ミコトさんのこと名前で呼ぶようになったの?』
また一つ。気になっていたことを、彼の腕の中で聞いてみる。お互いの表情が見えないから、思ってたよりもすんなり聞くことができた。
「この間の、警察からの帰り道に。なんか、話の流れで」
『…話の、流れ』
「三澄って呼びづらいだろうし、名前でも良いよって言われたんで、」
『それだけ?』
「それだけです」
彼がそう言うんだから、きっとそうなのだ。特に意味はない、と思う。だけど、私は久部くんとミコトさんの距離が縮まってるように見えて、モヤモヤしていたのは事実。
『ん、じゃあ、いいや』
「…名前さんも嫉妬してくれたんですね」
『もー!改めて言わなくて良いから!』
恥ずかしくて、彼からパッと離れる。チラッと見た久部くんの頬は心なしか赤くなってるし、私だってきっと同じだ。嫉妬した、なんて私の気持ちバレバレじゃないか。
「名前さん、俺の名前知ってます?」
『え、なに、急に。』
「名前」
『くべ、ろくろー』
「そうですけど、そうじゃなくて。…名前で、呼んでください」
『…六郎くん、?』
はい、とはにかんで返事をする彼に、きゅんときてしまったのは仕方ないと思う。これは、名前で呼んで良い、ということ?だよね。たまにミコトさんや夕子さんが雑に六郎ー!って呼んでるのを聞いたことはあったけど。
『六郎くん、』
「はい」
『へへ、呼んだだけ』
なんだか嬉しくて意味もないのに名前を呼ぶ。呼んだら返事をしてくれる距離が嬉しい。気づかないうちに話し込んでいたのか、ラボにチラホラ人が増え始めた。オフィスにはまだ誰も入って来なさそうだけど。
『って、私、一回家戻るね。シャワー浴びて着替えないと』
「送りましょうか?」
『んーん、大丈夫!』
終業時間まであと1時間足らず。久部くん…六郎くんとの時間も惜しいけれど、一度着替えてこなくちゃ、とオフィスを出る。私が向かった先とは反対側に、とても入りづらそうにしつつもニヤけた顔の、ミコトさんと夕子さんが居たことを、私は知らないまま、今日も1日が始まろうとしていた。
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