「つかれたー…」
『あ、ミコトさんありがとうございます』
「所長、何か他に甘いもの無いんですか?毎日かりんとうばっかり。」
解剖が終わり、オフィスに夕日が差し込む。解剖後は皆んなで甘いものを食べるのが定番で、ここ最近は専らかりんとう。ミコトさんが配ってくれたかりんとうの袋を開ける。夕子さんはかりんとうに飽きてきたらしく、所長に文句を言っていた。
「東海林さんが解剖の後は甘いものがいいから、かりんとう常備してくれって」
「撤回!もう飽きましたー」
そう言う夕子さんに、所長は口を大きく開けながら、信じられないと言った表情。それを読み取った夕子さんが、六郎くんに責任をなすりつけていて、私は笑いながらかりんとうを口に入れた。
「所長、これ配りましょう。遠隔死亡診断のガイドライン」
『遠隔死亡診断?』
ミコトさんが何枚かの資料をみんなに手渡す。厚労省の指導で新しく始めるらしい。離島や過疎地など医師がいない場所で、亡くなった人のご遺体を看護師が撮影し、それをこっちにいる医師がテレビ電話などで死因を確認。死亡診断書を発行する、というシステムらしい。
「あの、これ、映像だけで死因なんてわかるんですか」
「分かるか」
『うわ、即答』
六郎くんの疑問に、かりんとうをモグモグしながら即答した中堂さん。ああ、こういうの嫌いそうだもんな。と、六郎くんと中堂さんの間に挟まれて座っている私も、再びかりんとうに手を伸ばす。
「俺に言わせりゃ、こんなもんクソの役にも…」
「一概に否定しない!必要があって考えられたシステムなんですから」
『確かに、離島や過疎地など医師がいない場所では必要かもしれないですしね』
ガイドラインに目を通して、頭の中へ入れて行く。UDIラボにもいつ依頼が来るかはわからないのだから、しっかり理解しなくてはいけない。そう思っていた矢先、中堂さんが立ち上がる。
『ちょ、!』
「捨てた?」
大きく音を立て、ゴミ箱にガイドラインを投げ捨てた中堂さんに、みんなはポカーンとしてしまう。いくら自分の目で確かめて、自分の手で解剖した結果しか信じないとはいえ。そんな派手に捨てることないのに。当の本人はコーヒーを淹れて知らんぷりだ。
「んー、やっぱかりんとう飽きたなあ」
「東海林さんが、かりんとうが良いっていうからたくさん買ったのに」
『まあ、美味しいんですけどね』
「裏切り者ー!」
「お茶淹れて下さい」
また、かりんとうの話になり、もう飽きたという夕子さんに所長は裏切り者ー!と言いながら、かりんとうを返すように要求。その姿が面白くて、あはは、と笑うけれど、ふと隣の六郎くんを見ると、またあの表情。
『…六郎くん?』
彼は一体、何を考えているのか。この怖い顔をしてる時の六郎くんは、普段と違いすぎて、不安になる。何度か彼の名を呼ぶと、すみません、ぼーっとしてましたと返事をされ、それ以上は入り込めず、手元のガイドラインに視線を戻した。
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「名前さん、送ります」
『ああ、ごめん。今日はこの後ミコトさんと予定があって』
「ミコトさんと?」
『うん、秋ちゃんのとこ』
「ごめんね、久部くん。名前、借りてくわ」
仕事が終わり、帰り支度をしていると、いつも通り送ると申し出てくれた六郎くんに断りを入れる。ちゃんと気をつけて帰って下さいね、と釘を押され、苦笑いで返事をした。
「あ、」
『ふふ、秋ちゃん。ちゃんと先生、してますね』
「うん」
UDIラボのある場所から数駅。駅の近くにある明陵ゼミナールの予備校講師であるミコトさんの弟、秋ちゃん。彼は私の学生時代、家庭教師のバイトをしていた時の教え子でもある。秋ちゃんが生徒の子と話してる姿は、様になっていて、ミコトさんも何だか嬉しそう。
「ねえ、今の子達って、どんな感じ?」
「ああ、そんな変わんないよ。大人っぽい子もいるし、子供だなって子もいる」
『今も昔も変わらないものね』
「で、その例のこれから来る私に会いたいって子は?」
そう。今日ここに来た理由は、ミコトさんに会いたいという生徒の子がいる、と秋ちゃんから連絡を受けたから。私がいるのは、話が終わった後、三澄家でご飯食べよう、とミコトさんに誘われ、お邪魔かもしれないが同行させてもらった。
「白井くんは、」
「白井くん」
「滅多に自分から話して来るようなタイプじゃないんだけど」
白井くん、が秋ちゃんに声をかけ、是非ミコトさんに会いたいとお願いして来たという経緯を話してくれた。何かで法医学に興味を持ってくれたのか、とミコトさんは嬉しそうな笑顔を浮かべている。
「いや、もう、是非とも法医学者を目指して欲しい!」
『本当ですね。』
「だって日本に170人くらいしかいないんだよ?実質、稼働してるの150人程度。いや、もう、狭い世界なんだよ」
それから白井くんがやって来るまで、法医学の話や、秋ちゃんの近況などを話していた。だけど、待てど暮らせど白井くんはやってこない。秋ちゃんも何度か連絡をしてくれたけれど、応答はないようだ。
「ごめんね、せっかく来てくれたのに」
「ううん」
「たっく、何やってんだろ」
『まあ、何か急用があったのかもしれないしね』
「白井くんに私の番号送っておいて。で、いつでも連絡して良いからって」
「わかった」
結局、白井くんに会うことはできず、ミコトさんとともにゼミナールを後にする。今日の晩ご飯は夏代さんが作ってるらしい。何かなー?と2人で喋っている間に、大きな事件が起きているとは思ってもいなかった。
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