#49


昼下がり。鑑定書の整理をしていると、ミコトさんの「あ!さっそく白井くん」という明るい声がオフィスに響く。その声に一番最初に反応したのは夕子さんだった。


「男?新しい彼氏?」
「法医学に興味がある高校1年生。」
「なんだ、高校生か」


新しい恋の話かと興奮気味だった夕子さんは一気に残念がる。鑑定書をまとめて、コーヒーを淹れている中堂さんに差し出すと、ミコトさんと夕子さんの方を見て呆れ顔。クソくだらねーとか思ってんだろうな。


「これを見たら電話ください…」
『ん?なんですかね』


ミコトさんの隣にいき、スマホの画面を一緒に覗き込む。白井くんからは何かのURLが添付されたメールが来たようで、ミコトさんがスマホを操作し、開く。開かれた動画の最初の言葉は「僕が殺人者Sです」という衝撃の内容だった。



《橋を渡って皆さんとは違う場所に到達した人間です》

『…さつじん、じっきょう…?』


動画の音声が聞こえたのか、後ろにいた夕子さんと六郎くんも画面を除きこむ。動画のタイトルは《殺人実況生中継》となっていた。今流行りの顔に装飾ができるアプリでも使っているのだろうか。殺人者Sと名乗る者は、赤いパプリカの顔をして話をしている。



「何これ、」

《見てください、僕が殺したクラスメイトのYくんです》

『うそ、』



画面が動き、新たに映し出されたのは、うつ伏せになっている人と、その床には大量の血痕だと思われる赤が広がっている。この動画を見ている人が他にもいるらしく、ネットの書き込みがものすごい早さで回転していた。


「いたずら?」
「分かんない」
『ねえ、六郎くん、これ録画できる?』
「殺人実況…はい、」



六郎くんがPCを操作して、動画を録画してもらう。殺人者Sは、この動画をどんどんシェアして欲しいと言う。そもそも、映し出されていたうつ伏せの人は、本当に死んでいるのか。一種のタチの悪いイタズラなのか。この動画を送ってきた白井くんにミコトさんが電話をすると、画面に映っている殺人者Sも電話に出る。


《はい》
「もしもし、白井くん?」


やはり、この殺人者Sとは、白井くんなのか。ミコトさんが名前を名乗り、これは一体なんなのかと問い詰めると、スピーカーフォンに替えられる。


《特別ゲストのM先生と電話が繋がりました。M先生は本物の法医学者の先生です》


そう言った殺人者Sこと白井くんに、私たちは戸惑いを隠せないでいた。実況しているからこそ、今、リアルタイムでミコトさんと会話をしようとしているんだ。


《ここでM先生に問題です。…Yくんの死因はなんでしょう?》


再び画面に、殺したというYくんが映し出される。そして、もし答えを間違えたら、もう1人殺す、と別の部屋にいる人物の足元が画面に映り込んで来た。


「名前はまだ教えられません。とりあえずXと呼ぶこととします。この配信が続く限り、Xは無事です。僕はM先生としか話さない。警察もごめんです。制限時間は10万人。」


動画の下に視聴者数がカウントされていて、少しずつ動画を見ている人が増えてきているのがわかる。今は248人。白井くんは10万人になるまでにミコトさんが正解しないと、Xを殺す気でいるんだ。




「これは僕とM先生の勝負です。分かったら返事を」
「通話を切れ。乗るな」
『中堂さん、』


遠くから様子を見ていただろう中堂さんが、即座に言う。たしかに、普通ならこんなのイタズラだろう、と相手の策に乗るべきではない。だけど、わざわざミコトさんに連絡をしてきたと言うことは、何かある…と、私は思う。



「ガキの遊びに構ってられっか。」

《答えてください、M先生》


ミコトさんは画面をジッと見つめて考えている。彼を見捨てるんですか?と問う白井くんは、何か強い意志があるような声をしていた。その何か、が何なのかはわからないけれど。


「分かった」


長い沈黙の後、ミコトさんは承諾する返事を出した。中堂さんは何も言わず、溜息をついたのがわかる。ミコトさんは、こういう人なのだ。目の前で起きてることを、ただのイタズラだと思ってスルーすることは出来ない。


「…Sくん。あなたの勝負に乗った」



ミコトさんと白井くんが話している間にも視聴者数のカウントは回転していて、あっという間に1000人を超えそうになっている。


「視聴者数めっちゃ増えてますね」
『これ、止めることできないの?』
「いやー…」

「まずは、ご遺体が本物か確かめないと。Sくん、ご遺体を映して」
「生中継ですよ」


さすがに大勢の人が見ている動画で、ご遺体を近くで映すのは無理だろう。本当に亡くなっているかの確認をするため、目だけアップで映してもらい、瞳孔の確認をする。


「いいですよ」


画面が動いて、ご遺体が映し出される。ちょっとしたことでも気づけることはないかと、画面を食い入るように見つめた。中堂さんも気になるのかソファーから移動して、私たちの後ろから動画を覗き込む。


「背中が破れてる、1、2、3カ所」
『紺色で分かりづらいですけど、背中全体が血で染まってるように見えますね』


ご遺体がうつ伏せから、仰向けに変えられる。その時の動きからして、硬直が進んでるように見える。多分、死後12時間以上。


『…瞳孔が開いてる』
「角膜が軽度の混濁。瞼を閉じた状態で、今の季節なら、死後15時間から17時間。」
「死亡推定時刻は…昨日の夜8時から10時ってことか」
「じゃあやっぱり、これ…」

「亡くなってる。本物のご遺体。」


これは、ただのイタズラではなく、事件だ。背中にあった数ヶ所の傷を見せてもらうよう、交渉するもののギャラリーがもっと増えないと面白くない、という。


《視聴者数が増えたら、1つずつヒントをあげます。ヒントは全部で…4つ》


現在の視聴者数は1024人。ものの数分で、あっという間に増えた。きっと、学生などが拡散して増えていってるのだろう。


《1000人越えを記念して、第1のヒント。Yくんを殺したのは、ここじゃない。別の場所です》

『別の場所…』

《次のヒントは3万人。》


そう言って、電話が切れた。すぐ、録画してあった六郎くんのPCを見直す。何か少しでも死因につながるヒントを見つけ出さなきゃ。


「さっき遺体の足が見えた時、これ上履きですよね」
『あと、赤いネクタイも見えた。服装はブレザーっぽいですね』
「ってことは、学生…」
『ミコトさん、秋ちゃんに連絡してみたら良いんじゃないですか?』
「そうする」


殺人者Sは、白井くんで間違いないはずだ。と、いうことは亡くなったご遺体のYくんは彼のクラスメイト。該当する生徒がいるか、秋ちゃんに確認を取ってもらっている間、私は警察へと連絡を入れる。


「秋ちゃんが、学校まで行ってくれるって」
『白井くんの学校って?』
「翠川高校」


ミコトさんは先に学校へ向かい、私と六郎くん、夕子さんは、ラボから必要な薬品などを集めて鞄に入れる。きっと、Yくんが殺されたのは、学校の敷地内だ。背中に3ヶ所も傷があったから、大量に出血したはずだ。


『夕子さん、ついにコレの出番ですね』
「まさか、使う日が来るとは思わなかったよ…」


いつだかか、夕子さんが言っていた。物凄く高かったんだからーと言いながら手にしていた必殺兵器を使う日が来るなんて。知らんぷりしているけれど、内心気になっているであろう中堂さんの姿をチラッと見てからオフィスを出た。




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