#50


ミコトさんより少し遅れて校内へ入る。夕子さんに精製水を渡し、彼女が液体を調節している間に六郎くんが周囲に血痕がないか探していた。


「それ、拭き取った血痕も見えるっていう…」
「ルミノール液〜」
『ドラえもん的な言い方ですね』
「しかもこれ、フランスの企業が特許を持つ輸入品で、日本が捜査で使ってるものより見え方がくっきり5倍!」


この輸入品のルミノール液が手に入った時の夕子さんの目はキラキラしてたっけ。いつ使うんですか…なんて言ってたのに。まあ、使わずしまっておくよりかは、使った方が良いのかもしれないけど。血痕を追跡するために傘型の暗幕を六郎くんが開く。


「よし!あ、ちょっと、ごめん。先にやってて」
『はーい』


夕子さんの携帯に誰かから連絡が来たのか、私がルミノール液を渡される。六郎くんと共に暗幕の中へ入り、しゃがみこむ。ルミノール液をシュッと吹きかけると、すぐに血痕が光って浮かび上がった。


「5倍…!」
『お値段は10倍だけどね』
「マジっすか」
『そうなの、夕子さんが、』


パッと横を見て話しかけようとすると、思っていたよりも六郎くんとの距離が近くて言葉が詰まる。超至近距離で視線が合わさってしまい、顔に熱が集まる。よかった、暗くて。明るい場所だったら、顔が真っ赤なの見られてるところだった。


『ごめん、ちょっと、近かったね、あはは、』
「…名前さん、」
『え、六郎…くん、?』


少し距離を取ろうと離れようとしたら、腕を掴まれ動けなくなる。どうしよう、私の心臓の音聞こえてないかな。私の腕を掴んだまま、何も言わない六郎くんを見つめる。恥ずかしいはずなのに、視線を外すことが出来ないでいた。


「名前さん、」
『ろくろー、くん?』


暗い中だから、いまいち距離感が掴めない。だけど心なしか先程よりも私たちの距離が近づいている気がする。だって、今、私たちはお互いの鼻がくっつきそうなくらい近くにいるわけで。


「あのー…」
「『わぁっ!』」


暗幕から光が射したと思ったら、申し訳なさそうな夕子さんの声が聞こえて、慌てて離れる。ビックリしすぎて、私も六郎くんも尻餅をついてしまった。


「ごめん、お邪魔かと思ったんだけど」
「いやいやいやいや、全然!!」
『あー、あ!あの、夕子さん!凄いですよ!ルミノール液!さすがお値段10倍!』
「続きは、ラボでして下さいな」
「ななななな何言ってんすか!!東海林さん!!」
『え、あ、あ!わたし!ミコトさんの方行ってみます!ここ、任せました!!』


新しい玩具を見つけたかのようにニヤニヤしながら私たちを見る夕子さんに、冷や汗が止まらない。さっきから熱くなったり、私の身体はおかしなことになってるであろう。この話題を変えるべく、私は職員室で話を聞いているミコトさんのところへ逃げることにした。





『ミコトさん!あ、秋ちゃんも!』
「ああ、名前!そっちはどう?血痕見つかった?」
『はい。今、夕子さんと六郎くんがルミノール液使って追跡してます』
「じゃあ、とりあえずそっち行こうか」
『…戻ります?』
「え、うん。だめ?」


ダメじゃないです…と言うしかないのが現状。先程まで、夕子さんに茶化されてました、なんて言う訳にもいかず、不思議そうな顔をしている秋ちゃんに苦笑いを浮かべてから、私たちは職員室を後にした。ミコトさんの話によると白井くんのクラスメート、横山くんと言う子がYくんの可能性が高いらしい。



「血痕のスタート時点、ここ」
『ここって…倉庫か何かですかね』


ルミノール液の跡を辿って、校舎の裏側へ着くと、血痕のスタート地点だと思われる場所が特定された。ゆっくりとドアを開けて、足を踏み入れる。体育館倉庫なのだろう。ロープやボールかごなど、体育で使う道具に紛れて、いくつか遊び道具が混じっている。…誰かの溜まり場だった?


「何か敷いてあった?」
「だね」
『敷いてあったとすれば…』


周囲をキョロキョロと見渡す。すると、六郎くんが何かを見つけたらしく、声を上げた。彼が手にしていたのは体育で使うマット。それを静かに広げると、


「うわっ、」
『わ、』


マットの中央に真っ赤な血痕の跡。思わず、息を飲む。私たちが見つけたのと、ほぼ同時に警察がやってきたことを知らせるパトカーのサイレンが聞こえた。マットの繊維を採取して分析を夕子さんに任せ、ミコトさんと六郎くんと共に職員室へ戻る。



「白井の携帯から逆探知できないんですか?」
「番号からしてアプリ電話というやつで、基地局を経由しないため分からないんですよ」
「あの、警察のサイバー班ならライブ配信してるサーバーのアクセスポイントから、調べられませんか?」
「我々は少年課ですからなんとも」
『少年課?通報時には殺人とお伝えしました』


やってきた刑事たちは少年課の人たちで、ネットのイタズラを一々本気にしていたら、警察はパンクすると言う。これは絶対、ただのイタズラなんかじゃないはずなのに。


「備品倉庫のマットには、2リットル近い血痕が残されていました。」
「その血が本物かどうかは…」
「採取した血痕はUDIラボで分析中です」
『横山くんの血液かどうか、ロッカールームの持ち物から採取した毛髪と合わせて、DNA鑑定を進めています』
「結果が出るのは?」
「…最短で、3時間」


きっと警察は、はっきりと事件だとわかるまで動いてはくれない。夕子さんに任せている分析が終わるのも、まだ少し先だ。今できることはないか、PCに映っている実況を見ると、白井くんは何かの小説を朗読しているところだった。


《ヒントの時間です。M先生、背中を見せてあげる》


視聴者数が3万人を越えたのだ。食い入るようにみんなで、動画を見つめる。白井くんがYくんの衣服を脱がせようとしているが、遠くから見ても硬直しているのがわかった。


「服を切らないと脱がせられない」
「あ、ナイフ」
『ナイフに血痕がついてる』
「凶器…?」


白井くんは、血痕がついているナイフを片手に衣服を切って脱がせていた。背中を映す前に、上半身がチラッと映る。


「皮下出血が3ヶ所」
「はい」


六郎くんが皮下出血のあった場所を紙に記入していく。画面に映し出された血だらけの背中は、直視するのも厳しいくらい、酷いものだった。


「傷口が3ヶ所。全て紡錘形の刺し傷。致命傷は肝臓。」
『出血量から考えて、肝動脈を傷つけての失血死…』
「刺されてすぐの即死ではなく、徐々に血液が体外へと流れ出た」
『5分から10分は生きてたはずですね』
「刺した後、黙って見てた」
「そうなるね」


凶器は肉厚な有尖片刃器。一方の形状がギザギザだから、サバイバルナイフのようなものだ。先程映ったナイフと矛盾しない。


「死因は背部刺創による失血死。つまり刺殺」
『答えが出た…?』
「いや…そんな簡単な話じゃないと思う」


法医学的な死因は明らかだった。だけど、目の前に写っている殺人者Sこと、白井くんが望んでいる答えではない気がする。


「Sくんは、私に何か言わせたいんだと思う。」
『言わせたい答えがある、』
「出来るだけ多くの人の前で、」


次のヒントは視聴者数が5万人になったらだと告げて、彼はまた小説の朗読を始めてしまった。すぐ、今の動画を録画したものを改めて見る。


「この皮下出血、3ヶ所ともこの背中の傷に符中してる」
『凶器の刃物が、あと1cmでも長ければ皮膚を貫通してたってことですね。』
「ギリギリ貫通しなかったから、内部の出血が皮下出血として、現れた」


動画を進めて、背中の傷をじっくりと見る。さっき見た時も感じた違和感。3ヶ所ともささくれのない綺麗な傷なのだ。あとは、



『死斑に隠された、痕跡、』
「え?」


ミコトさんが、後ろにいる先生方に説明をする。皮膚全体が赤紫色に変色しているのは、死斑と呼ばれる死体現象の一つ。だけど、Yくんの背中には青や黄色が混在していた。


「これは、死斑ではなく、打撲の痕」
「打撲?」
「刺された時に、揉み合った証拠ですか?」
『いや、これは3日くらい前。こっちは1週間経ってる』


打撲痕を指差して、この痕は事件の前につけられたものだと告げる。Yくんは日常的に暴力を受けていたのだ。秋ちゃんが予備校の生徒である子に話を聞きに行ってくれることになり、私はそっと職員室を出てスマホを操作し、きっとラボで動画を見ているであろう中堂さんへと電話をかけた。





>> list <<