#51


「何だ、誰だ?」
『わ、中堂さんがワンコールで出た…!』


UDIラボへ電話をすると、すぐに中堂さんが出た。彼が電話に出ることなんて今まであっただろうか。しかも、ワンコールで。
余程、気になっていたのだろうと、笑いそうになるのを、どうにか飲み込んで話を進める。中堂さんの後ろで所長の声が聞こえ、煩かったのか中堂さんが所長に一喝している。


「もう一度」
『あの、殺害時の状況を調べたくて。』
「調べりゃ良いだろう」
『車でピックアップしてもらいたいものがあるんですけど、私だけじゃ無理なんで、どっかで合流…』
「クソっ!そっちの方がマシだ!!」


中堂さんが急に大きな声を出す。多分、後ろで詮索してくる所長にイライラしたんだろう。ったく、電話越しで聞いてる私に少しでも気を使って欲しい。急に大声を出されたから耳がキーンと鳴る。



『あ、電話切れた。…メールしておこう』
「名前さん、」
『あ、六郎くん。中堂さん来てくれるって』


中堂さんに、明邦大で合流しましょう。とメールで送る。いつのまにか職員室を出て、私の後ろにいた六郎くんに、中堂さんが来てくれることを伝えた。


『中堂さんとミコトさん。法医解剖医2人の知恵が合わされば、解決できる案件は倍以上!』
「名前さんだって、法医解剖医じゃないですか」
『あはは、元、ね。私の知恵なんて彼らの足元にも及ばないし』
「名前さんって、」
『ん?』


ミコトさんにも中堂さんが来てくれることを伝えるため、職員室に足を進めようとしたけど六郎くんの声で足が止まる。


「あの、中堂さんのこと、どう思ってるんですか」
『えっ?』
「8年前、中堂さんが恋人を殺したって話」


何故。六郎くんが、そのことを知っているのか。驚きで、顔が強張る。




「もし、」
『殺してないよ』
「もしもの話、」
『ねえ、その話どこで聞いたの?』
「…父親の病院の関係で」


私の目を見ずに、そう答える六郎くん。彼の父親は確か帝日大の教授だ。廊下の壁に背中を預けて、はあ、っと一つ溜息をつく。


『無責任な噂だよ。中堂さんは彼女の死に罪悪感を感じてる』
「罪悪感?」
『生存者の罪悪感。家族が災害で亡くなったり、悲しい事件に巻き込まれた人が感じてしまうことがある』


亡くなった人と自分を分けたものが何なのか。どうして、自分だけが生きてるのか。


『中堂さん言ってたって。殺した奴は殺される覚悟をするべきだって。…意味わかる?』


六郎くんは、俯いて考えている。彼が中堂さんをどう思っているかはわからないけど。きっと、今まで一緒に働いて来て、中堂さんが口の悪いだけの男じゃないとわかってくれているはずだ。


『あの人は、犯人を見つけ出して殺すつもり。…私は、それを止めたい』


鈴木さんの事件のことを思い出さずにはいられない。婚約者の果歩さんが殺されて、その犯人を刺した鈴木さん。きっと、中堂さんも彼と同じようなことをするつもりだ、とあの時わかってしまったから。


「名前ー、中堂さんどう、」
『あ、ミコトさん、』
「…ごめん、なんか、取り込み中、だった?」


私たちの少し重苦しい雰囲気に気づいたのか、職員室から顔を出したミコトさんが言葉に詰まり、申し訳なさそうな顔をしている。


『いえ。中堂さん、車で明邦大向かってくれるそうなので、私もあっちに合流しますね』
「うん、お願い。中堂さんだけじゃ、ちょっと不安だし」
『じゃあ、行ってきます』


六郎くんは、まだ微妙な顔をしていたけど、彼の横を通り過ぎて外へと向かう。明邦大に向かってる途中、ミコトさんから背中の痣の詳細がメールで送られてきた。


『…いじめ、』


秋ちゃんが予備校の生徒に聞いたところ、Yくんこと横山くんがイジメを訴えたことがあったらしい。担任の先生も、彼からの訴えでクラス委員の子に聞いてみたところ、同じグループで仲が良いと思っていたのと、いじめられている現場を見たことがなかったから分からない、と答えたらしい。


『やっぱり、あそこが溜まり場だったんだ』


後々、他の生徒が横山くんがいじめられた現場を見たと。そこは、先程血痕のスタート地点と思われる、備品倉庫。きっと、学校側はイジメという認識をしっかり持っていなかったんだ。携帯をぎゅっと握りしめて、唇を噛みしめる。


『あ、3万人超えた…』


明邦大につき、中堂さんと合流するまで動画を見てると、視聴者数が3万人を超えた。3つ目のヒントの時間です、と言って画面に映し出されたのは、凶器だというナイフだった。



「おい」
『…あ、中堂さん』


明邦大に着き、気怠げな中堂さんと合流する。何で俺が…とブツブツ言ってるけど、お構い無しに、明邦大の中へと入り、目的の人物がいるであろう場所へと向かう。





「よく、来れたね…」


大学の広い廊下のど真ん中を偉そうに突っ立つ中堂さん。彼の目の前には、顔がものすごく引きつってるであろう、坂本さんがいる。私のことは、中堂さんの大きな背中に隠れて見えていないのか、それとも中堂さんの威圧感で私の存在が薄れてるのか、視線は合わない。



「ど、どのツラ下げて来たんですか?」
「借りたいものがある、三澄から聞いてるだろ」
「まあ、聞いてますけども」
「さっさと、イノベーション研究室とやらに案内しろ」


こちらがお願いする立場なのに、相変わらず態度が大きい。痺れを切らした中堂さんが坂本さんに歩み寄ると、坂本さんは怯えたように壁へ避難する。


「クソっ!いちいちビビるな」
『こら、中堂さん!』


慌てて坂本さんが白衣のポケットから何やら取り出し、中堂さんに向ける。よく見ると、それはいつだかか中堂さんがぽちぽちとPCで作っていた誓約書。それには「二度とクソとは申しません」「高圧的な態度をとりません」「パワハラを行いません」と記されていた。


「…まあ、クソは…訂正する」
「ごめんなさいは?」
『ふふっ、』


誓約書を掲げて、いつになく強気な態度の坂本さんに思わず笑ってしまった。中堂さんも誓約書を前にすると、いつものように高圧的な態度をとることもできず、モゴモゴしている貴重な姿が見られた。


『ほら、中堂さん』
「す…すまなかった、」
「やった」
「クソっ!!」


中堂さんに謝られた坂本さんが小さく喜ぶと、中堂さんの大きな声が再び廊下に響き渡る。すかさず壁に避難しつつも、誓約書を掲げている坂本さんが面白すぎて、笑いを隠すことはできなかった。



「もー、名字さん、いるなら言ってよー」
『最初からいましたよー、中堂さんの威圧感で存在消えてましたけど』
「あれ、フローレン。ありがとねー。名字さんからのプレゼントだって聞いたよー」
『いえいえ。坂本さんがお元気そうで何よりです』


イノベーション研究室に向かう道で、少しばかり坂本さんと世間話。ミコトさんに借りて来てほしいと言われた秘密兵器を手に取り、車へと運ぶ。坂本さんにお礼を言って、助手席へ乗り込んだ。


『なんだかんだ言って、中堂さんっていつも手伝ってくれますよね』
「お前達が巻き込んできてる、の間違いだろ」


シートベルトを締めたのを確認して、中堂さんが車を走らせた。スマホを確認すると、夕子さんからのメール。マットについていた血痕が横山くんのDNAと一致したらしい。残念なことに、あのご遺体は横山くんだと確定してしまった。


『中堂さんってイジメられたことあります?』
「は?」
『…すいません、聞いた私がバカでした。』


仮に中堂さんがイジメられたとしても、倍以上にして返しただろう。やっと、翠川高校へと着き、急いで車を降りる。ミコトさんも待っていたのか、校舎前に姿が見えた。


「待ちくたびれましたよー!」
「地獄なような時間を少しは労え」
「あちらさんのほうが地獄だったと思いますけど」
『ミコトさんの言う通りです』
「あいつ生き生きしてたぞ」
「何台借りれましたか?」
「二台だ」


急いで車のトランクルームを開ける。秘密兵器である、科学操作用ライト。通称「ALS」を備品倉庫まで持っていく。これで、少しは何かがわかるはずだ。なぜ、白井くんがこんなことをしたのか。私は、知りたい。



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