暗幕の準備ができて、ライトをつける。サングラスをつけて、準備完了。
「まず、520ナノメートル」
備品倉庫の中を見るけれど、特に気がかりになるものはない。次は380ナノメートルに替えてみて見る。
「血は黒く見えるんだ」
「ヘモグロビンは電磁波の光を吸収する。たんぱく質や蛍光物質が入ってるものは逆に光って見える」
『あれ?あの、マットの上って、』
ライトを当てられたマットの上に何か光って見えるものがある。ミコトさんも気づいたのか、じっと見つめて、粉ではないか、と言う。
「顕微鏡で調べてみよう」
「久部、写真撮っとけ」
夕子さんが綿棒で粉だと思われる物質を採取する。ミコトさんがライトをマットから徐々に上へと向け、何だ…?と呟いたのを聞き逃さなかった。
『ミコトさん?』
「ちょっと、外行ってくる」
『え、』
ライトが辿っていた場所を見ると、学園祭で使ったであろう看板が。マットに付着していた粉と同じようなものが看板にもついていて、それを辿ると小さな天窓。
『ミコトさん…!』
彼女の後を急いで追って、たどり着いたのは天窓の外。そこにはブロックが2つと、開かれた排水溝。外から天窓を見て、改めて下に置かれているブロックに視線を戻す。
「姉ちゃん!白井くんが読んでる小説、なんだか分かった」
『秋ちゃん、』
「所々飛ばしたり、登場人物をイニシャルに替えて分かりにくくしてたけど、ネットの人たちが特定した」
『ソア橋…?』
白井くんが朗読していたのは、ソア橋という短編小説。凶器を隠すトリックが出てくるらしい。
「凶器を隠す…」
再び天窓を見上げたミコトさん。もしかしたら、私の頭の中で1つの仮説が浮かび上がる。だけど、この仮説が本当なら、この事件はあまりにも悲しすぎるのではないか。
「名前にお願いがある」
『…白井くんの、場所ですよね』
「うん、中堂さんたちと探してもらっても良い?」
『勿論です。…必ず、白井くんを探しだします。』
これはミコトさんと白井くんの勝負なのだ。彼と全面対決するのはミコトさんじゃなくちゃいけない。それなら私たちにできることをすれば良い。とりあえず、この仮説を実証するべく、同じことをやってみて、成功してしまったことに、また心が重くなる。
『遺体を運んだとして、そう遠くはないはずです』
「探しましょう!」
ライトを撤収し、ミコトさんと分かれる。血痕を辿るため、機材を肩に担ごうとした瞬間、中堂さんの始まった。という声にびくり、とした。スマホに繋げていたイヤホンを片耳につけ、ミコトさんと白井くんの話を聞きながら、血痕を辿っていく。
「Yくんは、出血多量で亡くなった。凶器はSくんの手元にあるナイフ。背中に刺したナイフが背中を貫通する直前まで達したため、お腹に皮下出血が現れた」
その皮下出血を傷の出口と考えて、背中にある傷の入り口と位置を照合したところ、3ヶ所ともぴったり重なった。
「ぴったりすぎて、不自然」
《不自然?》
「普通、3ヶ所も刺せばナイフの入る角度はバラバラになる。でもYくんのご遺体は、どの傷も入り口と出口が同じ高さで、左右のズレもない。」
皮下出血の出方が同じということは、3回とも同じ深さで垂直に刺されたことになる。
「殺害現場には白い粉が落ちてた。調べたら紙粘土だった。凶器のナイフの柄にも白い粉が見えた。」
血痕をたどりながら、ミコトさんの声を聞くたび胸が痛む。きっと、この事件の真相がわかってしまったから。唇を噛み締めながら、必死に血痕を辿る。
「恐らく、紙粘土に同じ刃渡りのナイフを3本突き立てて、乾燥させて、固めたんじゃないかな。」
つい、手を止めて、ミコトさんの声に耳を傾ける。それは私だけじゃなく、この場にいた中堂さん、夕子さん、六郎くんも同じだった。
「その上に背中から倒れ込めば、自分の背中を自分で刺すことができる。背中に3ヶ所も刺し傷があれば、誰かに刺されたように見せかけれると考えた。」
でも。そのためには凶器を隠さなきゃいけない。そこで、ソア橋という短編小説のトリックを使ったのだ。凶器に紐を結んで、反対側には重しをつけて、窓の外に出しておく。自分で背中を刺した後、ストッパーになるものを外し、重しに引っ張られた凶器が体から抜けて、自動的に持ち上がり、窓の外の排水溝に落ちる。
「こうして、凶器を倉庫の外へ隠し、出血多量で自らが死ぬのを待った。今そこにあるナイフは、排水溝から引き上げて、紙粘土から取り出した一本。」
Yくんは復讐したい相手のナイフを使うことで、その人を犯人に仕立て上げようとしたのだ。彼がそのナイフを持っていたことはみんなが知っていたし、殺害現場が彼らの溜まり場であれば、真っ先に疑われるのは、その人だと考えた。
《M先生。…問題の答えはなんですか?》
力強い声で、Yの死因は?とミコトさんに問う白井くん。
《なんですか?》
「死因は…刃物による自殺。」
オレンジ色の夕日が天に昇る。ミコトさんが告げた悲しい言葉に、また唇を噛んでしまった。少し血の味がする。
《違う。…全然違う!大外れ!!》
「ここまでが、法医学的見解。…ここからは、法医学者ではなく、私個人の見解として話をします」
ゆっくり、だけど彼伝わるように、とミコトさんが話を始める。
「これまで、多くのご遺体を見てきた。ご老人から小さな子どもまで。いつも思う。なぜ、この人は、死ななきゃならなかったのか」
私も同じだ。目の前のご遺体を見るたび、なぜ。どうして。という気持ちが溢れてくる。いつか中堂さんに死に慣れてしまうよりマシだ、と言われたこともあった。だけど、この思いは一生ついて回る。
「Yくんの背中にはたくさんの痣があった。日常的に暴力を受けていた痕。」
横山くんは同じクラスメートの小池くんたちに虐められていた。執拗に繰り返され、治るより前に次の痣がつけられた。そんな暴力が見逃されていたのだ。
「追い詰められた彼は、最悪の選択をしてしまった。」
こんな悲しい事件になるまで、横山くんはどれだけ辛い思いをしたのか。それは本人しかわからない。だけど、想像しただけで、涙が溢れそうになる。
「法医学的には自殺。でも私は、殺されたんだと思う。法律では裁けない、いじめという名の殺人」
白井くんはそれを大勢の人に伝えたかったのだ。だから、こんな殺人実況生中継、などとうたって動画を配信し続けた。
「そうだ、殺された。あいつらに。…僕に」
僕も助けなかった。助けてくれたのに。と震えた声で呟く彼の胸の内を思うと、私の瞳からポロリと一粒涙がこぼれた。
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