初めに虐められていたのは、白井くんだった。それを咎めたのは、虐めていた小池くんと同じグループの横山くん。彼は白井くんを助けたのだ。その代わりに、次は横山くんが小池くんたちから虐められるようになったと。
「名前さん、大丈夫ですか?」
『…ごめん、平気。』
「あ、血痕こっちに続いてる!六郎ー」
「あ、はい、」
外は陽も暮れて、暗くなってしまった。白井くんの話に耳を傾けながら、必死に血痕を辿る。白井くんと横山くんは2人で殺人に見立てるトリックを考えて実験したこと。白井くんは冗談だと思っていたのに、横山くんは本気だったこと。
『…ここらへんかな?』
「ですね。」
『どこにいるの、白井くん…』
ミコトさんと白井くんが対面するはずだったあの日。横山くんが小池くんたちに呼び出されたことをキッカケに、彼らを殺人犯に見せるべく自殺したこと。小池くんたちはその時刻、万引きして拘束されていたため、犯行は不可能だから辞めろ、と言ったけれど、遅かった。白井くんが備品倉庫に着いた時には、すでに横山くんは亡くなっていた。
《間に合わなかった…》
白井くんの悲痛な思いが耳越しに伝わってきて、血痕をたどりつつも、みんな神妙な顔つきをしている。団地が密集しているところにやってきたけれど、まだ彼の居場所がわからないでいた。
《視聴者、10万人。もう1人、殺さないと》
その言葉に思わず白衣からスマホを取り出し、画面を見つめる。校長先生が学校に非があったことを認めるから辞めるよう言っても、白井くんはナイフを持ってXの元へ行く。
『…人形?』
Xと呼んでいた人物は人形だった。もう1人殺す、ということは、もしかして。嫌な予感がした瞬間、アプリの加工をやめたのか白井くん本人の顔が映し出される。
《僕は、私立翠川高校1年A組の白井です。死んだYと僕はいじめられてました。》
白井くんの頬には泣いた跡が残っている。彼がどんな思いで、画面に向かって話しかけているのか。早く、早く、見つけ出さなきゃ。彼までもが自分で自分を消そうとしているんだ。
《同じクラスの小池と澤田と松本に。…これは遺書です。これで終わり。僕は、僕を殺す。》
『…ダメだよ、白井くん、』
白井くんがナイフを自分の首元に当てる。私の声は彼に届かない。だけど、ミコトさんなら、
「まだ終わってない!質問に答えて!…あなたが死んで何になるの?」
《何に?》
「あなたを苦しめた人の名前を遺書に残して、それが何?」
彼らはきっと、転校して、名前を変えて、新しい人生を生きて行く。白井くんや横山くんの人生を奪ったことなんてすっかり忘れて、生きて行く。
「あなたが命を差し出しても、あなたの痛みは、決して彼らに届かない。…それでも死ぬの?」
ミコトさんの言葉に涙している白井くん。彼にはきっと、この言葉が届くと信じている。自分のスマホをギュッと握りしめた。お願い、生きることをやめないで。
「あなたの人生は、あなたのものだよ」
優しく諭すように伝えたミコトさんの声は、白井くんだけじゃなく、たくさんの人の胸に響いたはずだ。さっきから涙が勝手にポロポロと溢れてくる。でも、泣いてる場合じゃない。目を擦って、ふうっと大きく息を吐く。動き出した中堂さんの後を追い、今自分のできることをするべきだと気持ちを入れ替えた。
「あ!これ!」
『備品倉庫にあったのと同じボールカゴ…』
わずかな血痕を辿り、歩みを進めた先には、解体工事のお知らせと記された看板。ここらへんの団地が取り壊されるのだろうか。周囲をキョロキョロ見渡すと、暗闇の中に1つだけ明かりのついている窓が。
「あの窓!」
『明かりがついてる!」
誰よりも早く六郎くんが団地の側へと走って行く。夕子さんと六郎くんが玄関へ向かうけれど、きっと白井くんが素直に出てくるはずはない。
『、中堂さんっ!』
「ああ、ちょっと下がっとけ」
窓側に来た私と中堂さんは、鍵が掛かっている場所のガラスを割り、窓の鍵を開けて部屋に侵入した。ペンライトを部屋に当てながら、奥に足を進めると、ナイフを片手に持ったままの白井くんが。
「落ち着け!俺たちは、三澄先生の仲間だ」
『白井くん、』
私たちが来て、気が動転している彼を中堂さんが落ち着かせる。ナイフを首元に添えている白井くんと視線を合わせるように、中堂さんはしゃがみこむ。六郎くんと夕子さんもドアを力づくで開けたのか、部屋にやって来た。
「よこせ」
「…横山は死んだ」
「ああ」
「僕だけが、生きてて良いのかな、」
その言葉に、止まっていたはずの涙が溢れ出す。彼がそう思ってしまうのも仕方がない。こんな辛い思いを抱えるくらいなら、一緒に死んでしまいたい。どうして、自分は。と思わずにいられない。
「死んだ奴は答えてくれない。この先も。」
『…中堂さん、』
「許されるように…生きろ」
迷いのない、力強い声で「生きろ」と白井くんに伝えた中堂さん。そっと、ゆっくりと白井くんに近づき、彼の手元からナイフを抜き取る。それと同時に、白井くんの悲しい泣き声が洩れた。
『…つらかったね、』
白井くんの手に触れ、ギュッと握りしめる。まだ少し幼い、こんな手で。彼はどれほど辛い思いをここまでしてきたんだろう。夕子さんが横山くんの背中に白衣をかけ、痣を優しく撫でているのを横目に、私はポロポロとこぼれ落ちる涙を止めるすべが分からず、白衣を小さく濡らしていた。
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『あれ、ミコトさん』
「…名前」
翌朝。午後出で良いと言われていたけれど、早くに目が覚めてしまい、軽い朝食を作って出勤した。オフィスに入ると、ミコトさんの姿。
『ミコトさん、オニギリ食べません?』
「おにぎり?」
『はい、作ってきたんです。』
こういう時こそ、食べなきゃダメだって教えてくれたのはミコトさんですよ?と言うと、クスリと笑ってくれた。ミコトさんに1つオニギリを渡してから、隣に座り、口に頬張る。
「ん、おいしい」
『…ですね、』
昨日の事件を思うと、胸が痛む。この痛みを忘れずに、抱えて過ごして行かなくちゃいけないのだ。二口目のオニギリを咀嚼した時、所長室のドアが開かれ、中堂さんが出てくる。
「おはようございます」
『中堂さん、また泊まりですか?』
ゆっくり近づいてきた中堂さんの手にあった写真が、ミコトさんのデスクに置かれる。
「なんだと思う」
「なんですか、口内炎?」
ご遺体の口腔内の写真だろう。内頬に赤い口内炎のようなものが見える。でも、口内炎というには少し違和感がある。
『…口内炎っていうよりも、』
「なんか金魚みたいな…」
ミコトさんの言葉にハッとする。金魚。もしかして。私とミコトさんがパッと中堂さんを見上げたのはほぼ同時だった。
『これって、』
「8年前の事件の?」
「ああ。…糀谷夕希子の遺体の口の中だ」
中堂さんの恋人で8年前、何者かに殺された糀谷夕希子さん。この写真は彼女のものだと中堂さんは告げた。
「次にみたのが、その4年後の別の遺体。3体目は半年前。」
『…みんな同じだ、』
「どれも若い女の遺体で、殺しの手口はバラバラ。3人に接点はなく、共通してるのは、口の中の赤い金魚だけ」
3枚の写真に収められた、口腔内の赤い印。中堂さんは、まだ犯人がどこかで犯行を続けていると思っているらしい。
「まあ、それで。関東圏に出る、10代から30代の女の遺体をできる限り調べてはいるんだが。」
『?はい、』
「毎月クソほど遺体が出るおかげで、実は手が足りてない。…協力しろ」
まさかの中堂さんのセリフに私もミコトさんも目を丸くした。中堂さんから《協力》の言葉が出てくるとは、思ってもみなかった。
「…散々、協力させられた。少しは返せ」
ぶっきらぼうに言い捨てる彼の態度に、思わず笑みが出る。それはミコトさんも同じだったようだ。
「了解」
『協力、させて下さい』
私たちの返答に、少し安心したように薄く笑顔を浮かべる中堂さん。並べられた写真をしばらくみて、コーヒーでも淹れようかと席を立つ。ふと、オフィスの外を見ると、見慣れた姿が。
『あれ、六郎くん?』
「わ、あ、!おはよう、ございます…」
六郎くんが何故かオフィスの外の壁に背を預けて、しゃがみこんでいた。私が声をかけると肩をビクつかせていて、驚かせてしまったみたい。
『どうしたの?こんなとこで。入ったら?』
「ああ、いや、なんか…入り、ずらくて」
『ん?なんかあった?』
いや…、と気まずそうな顔をしてメガネに触れる六郎くんを見つめる。
「あいかわらず、仲良いなーって、」
『ん?誰が?あ、ミコトさんと中堂さん?』
「いや、そうですけど。…名前さん、も」
『私?』
私の頭の上には、たくさんハテナが浮かんでいるだろう。意味を理解できず困っていると、六郎くんも申し訳なさそうに、気にしないでください、と言う。
『んー、よくわかんないけどさ』
「いや、良いんです、」
『私、今UDIで一番仲良しなの、六郎くんだと思うんだけど』
「え、」
『あ、ごめん、私だけだね。そう思ってるの』
ここ最近、六郎くんとの距離が近くなったと思えることが増えた。だから素直にそう言ってみたものの、当の本人の六郎くんは、ビックリしたような顔をして、口をポカーンとしてるもんだから、ちょっとショック。そこは、もっと嬉しそうな顔をしてほしい。
『なんか、その顔。地味にショックなんだけど』
「え、あ、いや、」
『六郎くんと仲良くなれたと思ってたの、私だけか…』
「いや!仲良しです!超仲良し!」
『あはは、必死!』
わざと大袈裟に悲しんで見せると、必死に答えてくれる六郎くんに声を上げて笑った。こうやって彼と話して笑ってる時に、どうしようもなく愛しさが募ってしまうんだ。
「あ、名前さん」
『なーに?』
「目、赤くなってます。…昨夜、あの後も泣いたんですか?」
『え、ああ、』
ふと彼の指先が私の目尻に優しく触れる。昨夜、白井くんを警察に引き渡し、一旦ラボに戻ってきてから自宅へ帰った。1人になった瞬間、親友とのことを思い出してしまって。
『なんか、親友と過ごした時のこと、思い出しちゃって、』
「それで?」
『はは、もうどんだけ涙腺緩んでんだよって感じだよね。年を感じるわー』
「1人で、泣かないでください」
目尻に触れていた手が、ゆっくりと下がって私の頬に添えられる。六郎くんの大きくて温かい掌が、心地よい。
「泣きたくなったら、俺が側にいます」
『…六郎くん、』
「これからは、1人で泣かないでください」
『ありがとう』
どうしよう。その言葉だけで嬉しくて涙が出てしまいそう。だけど、また泣いたら、きっと六郎くんを困らせてしまうから、グッと堪える。照れ笑いを浮かべて彼を見上げると、バチっと視線が合い、動けなくなってしまった。
「…名前さん、」
「わああああ!」
六郎くんが何か言いかけた時、後ろから大きな声。なんだ?と思い、振り向くと、大量の書類が床にばらまかれていて、それを必死に隠れて拾おうとしている夕子さんの姿が。
『夕子さん?』
「ごめん、気にしないで」
『いや、大丈夫ですか』
「いいの、いいの、ほんと。気にしないで。…ほら、続けて」
続けて、と言われ顔見合わせる私と六郎くん。また。夕子さんに見られていたのだ。そう思うと、急に恥ずかしくなる。
『ゆ、夕子さん、手伝います…!』
「いや、いーの!」
「ほんと、東海林さんバカなんすか」
「ちょっと六郎!邪魔したのは悪いと思ってるけど、それはないでしょー!!」
朝から賑やかなUDIラボ。広がってしまった書類を集めて、まだ軽い言い合いをしている夕子さんと六郎くんを咎める所長がやってくるまで、あと少し。
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