#54


いつも家を出る前に全身鏡で身だしなみのチェックをする。鏡の前で、よしっと気合を入れてから玄関のドアを開け、しっかりと鍵を閉めた。そういえば昨夜は郵便受けを見なかったな、と思いエントランスに着いたら自分の郵便受けを開ける。


『ん?なんだ、これ。…お母さんから?』


大きな茶封筒が1つ。宛名を見ると、自分の母親からだった。たまーに仕送りがあったりしたけど、手紙だなんて。いや、手紙の重さじゃない。一体なんだろう、と思いながらも、出勤時間が迫っていたので茶封筒を鞄に突っ込んだ。



『おはよーございます』
「おはよう、名前」
「おはよー」
『おはようございます。ミコトさん、夕子さん』


女子ロッカー室に着いて、コートを脱ぐ。ミコトさんは朝から天丼を食べていた。相変わらずヘビーなものをペロリと食べている。


「ねえねえ名前。名前が私のこと名前で呼び始めたきっかけってなんだっけ?」
『え、夕子さん、何ですか急に』
「ほら、それ!前から気になってたんだよね。東海林って名字で呼んでほしがるのに、名前だけじゃん。名前で呼んでるの」
『ミコトさんも名前で呼びたいんですか?』
「そーいうことじゃなくてー!」


朝からロッカー室は賑やかだ。私が夕子さんを名前で呼び出したきっかけ。確か彼女が失恋して、永遠と愚痴を聞いたり、飲みに付き合ったりしていたら、周囲から妹的存在だと言われ。酔っ払った夕子さんが、今日から妹だ!名前呼びを許可する!とか言ってたのが始めじゃなかっただろうか。


「え、私そんなこと言ってたっけ?」
『夕子さん、だいぶ飲んでたから忘れてるんじゃないですか?』
「そんな大事なこと忘れるなんて、ほんっと東海林らしい」
「私らしいってどういうことよ!」


あはは、と笑って自分の鞄をロッカーにしまう。あ、母から送られてきた茶封筒の存在を忘れてた。仕方ない、オフィスに持って行こう。白衣に袖を通し、髪の毛を整えてから、ロッカー室を3人で出た。





「名前さん、おはようございます」
『おはよー、六郎くん』


まとめなきゃいけない鑑定書の山の上に茶封筒をポンっと置く。何ですか、それ?と六郎くんに聞かれて実家の母から届いたんだよねーと答えてから、コーヒーを淹れた。


「手紙…にしては、サイズも大きいですしね」
『そうなのよ、そして若干重いの』


コーヒーを一口飲んでから、デスクに置いてあるハサミをとって茶封筒の封を切る。何の連絡もなしに、一体なにを送ってきたんだか。


『…なに、これ?』
「それって、」


封を開けて、中身のものを出して見ると、綺麗な台紙。遠くにいたはずの夕子さんとミコトさんも、いつの間にか、私たちの近くに集まっていた。送られてきた台紙を開くと、爽やかな笑顔を浮かべた見知らぬ男性の写真が一枚。



「これ、お見合い写真じゃん!!!!」
「だねえ」
『え、』
「お見合い?!え、あ、ダメです!ダメダメ!」


大きな夕子さんの声がオフィスに響いて、内勤の人たちにまで注目を浴びてしまった。ニヤリと笑うミコトさんに、何故だか焦っている様子の六郎くん。私は正直、理解できずにただ目の前の写真を見つめるばかりだ。


『…あ、手紙。』


お見合い写真に気を取られ、手紙に気づかなかった。薄い桜色の便箋には《この写真を見たら、実家に連絡してください》とだけ書かれている。


『もー、なによ、これ』
「えー、でも良さげな人じゃない?爽やか!」
『急にお見合いとか意味わかんないじゃないですか…』


台紙を閉じて、少し雑にデスクへ置く。母よ、一体朝からこんなに私を疲れさせて、どうするつもりだ。はあ、っとため息をついて、鑑定書に手を伸ばす。


「あの、名前さん、」
『んー?』
「ご実家に、連絡しなくて良いんですか?」
『あー、後からするよ。なんか、面倒そうだし』


今日は午前中に2件解剖の依頼があったはずだ。鑑定書に目を通してから、PCのメールをチェックする。中堂さんがコーヒーを淹れにきたタイミングで、彼に声をかけた。



『あ、中堂さん』
「なんだ」
『ちょっと、ご相談が。…所長室で良いですか?』


前々から考えていたことがあった。それについて中堂さんに相談したく、所長室へと誘う。私たちを見つめる六郎くんの視線には気づかずに。


 
「なんだ、相談って」
『実は…、少し、ずつですけど。記録員としてだけじゃなく、もう少し、解剖に深く関わっていきたい、と思って』
「わかりやすく言え」
『あー、あの、だから…もう一度、メスを握りたい、と思えるようになったんです。ここ最近で、』


UDIラボにきて、数年。親友の事件があってからメスを握れなくなっていた私も、最近少しずつ、前を向こうと思えるようになってきた。それはきっと、いろんなご遺体と接してきたことだったり、ミコトさんや中堂さんの解剖に対する姿勢を間近で見て刺激されたことが大きな要因だと思う。


『六郎くん一人で記録するのは大変だと思うので、記録メインで良いんですけど、少し解剖の補佐の仕事も増やしてもらえたら…と思って』
「やっと戻る気になったか」
『まあ、少しずつ、頑張ろうかと』
「遅い」
『…すみません、』


中堂さんは悪態をついてるけれど、なんだか優しい表情な気がして、頬が緩む。これから頑張らなくちゃ。中堂さんはきっと、今まで以上にスパルタになるだろう。今日の解剖について話をしようとしたところ、所長室の電話が鳴り、受話器を取る。



『はい、UDIラボの名字です。あれ、所長?』


電話の主は所長だった。六郎くんの手が空いたら来てもらいたいところがあるとのことで、住所をメモに書く。受話器を置いて、六郎くんの元へ行こうと所長室を出ると、彼は夕子さんとミコトさんと何やらお話中。


「しつこい女の子からだったりしてー」
「いや、久部くんに限って、」
「似たようなもんすよ」


そう言った六郎くんの携帯が鳴る。しつこい女の子…?と疑問に思っていたら、彼はスマホの画面を見て少ししてから、小さくため息をついて着信を切った。


『あの、六郎くん』
「はい」
『所長から、手が空いたらここまで来てくれって』


住所を書いたメモを六郎くんに渡す。分かりましたと、メモを受け取ってオフィスを出て行く彼を、夕子さんとミコトさんが、ジロジロと見つめている。


『…どうしたんですか?』
「あいつ意外とやり手なの」
『やり手?』
「さっきから何度も着信来て。女の子からみたいよー」


名前もうかうかしてられないんじゃない?と言う夕子さんの言葉を耳にしながら、私はエレベーターへ向かう六郎くんの姿を見ることしかできないでいた。




>> list <<