『ちょっと、お母さんこれどういうつもり?』
《あら、やっと写真見てくれたの?》
久しぶりに聞いた母の声は、なんだか浮き足立ってるようで、大きくため息をつく。やはり送られて来たものは、お見合い写真のようで、お相手は地元で青年実業家をしている私より2つ年上の方らしい。
《あんたも、もう良い歳だし、そろそろそういう話があっても良いでしょう?》
『そりゃ結婚考える歳かもしれないけど、今はそれどころじゃなくて』
《そんなこと言ってたら、あっという間に売れ残るわよ》
『売れ残るって…』
とにかく一度お相手の方と会ってみないか。と言う母に頭を抱える。今はお見合いなどと言う気分でもなければ、好きでもない相手と結婚を考えるなんて。
《それとも、そっちで良い人見つけたの?》
『え、いや、それは…』
《ほら、特にいないんでしょうよ。だから、この方に一度、》
『ああ、もう!私はお見合いなんて嫌なの!仕事も忙しいし、そんな暇ない!』
《仕事も大事だろうけど、ちゃんと先のことも考えないと》
『わかってる!わかってるから、放っておいて!忙しいから切るからね?!』
通話終了ボタンを荒々しく押す。携帯を握りしめて、また一つ大きなため息。母の言っていることもわかるし、心配してくれてるのも理解はしてる。だけど、もう少し私の気持ちを汲んで欲しい、と思うのはわがままなのだろうか。
「名前、大丈夫ー?」
『あ、ああ、ミコトさん…バナナ1本もらって良いですか』
ぐったりした表情でオフィスに戻ったからか、ミコトさんに心配されてしまった。頭がクラクラするし、糖分が欲しいと思いミコトさんからバナナをもらって一口噛る。ん、甘い。コーヒーを淹れ直そうと席を立った瞬間、外から大きなサイレンの音が。
「火事…?」
『そうみたいですね』
大きな火事じゃないと良いけれど。という願いも夕方のニュースを見て打ち消される。大規模なビル火災だったようで、死者10名の文字が大きくテロップとして出ていた。
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『え、全部うちで解剖するんですか?』
「そうみたい。今日から更に忙しくなるよー」
ああ、体力が追いつかないわー。と夕子さんが朝、ロッカー室で言っていた通り、次から次へとビル火災の被害者のご遺体がUDIラボに運ばれてくる。解剖室へ運んでから、オフィスで今回の火災についての説明を聞くことになった。
「焼死体10名分の調査法解剖を受け入れるにあたって、ヘルプを呼びました」
『ヘルプ?』
「中堂さん《クソ》は禁止で」
所長がそう言ってから、ボードの裏から登場したのは、まさかの坂本さん。私がプレゼントしたフローレンのぬいぐるみと登場したもんだから、中堂さん以外のメンバーは笑みがこぼれる。
「頼まれて、クソ仕方なく、クソ嫌々参りました!」
『あははは、坂本さーん!』
「あいつは言って良いのか…!」
悔しそうな顔をしながら睨みつけている中堂さんすらも面白くて、私たちは笑いが止まらない。何より坂本さんが、生き生きしていて、誓約書効果が抜群のようだ。
「間も無く法歯学の先生も来ます。中堂さん、協力してデンタルデータの採取にあたってください」
中堂さんへニカッと笑う坂本さんの姿はキラキラして見える。久しぶりにこのコンビが復活するのは少し嬉しくもあった。所長の消防署からの情報を説明する、という言葉で頭を切り替えて目の前のホワイトボードを見据えた。
「増子地区の雑居ビル火災ですが、火災報知器もスプリンクラーも作動せず、狭い街区で消防車が入るのに手間取って全焼。隣の空き家の一部も焼けましたが、火はそこで食い止められました」
ご遺体は4階に9名。2階に1名。全身黒焦げの遺体が殆どで、誰が誰だかわからない状態。身元確認をするのが大変そうだ。火元は2階のスナックで、2階が火の海になったため下に下がらず上の店にいた人たちは4階まで逃げたのち焼け死んだと思われる。
「窓から逃げられなかったんですか」
「窓は嵌め殺し。非常階段はなく、内階段のみでした」
「火災の原因は?」
「最も燃えていた場所が、キッチンの対面の壁付近。放火の疑いで、消防局が調査中です」
『放火…』
「放火なら他殺体が紛れ込んでるかもな」
中堂さんのいう通り、殺人を隠すための放火もあり得る。生活反応に注意しつつ、死因を調査しなくちゃいけないな。と思っていたら、ミコトさんも同じように述べた。よしっと気合を入れて、髪を縛って、解剖室へと足を進める。
「どれも手足が丸まってますね」
『焼死体の特徴なの。筋肉の熱硬直。』
「身長が測れないから、四肢の骨の長さを測ってそこから身長を推測する」
10名の焼死体には番号がふられ、わずかな事でも見逃さないように、と解剖が始まる。1日に数体が限界なので、10名分解剖するには少し時間がかかる。
「2番、器官が煤の吸引でクソ真っ黒だ」
「血中のクソCOヘモグロビン濃度70%です」
『はいはい、中堂さん、落ち着いて』
クソを強調して話す坂本さんに中堂さんがひと睨み。この2人の間を仲裁しながら解剖するのはとても疲れる。カメラを構えて、ピントを合わせてからシャッターを押し、中堂さんと坂本さんの顔を見て、肩を落とすのだった。
『六郎くん、これ一覧にしてボードに書いてもらっても良い?』
「はい、わかりました」
わかりやすくするためにも、大きなボードに10名分の情報をまとめて貰えるよう六郎くんに指示を出す。法歯学の先生がいらっしゃり、一礼。すぐにデンタルデータを記入する紙を用意し、ペンを握る。
「咬耗で象牙質が露しゅちゅ」
「はい?」
法歯学の先生は、割とご高齢だ。あまりの滑舌の悪さに、中堂さんがポカーンとしていて、マスクの中で小さく笑う。あっという間に1日でできる分の解剖は終わってしまい、解剖室の掃除をして、シャワーを浴びオフィスに戻る。
『ああー、疲れたあああ』
「おつかれさまです」
『あ、六郎くんボードありがとね』
「いえ」
私と入れ替わりに、ミコトさんと夕子さんがシャワーを浴びに行き、中堂さんは所長室のソファーに倒れ込んでいた。六郎くんもシャワーを浴びたのか髪の毛がうっすらと濡れている。
『また明日も今日みたいにハードだね』
「そうっすね」
『早く10名の身元が分かれば良いんだけど』
六郎くんがまとめてくれたホワイトボードを見つめながら、チョコレートを一口頬張る。明日も朝一で解剖だ。今日は早めに帰ってゆっくり休まなきゃ。
「そういえば、ご実家に連絡したんですか?」
『あー、うん、』
「あの、その、…お見合いは?」
『んー、断ったんだけどねえ。一応』
「一応?」
『断ったというか、うん、ちょっと無理矢理電話切っちゃって』
こんな歳にもなって、親と喧嘩しちゃった。と苦笑い。あれから母からの連絡を見て見ぬ振りをしているのだ。
『心配してくれてるの分かってるんだけどね。』
「そうっすね」
『親の心、子知らず。って言葉あるけどさ、親だって子の心知らず。って感じ』
「あはは、確かに」
うちもそうっすよ、とポツリと呟いて、解剖で撮影した写真をPCに取り込む六郎くんの横顔はなんだか寂しそうに見えた。
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