『ふあ、』
「欠伸してる暇なんてねぇぞ」
『…すみませーん』
マスクの中で小さく欠伸をしたのに、中堂さんに気づかれてしまった。本日もよろしくお願いします、とヘルプの坂本さんは今日もニコニコしている。以前の彼とは大違いだ。
「8番、ペースメーカーに識別番号。MTUR25J」
『ここから身元確認できそうですね』
朝から引き続きビル火災のご遺体の解剖が始まる。昨日と同じく法歯学の先生にも協力していただき、デンタルデータを取っていた。
「70しゃい以上」
「70歳」
「70しゃい以上」
「70歳!」
「70しゃい」
「歳!」
『…もう、良いですって中堂さん』
何かのコントを見せられているのか。中堂さんは法歯学の先生の滑舌が許せないのか何度も訂正していて、こちらのやりとりにも私は疲れてしまっていた。8番さんの解剖が終わり、10番さんの解剖に入ろうとした時、9番さんの解剖をしていたミコトさんの声が止まった。
「血腫の色が…レンガ色ではなく暗赤色」
『え、』
「熱焼血腫ではなく、静脈洞の破綻による急性硬膜外血腫」
「それってつまり…」
「焼死するより前に後頭部を殴られた可能性がある」
「殺人?」
坂本さんのポツリといった声が、解剖室に響いた。これは、また毛利さんたちをUDIラボへお招きしなきゃいけないことになるだろう。
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『中堂さん、これさっきの解剖の写真です』
「ああ」
『あ、毛利さんたちいらしてたんですね』
ミコトさんの説明を聞く毛利さんと向島さんの背中が見えて、明らかに毛利さんは嫌々来ましたーっていう雰囲気が透けて見える。
「殴られて火をつけて殺されたと」
「それじゃ事件になっちゃうだろ」
『まるで漫才コンビですね』
毛利さんが突っ込んでいる姿を見て、思わず前々から思っていたことをポロリというと、毛利さんに睨まれてしまった。
「不自然な点がもうひとつ。9番さんは仰向けで寝ていたせいで、後頭部を含め背中の一部分が焼け残っていたのですが、腰の部分に線状の皮下出血を見つけました」
『線状の皮下出血?』
「で、遺体発見時の現場写真を見てみると、炭火した紐のようなものが見える」
『ってことは、9番さんはロープで縛られていた?』
「そう、皮下出血が残るほど、きつく」
つまり、誰かが縛って殴って放火した。と推測すると、まるっきり事件だ。ロープの太さは、直系で1cm前後。10名の身元を特定するだけでも大変なのに、と毛利さんが愚痴をこぼす。
「犯人どこいったんですかねー」
「一緒に燃えちゃった?」
『あり得なくもないですね』
「放火犯が逃げ遅れて、焼死する事例もあるからね」
事件となれば犯人がいるわけで。犯人像を思い浮かべていると、向島さんが段ボールを取り出し、生存者が見つかったことが明らかとなった。
「11番目の男」
『11番目…』
時間と場所からして、火災現場から逃げたと見て間違い無いという。シャツに血がついていたけれど、男性に切り傷等の外傷はなし。段ボールからシャツを取り出して、その血液が焼死体のご遺体の誰かと一致するか確認することになった。
「これが9番の血だったら…」
「11番目の男が犯人候補ナンバーワン!」
『11番目の男の身元は?』
「まだ不明です。」
「火傷の状態はわかりますか?亡くなった10人の火傷の状態と比べることができたら、状況の解明の手がかりになります」
ミコトさんの言葉に大きく頷く。毛利さんも同じことを思ったようで、病院に捜査協力の依頼をしたら、教授先生がここへ直接来ると言いだしたという。
『ここへ?』
「いらっしゃいました」
何故直接ここへ?と疑問に思っていたら、来客を迎えにいっていた所長が戻ってきた。
「帝日大の久部先生です」
『「「くべ?」」』
私たちの声が重なる。所長の隣にいる方が、もしかして。
「久部くんの、お父さん」
「愚息がお世話になっております」
ここに来ることは知らなかったのだろう。六郎くんは驚いた表情してから、不安げに視線を落とした。確実に仲の良い親子、という雰囲気ではなく、六郎くんを心配そうに見つめることしかできない。
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