#57



解剖時の記録をPCに打ち込む。オフィス内の会議室では11番さんの容体を聞くため、毛利さんたちやミコトさんが久部先生の話を聞いている。勿論、六郎くんもだ。


「おい」
『え、何ですか』
「お前は、上司の名前もわからないのか」
『え、』


中堂さんが指さすPCの画面の文字を追う。第一執刀医:中道景 …思いっきり誤字だ。もう何度も打ったであろう彼の名前を間違えるなんて。そもそも予測変換で出てきてるだろうに。すみません、と謝りPCの消去キーを押し打ち直す。



「そんなに気になるなら会議室行けば良いじゃねえか」
『いや、大丈夫です』
「なら仕事に集中しろ」


中堂さんの言う通りだ。六郎くんのことが気になって、心配で、今の私はしっかりと自分の仕事ができていない。気持ちを引き締めよう、と頬を軽く叩くと話が終わったのか会議室からミコトさんたちが出てきた。久部先生を見送るため、席を立つ。



「本日はご足労いただき、ありがとうございました」
「いえ、一度伺おうと思っていたんです。あ、もしかして君が名字さんかね?」
『え、あ、そうですが…』


オフィスの入り口あたりで頭を下げたら、久部先生と目があった。私の名前をなぜ知っているのか、困惑した表情をしてしまっただろう。そんな私に久部先生は、こう話を進めた。


「息子がここでの仕事を覚える時、君にお世話になったようで」
『いえ、私は大したことはしてないです』
「色々と教えて頂いた君には申し訳ないが、単刀直入に言います。息子を解雇してください」
『え?』


いきなりの言葉に私の足は止まる。安月給のバイトなら誰でも…と言った久部先生を六郎くんが「やめて下さい」と制した。



「三浪して三流医大というだけでも底辺なのに勝手に休学して。解剖医の使いっ走り。恥ずかしいと思わないのか。早く医者の道に戻れ」


久部先生の話に私とミコトさんは口を出すこともできず、2人の様子を伺う。久部先生と話している時の六郎くんはいつもと少し雰囲気が違う。私の知らない一面がまた増えて、胸がざわざわする。



「法医学者だって…立派な医者です」



遠慮がちに、でもしっかりとした声で六郎くんはそう言った。始めにここへやってきた時の彼は、法医学に少なからず偏見を持っていた印象だったけれど。一緒に仕事をして行く中で、何かが変わったのか。



「この国の解剖率が上がらないのは何故だと思う?死人に金を使う人間がいないからだ。死体をいくら調べても、生き返らせることはできない」


久部先生が言っていることも分からなくはない。はあ、と一つ溜息をついて、息子の言うことを聞いてもろくな事はない。とミコトさんと私に向かって声をかける。


「私は父親として息子の将来に責任がある。」


そう言ってから、エレベーターに向かう久部先生に静かに頭を下げる。ミコトさんと視線を合わせ、六郎くんの様子を伺うけれど、今、彼が何を考えているかまではわからないでいた。



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「じゃあ、お先ー」
『お疲れ様です』


検査を終えた夕子さんがオフィスを出て行くのを見送って、自分の使っていたマグカップをシンクに持っていき洗う。水滴がついた手をタオルで拭きながら、PCと向き合っている六郎くんを盗み見た。彼はあれから、どこか心ここに在らず、な感じで。



『ねえねえ、六郎くん』
「はい、」
『今夜、空いてる?』
「え、あ、はい…空いてますけど」
『じゃあさ、デートしよ』
「デート…?」


私を見ながら、口をポカーンとさせている六郎くんに思わず笑みがこぼれる。PCを強制的に終了させて、座っていた六郎くんを引っ張る。着替えたらラボの出入り口で待ち合わせしよう!と言って、2人でオフィスを出た。







『はい、好きなの選んで!今日は私の奢り!』
「いやいや、俺も払いますって」
『いーの!あ、とりあえず日本酒いっとく?』


何度か来たことのある居酒屋に六郎くんと入る。カウンター席に座りながら、先にお酒を頼み食事もテキトーに頼む。お酒をちびちび呑みながら、美味しい食事をつまみ、仕事の話から少しずつ六郎くんのお家の話になった。


「前にも話したと思うんですけど、うち一族郎党医者で。兄2人は大学病院の医者で、祖父は開業医で。いずれはそこで働く。当然医者になるもんだーと思ってて」
『うん、』
「いつだっけなー?…中3の時?なんか受験勉強に疲れたことがあって、」
『うん』
「ほんっとに軽い気持ちでふざけて父親に言ったんすよ。俺、医者んなるのやめたーって。…そしたら、なら私の子どもじゃないって。ふざけて言ったのに、父親マジなんすよ」


少し酔いもあるのか、話して発散したかったのか。いつもよりも言葉数の多い六郎くんの話に耳を傾けると、胸がチクリと痛むような内容で。彼の複雑な家庭環境が見て取れた。


「ほんっきで言ってて。…あー、俺、この人の息子でいるために医者になるのかー、と思ったら、勉強とかわかんなくなっちゃって」


その当時の六郎くんの気持ちを考えると、切なくなってしまう。それからずーっとわからないままだという彼に一体、私は何ができるのか。


『腹立つなあ…。腹立つね、六郎くんの父』


私の言ったことにビックリしたのか、六郎くんがこちらを見たのがわかった。彼の父親に対して、文句を言うのは失礼かもしれない。だけど、


『うちの優秀な六郎に何を言うんだ!って』


そう言いながら隣に座る彼の肩を叩く。ふふ、っと笑って日本酒を一口。これはお世辞でもなんでもなく本心。六郎くんは、よくやってくれている。お父様が思っている以上に。


「出来損ないの息子っすよ。六郎の六は、ろくでもない、のろく」
『ふふ、』


六郎くんにお酒を注いで、自分もまた一口。自虐を言えるくらい少し気は晴れたのかもしれない。私の知っている笑顔が増えてきた。彼の父親に言われてばっかりじゃ私も納得いかない。


『認めさせるか、法医学で。』
「え?」
『お父さんの仕事は11番の命を救うことでしょう?だったら私達は、あのビルで何があったのか。身元不明の10人は一体誰なのか。11番の男がどう関わっているのか』
「9番は何故、縛られて殴られていたのか。それを解明する」
『そう。…私たちは、私たちの仕事をしよう』
「…はい!」


2人で視線を合わせてニッコリ笑う。今の自分たちにできることを精一杯やれば、きっとどこかで見てくれている人がいる。きっと救いになる人もいると信じて。お猪口を手に取り、カンパーイ!としてから、また笑顔を浮かべる。



「名前さんは、すごいっすね」
『んー、何が?』
「俺、いっつも名前さんに救われてます」
『えー?救った覚えなんか無いんだけど』


サラダを食べつつ、六郎くんの言葉が嬉しくて、誤魔化す。本当に私は彼を救った覚えなんかないのだけれど。否定しても、彼はそんなことないんです、とポツリ。


「今の俺じゃ名前さんの相棒は務まらないっすよね」
『相棒?六郎くん、右京さんにでもなりたいの?』
「いや、どういう解釈っすか」
『え?違った?』
「ぜんっぜん、ちがう。最近更に名前さんと中堂さん、距離が近い!」
『ちょ、六郎くん、声大きい…!』


酔いが回ってきたのか、声が大きくなる彼を咎める。しー!っと人差し指を六郎くんの口に添えると、パッとその手を取られ、ぎゅっと握られる。


「…この間、中堂さんに何相談してたんですか」
『え、相談?』
「所長室で。2人っきり。」
『え、ああ、あ、あれ…ね』


先日の中堂さんとの話を頭の中で思い出す。私をじっと見つめる六郎くんの視線から逃れることはできないであろう。小さな声で、少しずつ法医解剖医の仕事に復帰しようかと考えていることを伝えると、ムスッとご機嫌斜めなような表情を浮かべていた。



「そんな大事なこと…中堂さんに1番に相談したんすね」
『ま、まあ、一応。上司だし』
「それだけ?」
『中堂さんに言っておかないと、解剖の助手も積極的に出来ないじゃない』
「ミコトさんや東海林さんは?」
『知らないよ。六郎くんに話したのが初めて』


そう言うと、ニコッと嬉しそうに笑って握っていた手を離し、また六郎くんは日本酒へ口をつけた。何がそんなに嬉しいのか。よくわからないけど、彼がいつもみたいに笑ってくれているなら、それで良いや。と思ってしまうあたり、私は六郎くんが好きで仕方ないらしい。





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