翌日から、身元不明者の手かがりになることを一つ一つ確認する。スナック、麻雀店、占い店、居酒屋店の各店主については年齢、性別、特徴から絞り出して、DNA鑑定もし、身元が判明。4番7番10番の胃の内容物が6番の麻雀店の店主と同じものだった。
「つまり、この3人は麻雀店の客だと推測できます」
「例のシャツについてた血は?」
「あ、えー、分析したところ9番の血液で間違いなし」
「生存者の11番は9番を殴って、その血を浴びた」
『今のところ、その線が濃厚かなぁ』
9番さんの身元が分かれば、人間関係があらえるんですけど…と困り気味の向島さん。六郎くんが記入してくれているホワイトボードをじっと見つめる。
「9番さんの脇腹には、完治した内視鏡手術の跡がありました。今UDIのネットワークを通じて、全国の医大に問い合わせています」
「了解しました」
「デンタルデータ、身元不明者の5人分」
そういってオフィスに入って来て早々、データを向島さんに渡した中堂さん。心なしか、いつもより疲れているようにも見える。
「どうやって調べるんですか?」
「警察が歯科医師会を通じて現場の近隣にある歯科医に送って、一枚ずつ見てもらう」
「アナログですね」
『そうなんだよねぇ、今時』
「だから、面倒くさがって歯のデータを取らないクッソ刑事もいる」
その言葉にピクリと反応する向島さん。少なくとも向島さんや毛利さんは、とても協力的な刑事さんで、こちらとしても助かってる部分はたくさんある。
『うちは、言われなくても取る方針ですもんね』
「ああ、神倉さんの主義だからな」
そう言われている神倉所長は、今日もせっせと来客にご自慢のお茶を出しているところだった。本日の来客は、毛利さんや向島さんに加え、葬儀社の木林さん。そして、ミコトさんの母、夏代さんがいらっしゃっていた。
「今何でもかんでもDNAなんですよ!警察署同士で競ってますからね。DNAのサンプル数」
「競って勝つと良い事あるんですか?」
「こんなんやってますよ!って言いたいだけ」
「いるのよねー、言いたいだけの人」
「でも、全国民のDNAを登録してるわけじゃないんですからね?」
テンポよく展開される来客3名の会話を盗み聞きする。特に災害時、多くの人が亡くなった時に必要なのが歯による個人識別だ、と神倉所長が断言したところで、夏代さんの存在に気づいたミコトさんが会話に割って入っていった。
「おか、おか、お母さん…なんでいるの?」
「あら、木林さんに呼ばれたの」
弁護士である夏代さんは、火元のスナック店主の遺族がビルの消防管理を問う訴訟をを起こしたい、ということで打ち合わせに来たらしい。
「それより!木林さんも毛利さんも、独身なんですってねえ」
その言葉に和かな笑顔を浮かべる木林さんと、毛利さん。周りにこんな素敵な方々がいらっしゃるなんて、とはしゃぎ気味な夏代さんを見て、この間喧嘩したばかりの母と姿が重なった。余計なことを言わないようにと、夏代さんを引きずってオフィスを出ていったミコトさんの姿に、笑ってしまったりもしたけど。
『あれ、この間の資料どこいったっけなあ…』
デスクに山積みになっている書類の中から、必要な資料を探し当てる。最近の忙しさからデスク周りが乱雑としていて、どこに何があるのか自分でもわからない状態だ。
『あ、あった。…うわ、』
「わ、名前さん、大丈夫ですか」
『うん、ごめん』
資料が見つかったと同時に、書類の山が少し崩れてしまい、デスクから飛び出る。こりゃ時間を見つけて、整理しなきゃ仕事にならない。六郎くんも拾うのを手伝ってくれて、一緒に拾い集める。
「あ、これ、」
『ん?…ああ、こんなとこにあったの』
六郎くんが手にしたのは、綺麗な台紙に挟まれた、お見合い写真。爽やかな笑顔を浮かべている、写真の男性には申し訳ないけど、お見合い写真がここに埋もれていたことも忘れかけていた。
『これも、どうにかしなきゃだよね』
「名前さん的には、結婚考えてるんですか?」
『まあ、そりゃ、いずれ出来たら良いなー程度には』
「名前!そんなんじゃ、いつまで経っても出来ないよ!!」
「東海林さんみたいに?」
「おい、六郎!なんて口叩くんだー!!」
夕子さんと六郎くんの会話は、それこそお姉さんと弟のように仲睦まじいもので。こんなこと言ったら、2人は嫌な顔をするのかもしれないけど。お見合い写真をそっと、自分の鞄の中へと押し込んだ。
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「雀荘のお客さん、2人デンタルデータが一致したようです」
『本当?!』
「よかったー」
ビル火災が起きてから数日経っても、身元確認の作業は続く。オフィスの電話が鳴り、それを受けた六郎くんが、4番さんと10番さんのデンタルデータが一致し、身元確認が出来たことをホワイトボードに記入した。
『7番さん、外国人だったんだってね』
「そうなんです、香港出身の李さん」
六郎くんは誰よりも、身元確認を積極的に行なっていた。ホワイトボードには「判明」の文字が少しずつ増えている。
『2番さん候補の女性と、ご遺体の頭蓋骨をスーパーインポーズ法で比較したところ、両者に矛盾はないです』
2番さんの身元も判明し、毛利さん、そして葬儀社の木林さんに連絡を入れる。
「問題の9番が残っちゃいましたね…」
『縛られて殴られて焼死した男性…』
わかってることは、30代後半から40代前半。AB型。脇腹に完治した内視鏡手術の跡があり。
「各病院の上がって来たリストの中に、9番さんに該当する人はなし」
『あ、でも、まだ病院から返答来てないとこもあったよね?六郎くん』
「はい、電話して確認します」
「歯の治療痕からは?」
「まだ近隣の歯科医院しかあたれてません」
全国に拡大して探すとなると、ものすごく時間がかかる。歯のデジタルデータがあれば一瞬なのにアナログだ、と言う六郎くんの意見は最もである。だけれど、歯科医院は殆どが個人経営だし、紙カルテのとこも少なくない。
「実を言うと…UDIラボが当初の予定通り国立の研究所として、全国展開していれば、実現するはずでした。…露と消えましたけど、」
歯切れ悪く話す所長に、眉を下げる。所長は特にデンタルデータを大切にしている、と中堂さんから聞いたことがあった。だからこそ、歯のデジタルデータを導入したかったのは誰でもなく神倉所長だ。
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