『あれ、男2人で何やってるんですか』
「名前さん」
「まだ帰ってなかったのか」
『それは、こっちのセリフです』
勤務時間が終わってから、ラボの書庫で解剖についての資料や本を数冊借りて来た。結構な量になってしまったな…と若干後悔しつつ、オフィスに戻ると、所長室に中堂さんと六郎くんがいた。
『おでんの次はラーメンですか』
「誰もお前に食わすとは言ってない」
『はいはい、お構いなくー』
近くのデスクに抱えていた本たちをドサっと置き、コーヒーをカップの半分くらい淹れてから、なんとなーく所長室へと入っていく。前から思ってたけど、中堂さんって料理とかするんだなー、と意外に思う。料理、っていってもキャンプ飯だけど。
「神倉さんって天下りじゃなかったんですか?」
「東海林のデマを真に受けるな」
『中堂さんがバツイチだってデマもありましたからね』
ラーメンの麺をほぐしながら、夕子さんの噂話はあてにならないと言う中堂さん。確かに、間違っている話も多くあるけど、夕子さんの人柄で許されてる部分もある。
「潰れかけたUDIプロジェクトを、ここだけでも成立させたのは、神倉さんが資金集めに奔走してくれたからだ」
神倉所長が厚労相時代、力を入れていたのが全国の歯科カルテのデータベース化だったのだ。コーヒーを口に含みながら、2人の会話を静かに聞く。
「どうしてそこまで?」
「東北の震災があったからだ。現地のカルテは流されて、集められた歯科医師は遺体を触った経験もなく、人数も足りなかった」
『身元不明のご遺体がたくさん出て、ご遺体の取り違いもあったみたい』
所長は災害担当で、その当時現地にも行っていた。来る日も来る日も運ばれてくるご遺体。身内のご遺体を探している家族を山ほど見たと言っていたことを思い出す。
『…だからこそ、歯のデジタルデータ化を目指してたんだけどね』
それを成し遂げることができなくて、1番悔しい思いをしているのは誰でもなく神倉所長なのだ。半分しか入れなかったコーヒーはあっという間に空になっていた。
『…なーんで、中堂さんが作るキャンプ飯って美味しそうに見えるんだろう』
「はは、たしかに美味そうっすね」
『いや、実際おでんは美味しかったんだけどさ』
いつのまにか中堂さん作のラーメンは出来上がっていた。美味しそう…と思いつつも、自分の本来の目的を思い出し、立ち上がる。
『じゃあ、私はお先に失礼しますね。帰って勉強もしなきゃだし』
「え、あ、じゃあ送って、」
『はいはい、六郎くん。大丈夫。せっかくだから中堂さんのラーメン食べて行きなよ』
借りてきた本を数冊手に取って鞄に入れ込む。じゃあ、お疲れ様ー!とゆるく手を振って私は1人でオフィスをでた。
「どこが良いんだ」
「え?なに、がですか?」
「あいつの…名字のどこが良かったんだ」
「え、あ、え、それは、その」
「あんな自由人、俺だったら願い下げだな」
私の抜けた所長室で男2人。そんな会話がされていたことなんて知りもせず、重たい鞄を肩にかけ、家路を急いだ。
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「久部くん、名字さん。ちょっと良いですか?身元不明倉庫の整理を手伝ってもらいたいのですが」
「はい、大丈夫です。」
『最近、また身元不明の遺品や試料増えてきちゃいましたもんね』
3人で地下の倉庫へと向かう。ずらっと並べられた小さなダンボールの中には、身元不明としてナンバーがふられている遺品や解剖時の試料が残されていた。
「これ…ミケちゃん、まだここにいたんですね」
『本当だ、』
「定期的に各県警に情報流してはいるんだけどねえ、新しい身元不明の遺体が毎日のようの出てきますから」
『ご遺体を返すべき場所に返すのも、法医学の仕事、ですね』
ここの倉庫が空になれば良いのに、と何度思ったことか。いくつもあるダンボールに目を配りながら、思いを馳せる。六郎くんが身元不明 1と書かれたダンボールを見て「この遺骨、ゴミ屋敷の…」と呟いた。
「奥さんの美代子さんです。」
『ああ、確か屋敷さん…でしたっけ?』
いつだかか聞いたことがあった。所長の将棋の師匠であり、身元不明 1と記された女性の旦那様。今じゃ家はゴミ屋敷で定期的に所長が顔を出していると。六郎くんが知っている、ってことは先日所長に呼び出された場所は屋敷さんのご自宅だったに違いない。
「路上で倒れて、突然亡くなって。小銭入れしか持ってなくて、身元が判明するのに3ヶ月も経ってしまった」
所長が遺骨を屋敷さんの元へ届けに行っても、そんなものは知らないと突っぱねられたと。屋敷さんはバチが当たったんだ、と言っていたらしい。
「バチ?」
「最後の日はゴミの分別でもめて、腹を立てた美代子さんがプイッと出て行って、それっきりだそうです」
『…喧嘩したまま、』
ゴミ屋敷になってしまったのも、美代子さんが出て行ってから。遺骨を引き取らないうちは、まだ何処かで生きていると思いたいのかもしれない。
「でも、このままにはできません。返してあげないと」
そう言う所長の言葉を耳にして、美代子さんの遺骨が入っているダンボールを見上げる。
「そうですね。…9番のご遺体も、早く身元を調べて返してあげたいです。」
優しく、でも力強く言った六郎くんの声に私も所長もうなづく。9番のご遺体も、目の前の美代子さんの遺骨も、帰るべき場所に帰れるよう全力を尽くすのみだ。
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