#60




電話口で9番の男性に該当する人がいないか、確認してくれている六郎くんに、コーヒーを淹れてデスクに置く。


「年齢は40歳代ですね…はい、」


私たちは私たちの仕事を。彼がまっすぐに今できることをしている姿をみて、頬が緩む。数ヶ月前のここに来たばかりの彼とはたいぶ変わったようだ。


「えっ!?該当者いました?!」


その声にオフィスにいた全員が振り向く。が、生存している方だったらしく。その方には申し訳ないが、一同残念な顔をしてしまった。


「あー、見つからないかあ…」
「まだ連絡待ち、いくつか残ってますから」


落胆しつつ、目の前の参考資料に目を通す。色んな傷口や、病死での見解など一般の人が見るとグロテスクだと、顔をしかめるような写真がたくさん写っている本だ。隣に座っていた夕子さんも、うわ、と嫌そうな声をしたのが聞こえた。


「ねえ、火事が起きた雑居ビルの周りで肝試しが流行ってるんだって。幽霊が出るって」
「さっそくオカルト扱いっすか」
「幽霊が出るなら解剖室は幽霊で大渋滞だね」
『解剖室に収まりきらないほどいますよね』


被災地でも友達や家族の霊を見たと言う話もあった、と六郎くんが話し出す。それはまたちょっと違ったものかもね、と言うミコトさんの声を聞いて、本のページをめくった。


「死んだ人に、もう一度会いたいっていう強い想いが、そうさせるもの?」


もう一度会いたい、私も何度思ったことだろう。ふと、本に目を落とし写真をじっと見つめる。…この傷跡、9番さんの内視鏡手術の跡に似ている。でも、ここは日本だし。いや、でも、と思っていると、ミコトさんが、あ、どうしよう…と呟いた。


『あの、ミコトさん、』
「ねえ、9番さんの脇腹、…内視鏡手術の手術の痕じゃないかも」
「え?」
「じゃあ何です?」
「日本ではレアケースの傷」
『もしかして…』


ホワイトボードに貼り付けられている写真と、手元の資料に映し出されている写真を見比べる。確かに内視鏡手術の痕と似ている。だけど、これはもしかして。


「中堂さん、ちょっと付き合ってください」


ミコトさんの言葉にPCをパチパチと打っていた中堂さんが不思議そうに顔を上げた。私の手元にある参考資料に写し出されている写真。それは《銃創》と示されていた。


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「銃槍?」
「拳銃の弾の傷」


9番さんのご遺体を改めて見直す。私は初めて生で銃槍を見た。ミコトさんも数回しか見たことがなく確信が持てなかったらしい。そりゃそうだ、ここは日本だから。


「あー!!クソっ!!」
「クソ?」
「クソ…!」
『ぷっ、』


ミコトさんが思わず口にすると、夕子さんと六郎くんはポカーンとして、私は小さく笑ってしまった。何故、中堂さんが得意げな顔をしているのだ。すぐ所長に銃槍だったことを伝えて、前歴者をあたってもらうことになった。


「該当者がでました。町田三郎さん、42歳。暴行と傷害で前科一犯。」


長野東刑務所にいた頃の歯の治療履歴を取り寄せたところ、デンタルデータと一致。本人と確認された。これで全員の身元が判明したこととなり、ふうっと深く息を吐く。


「ムショ帰りのヤクザもんかあ」
「両親は健在ですが、十数年前に勘当したっきり会っていないそうです」
『…勘当』


所長から9番さんこと町田三郎さんの資料を受け取り、ホワイトボードにかける六郎くんの目はなんだか寂しそうで。自分と町田さんを重ねているのかもしれない。







「この罰当たりの、ろくでなしか!って。あのお父さん、あそこまで言わなくて良いのに」


ラボの中庭で三澄班と混じって昼食をとる。町田さんの身元が判明して、すぐご両親がUDIへやってきた。町田さんを殺したことを隠すために放火された可能性があることを警察から聞いて知っていた父親は、ご遺体となった息子に強く言っていたと、立ち会った六郎くんとミコトさんから聞く。


「ろくでもない息子だったんでしょ」
「ろくでもない息子でも、被害者ですよ。刑務所でてから真面目に働いてたんだし」
『まぁ、そうだよね』


パスタをくるくるっと巻いて、大きく口を開き一口で食べる。ん、美味しい。急に夕子さんが「恐ろしいことに気づいちゃった」と言うもんだから、ん?っと視線を上げた。


「うちらって、独身で子どもいなくって、この先両親が死んじゃったら、遺骨どうなるの?」
『あー…』
「無縁仏まっしぐら〜」


一瞬どうなるのか考えて、時が止まった。確かにこのまま一生独身だったら、どうなってしまうんだろう。


「うちの親が心配してるのは、そういうことかぁ」
『うちの親もです』
「うちなんてさ、会うたび会うたび、孫はまだかーって。孫の前に結婚だっつうの」
「その前に彼氏っすけどね」
「うっさぁい!!」


いなり寿司を食べながら皮肉る六郎くんを、夕子さんは口いっぱいにサンドイッチを頬張りながらも反論する。私たち、どこに帰れるんだろうね。怖ーい、と呟くミコトさんに夕子さんも悲しい顔で笑っていた。


『あ、やば、私、先に戻りますね』
「ああ、名前、中堂さんに呼ばれてたもんね」
『そうなんですよ。鑑定書の整理しろって、うるさくって』
「あ、じゃあ俺も一緒に戻ります」
『いやいや、良いよ。ゆっくり食べて』


鑑定書の整理なら、記録員の僕の仕事でもありますし。と言ってくれる六郎くんは本当に優しい。ありがとう、とお礼を言って2人で先にオフィスへと戻る。いやに夕子さんとミコトさんが笑顔で送り出してくれたけど、気にしないことにした。




『なんか、さっきの話聞いてたらさ』
「さっきの?」
『無縁仏まっしぐら〜の話。あれ聞いてたら、お見合いも悪くないかなって』
「えっ?!」


ゆっくりとオフィスへと向かっていた足は、六郎くんが止まったことによって静止する。


『いや、ね?親の気持ちを考えたら、先が心配なのもわかるし。そういえばちゃんと考えたことなかったなーって。自分の先、の話』
「先、の」
『うん。夕子さんの言う通り、本当に無縁仏まっしぐらだったら笑えないもん』
「だからお見合い?」
『結婚も視野にいれなきゃなのかなーって』


私もいつの間にか歳を重ねてしまい、結婚適齢期ってやつに差しかかろうとしてる。本当にうかうかしてられないのではないかと、少し不安に思ったり。一度止めた足を再び動かしたけど、すぐ後ろにいた六郎くんに腕を引っ張られ、体がよろけた。



『わ、…どうした?』
「お見合いは、ダメです」
『え?』
「ダメというか、…嫌です」
『いや?』


急に取られた私の右腕は、少し強めに握られていて。何か考えながら話す六郎くんの言葉に、耳を傾ける。私がお見合いするのが嫌、だなんて自惚れてしまうようなことを言われている現状に、胸がどうしようもなくドキドキしていた。



「…僕がいます、」
『六郎くんが?』
「もしも、名前さんが結婚しなかったら、僕が」


そこまで言って、ハッとした表情をして腕を離した六郎くん。すいません…と申し訳なさそうに言う彼に、私はなんて答えたら良いのだろう。


『…六郎くん』
「はい」
『もし、私が結婚できなくて生涯独身だったら』
「はい、」
『老後のお世話、よろしくね?』


にっこり笑って言うと、六郎くんも薄っすらと笑顔を浮かべる。やっと彼の足も動き出し、再びオフィスへと向かう。




『もしものもしもでさ、六郎くんも結婚できなかったら』
「僕も?」
『うん。六郎くんも、結婚できなかったら…私が貰ってあげるね』


なんちゃって。と付け加えて、オフィスに入ると、中堂さんから遅い!と怒られる。すいませーんと、テキトーに謝って、鑑定書の山に手を添えた。



『ねえねえ、六郎くん。…って、そこ突っ立って何やっての』
「…名前さんのせいです、」


振り返ると六郎くんはオフィスの入り口で顔を抑えながら項垂れていた。ほんのり赤く染まる耳に気づき、きっと今私の頬も少し赤くなっただろう。




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