「お前は同席しないで良かったのか」
『私は中堂班ですから』
解剖が終わり、中堂さんと共に解剖室の掃除をする。今頃、町田さんのご両親にミコトさんと六郎くんがお話をしているはずだ。
「バックドラフト現象か」
『はい、扉を開けた時に一気に酸素が流れ込んで爆発。その勢いで階段の手すりに頭を打った、ということかと』
「事故だったんだな」
『はい』
はじめは、町田三郎さんの殺人を隠すために、と思われていた火災は事故で。そして、三郎さんの後頭部の骨折も同じ事故だったことになる。
『三郎さんはロープを使って、生存者を救助。そのため、背中にロープの痕があったようです』
「子豚搬送…だったか」
『はい。再びビルの中に戻って、残っていた人たちを助けようとした。』
だけど、火の回りが早く下に降りることができず、三郎さんは4階へと避難。ビルの中にいた人を何度も運んだことは、身体に残されていた紐の痕でわかる。ギリギリまで全員で助かろう、と救助を待っていたのだ。
「火の海になるのはわかってただろう。何で戻ったんだ」
『あのビルは、三郎さんにとっての大切な場所だったそうです』
スナックの従業員の方から話を聞いた。三郎さんは若い頃に家を飛び出し、前科をつくり、実家には帰れないと話していたらしい。でもビルでたくさんの人と集まって時間を共有して、
『まるで、ここが、自分の家みたい、だって』
「自分の家…か」
シンクを洗っていた手が止まる。大切な場所、大切な人たちだったからこそ、三郎さんは危険を顧みずビルの中へ戻った。彼は酔っ払うと、よく実家の両親の話をしていたらしい。きっと、帰れないとわかっていても、心のどこかで帰りたかったはずだ。
「…後は任せる」
『、はい、』
中堂さんが解剖室を出て行った。きっと、私の震える肩に気がついたからだ。シンクの中にポタポタと涙が零れおちる。帰りたかった三郎さんの気持ちを思うと、切ない。切なすぎる。
『…生きてるうちしか、話せない、よね』
忙しさを理由にして、避けてきた。いつ、なにが起きるかわからないのが人生。忘れているだけで、死とは隣り合わせなのだ。生きているうちしか、伝えられないことはたくさんある。涙を拭って、解剖室の掃除を終わらせる。解剖室を出て、マスクを捨てると、名前を呼ばれた。
「名前さん」
『…六郎くん』
「町田さんへの説明、終わりました」
『そっか。お疲れ様』
結んでいた髪の毛をほどき、手ぐしで整える。町田さんのお父様は消防士だったと。三郎さんのロープの縛り方は消防士の父から教わったものだったのだ。
「先程、木林さんにご遺体をお願いしました」
『よかったね、町田さん。帰ることができて』
「あの…名前さん、」
『ん?』
「今から、帝日大に…父に、会いに行こうと思います」
そう言った六郎くんの方を向くと、彼はしっかりと前を見据えていて。きっと今回のことで彼自身、何か心に思うことがたくさんあったに違いない。だからこそ、父である久部先生に会いに行くことにしたんだと思った。
『そっか』
「はい。今の自分の考え、伝えてきます」
『私も、ちゃんと母親に連絡しようと思う』
「…お見合いのこと、ですか?」
『うん、それも含めて。最近のこと。忙しいって色々理由つけて連絡してなかったから』
解剖室を出てから、深呼吸をして、前を歩き出していた六郎くんを呼び止める。
『待ってても良い?』
「え?」
『六郎くんが、お父さんと話し終わったら。ここで、待ってても良いかな?』
私の言葉に驚いたのか一度、目を見開いてから、ふわりと優しく笑顔を見せてくれた六郎くんに胸がキュンとした。
「…待ってて、欲しいです。名前さんに」
『うん、待ってる。…行ってらっしゃい』
「行ってきます」
ゆっくりと前を向いて歩き出した六郎くんの背中を見送る。久部先生が彼にどんな声をかけようと、私はここで彼の帰りを待つ。今の私にはそれしかできない。だけど、六郎くんが帰ってきてくれるなら、いつまででも待とうじゃないか。
『あれ、所長。それって、』
「屋敷さんの…美代子さんを帰るべき場所に、帰してきます」
『…将棋、勝ったんですね』
「ええ、久部くんのおかげです」
オフィスに戻ると、身元不明 1と記された箱を持っていた所長。長年の将棋対決に勝ったようで、美代子さんはお家に帰ることができそうだ。それもこれも、六郎くんが所長の優位になるよう、将棋を指してから帰ったから。所長に行ってらっしゃい、と声をかけ、デスクへ向かう。
「あー!名前いた!これから買い出し!」
『え?買い出し?』
「一つの大仕事が終わったんだから!酒盛り!しないとダメでしょー?!」
『そんな決まりありましたっけ?』
夕子さんに声をかけられ、買い出しに行くから付き合うよう促される。今日は各々の勤務が終わり次第、オフィスで飲むらしい。もう退勤時間は過ぎているから、これからお酒やつまみなどを買いに行くことになった。
「名字、スルメ買ってこい」
『スルメ…?』
「バーナーで炙ってつまみにする」
『…了解です!』
以前の中堂さんなら、みんなでお酒を飲もう!となっても参加しなかったはずだ。いつだかかのラボの中庭でやったBBQだって一人参加しなかったし。だけど、今日は。自然と参加する意思を見せてくれた中堂さんに嬉しく思う。
『夕子さーん、こんなにお酒いります?』
「余ったら置いておけば良いし、大丈夫っしょ」
『オフィスにボトルキープするんですか』
ラボの近くのコンビニに入るなり、次々カゴの中にお酒とつまみや軽食を入れていく、夕子さんに圧倒されつつも、会計を終えて、コンビニを出る。
「ぶっちゃけさ、」
『はい?』
「六郎と名前って、どーなってんの?」
『どう…?』
ラボまでの道をゆっくり夕子さんと歩く。私の顔を見て、彼女は珍しく様子を伺うように、そう聞いてきた。
「いや、私もさ、人の恋愛にまで首を突っ込む余裕もないんだけど」
『あはは、はい、』
「六郎と名前は…私の弟分と妹分、って感じだから。幸せになってほしいなーって、」
『夕子さんにそう思ってもらえて嬉しいです』
正直なところ、私と六郎くんの関係は、ただの職場の先輩後輩、という域を超えてはいると思う。私の自惚れでなければ。だって、私は中堂さんと抱き合ったりはしないし、そういうことをしても嫌じゃないのは、相手が六郎くんだからだ。
「六郎もさー、今時の草!食!系!男子だしー。へっぽこだしー。」
『ふふ、へっぽこ』
「あ、でも、タチの悪い女の子に付きまとわれてる感じだったな」
『ああ、なんか言ってましたね』
「もう、ここは、ガツンと!名前がアタックしちゃいなよ!」
それが出来れば、悩むこともないんだけど。と思いながら、眉を下げる。すぐラボについて、この話は自然と打ち切りになってしまった。
『あれ、所長。早いお帰りでしたね』
「ええ、美代子さんの遺骨をお渡しして、帰ってきました」
屋敷さんも久しぶりの奥様との時間ですからね。と優しく話す所長に笑顔を返す。買ってきたばかりのお酒たちはぬるくならないよう、冷蔵庫へと入れる。チラッと時計を見ると、六郎くんと別れてから何だかんだで1時間以上は過ぎていた。
「名前、どうした?」
『ああ、いえ。そういえば、ミコトさん。お酒のリクエストとかなかったです?』
「大丈夫!大体のはいけるから」
まだ、六郎くんは帰ってこないのかな。しっかり話はできただろうか。心配だけが募って、ソワソワしてしまう。屋敷さんから頂いてきました、と言う所長の声に顔を上げると、その手には美味しそうなお団子が。
「わー!お団子!食べましょう!」
「いや、でもまだ久部くんが帰ってきてませんからねえ」
「そういえば、久部くんどこいったんだろ?」
「えー、待ちきれなーい!あー、甘い匂いー!」
お団子の匂いをクンクンとしている夕子さんに思わず笑う。ミコトさんも同じように匂いをかいでケラケラと笑っていた。ふと足音がした気がして、オフィスの入り口を見ると、待っていた六郎くんの姿が。
『あ、おかえり!六郎くん』
「おかえりー!」
「おかえり」
「おかえりー、ちょうど良かった。みよしのお団子食べましょう。ゴミ屋敷の屋敷さんがくれたんです」
相変わらずキャッキャとはしゃいでいる夕子さんとミコトさんを背に、六郎くんを見つめると、みんなを見渡していて。
「おい、久部!先週の解剖の写真、整理してまとめとけって言ったろ!あれいつになったら…!」
「っ、へへ、」
『…ろくろう、くん?』
中堂さんの言葉を聞いていた六郎くんが、急に涙ぐみながら笑う。流石の中堂さんもビックリしたのか言葉につまり、唖然としていた。私も急なことに、六郎くんの名前を呼ぶことしかできない。
「っ、へへ、ははっ、」
「壊れた?」
「みんなこき使い過ぎなんじゃないの?」
「いやいや、違います、そんなんじゃないっす、」
涙声で、私たちに背を向ける六郎くん。どうしたの?と半分笑いながら聞くミコトさんや夕子さんに、涙を拭って、振り向いた。
「何でもないっす、食べましょう!食べましょー!」
笑顔で、そう言う六郎くんを、私はただひたすら見つめていた。きっと、何かがあったんだろう。だけど、今は無理に聞くよりも彼が話してくれる時を、そっと待っていよう。
『あ、夕子さん!食べるの早すぎ!』
「早いもん勝ちだよーん」
『所長!私、みたらし団子が良いです!』
「あ、僕もみたらしで!」
「はいはい、順番に選んでくださーい」
自分の分のお団子と、六郎くんのみたらし団子を手に取り、渡す。はい、どーぞ。と渡してありがとうございます、と笑顔で答えてくれる。目の前に六郎くんがいてくれるだけで、私は十分だ。
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