朝一で鑑定書をまとめたり、各企業に鑑定の依頼をしていたらオフィスに戻ったのがお昼前になってしまった。やっと座れる…と思い、オフィスに入ると内勤の人たちしかいなく、三澄班のメンバーは誰1人いなかった。
『あれ、ミコトさんたちは…?』
「三澄班はついさっき臨場要請がありましてねぇ」
『ああ、そうでしたか』
「現場が雑居ビル火災のあった隣のビルだそうです」
神倉所長の話に、そんな偶然なんてあるのか。と思いながら、椅子に座り一息つく。うちが駆り出されたということは、不自然な亡くなり方だったのか、と考えていたら、それに勘づいたのか所長が話に付け加えた。
「キャリーケースの中に女性のご遺体があったそうですよ」
『うわぁ、思いっきり事件じゃないですか』
「そうですねぇ」
かりんとうと、高級玉露を飲みながら話すような内容ではないとわかっている。それにしても、雑居ビル火災の隣とは。かりんとうをもう一本食べようと手を伸ばすと同時に、電話が鳴り響く。私の手はかりんとうではなく、受話器の方へとむかう。
『はい、UDIラボ名字です』
《あ、名前?!そこに、中堂さんいる?!》
『え?あ、中堂さん…?いや、』
電話の相手はミコトさんからだった。名前を名乗るよりも先に要件を伝えようとしているくらい、彼女はとても急いでいるようで。中堂さんの姿は先程から見えなかったので、そう伝える。
《もうすぐでラボに着きそうなんだけど、さっき確認したご遺体に…赤い金魚があった》
『え?!』
《解剖の執刀医は私。だけど、中堂さんには伝えなきゃいけないと思って》
『…わかりました、私から伝えます』
静かに受話器を置いて、唾をゴクリと飲み込んだ。私の様子がおかしいと思ったのか、所長が神妙な面持ちで、何かトラブルでも?と聞いてきた。
『ミコトさんが確認したご遺体に、赤い金魚があったそうです』
「え?!」
『解剖の執刀医はミコトさんです。でも、中堂さんに伝えてきても、良いですよね?』
「ああ、はい、それは、」
『探してきます、』
少し震える指先をぎゅっと握りしめて、足を踏み出した。どうしてこういう時に限って中堂さんは所長室じゃないところにいるんだろう。ラボ内はそれなりに広いし、携帯にかけても応答なし。ミコトさんは、もうすぐラボに着く、と言っていたから、早く見つけないと。
『あ!!中堂さん!!』
「なんだ、うるせぇな」
昼頃だったから、ご飯を買いに行っていたのだろう。彼の手にはコンビニの袋がぶら下がっていた。走り回って、乱れた息を必死に落ち着かせる。
『さっき、ミコトさんから、連絡が、あって…』
「それがどうした」
『赤い金魚の、ご遺体が、』
「…本当か?」
『はい、もうすぐ着くと行ってたので、もう解剖室に、…って、中堂さん?!』
コンビニの袋がドサっと音を鳴らして床に落ちた。気づいた時には、もう目の前に中堂さんの姿はなく。あんなに早く走る彼の姿は初めて見た、なんて思いながら、袋を手に取り、また必死に走り出した。
「中堂さん!」
「…俺が、執刀する、」
「私が第一執刀医です」
解剖室に入って、すぐ。飛んでいきそうな中堂さんを神倉所長が止めた。中堂さんは自分で解剖すると言って聞かないけれど、もし、このご遺体を殺した犯人が糀谷夕希子さんを殺した犯人と一緒なら。
「中堂さんは関係者です。犯人憎さに、鑑定結果を捻じ曲げたと思われたら、後の裁判で不利になります」
「裁判はどうでも、」
「鑑定書の名前は、私じゃなきゃいけないんです」
「そんなもんは、」
ミコトさんがそういっても、聞こうとしない中堂さんの腕を引っ張る。神倉所長も、また同じ失敗をするつもりですか、と中堂さんに投げかけた。
『8年かけて、ようやく見つけた手がかりを無駄にしないでください』
「犯人を…今度こそ見つけましょう」
中堂さんの気持ちも少し落ち着いたのか、予定通りミコトさんが第一執刀医として解剖が始まった。私はミコトさんの補助として一緒に解剖に参加する。
「外傷は無し、硬直は上半身緩解。」
『下腹部に変色無し。腐敗は始まってないです』
「直腸温10度。外気温と同じです」
「はい」
私たちが伝えた言葉を六郎くんがホワイトボードに記入していく。死後48時間前後とみられ、近くで観察している中堂さんにミコトさんが視線で確認すると、彼も頷いた。
「肺水腫が見られる」
『何かの中毒症状の可能性あり』
胃の内容物を出すと、顔をしかめるくらいの強烈な匂いが解剖室に充満する。異様に腐っているのか、死後48時間でこんな風になるのは少し不自然にも思われた。六郎くんがご遺体の口腔内を撮影し、すぐ確認をするとハッキリと赤い金魚が付いている。
「ハッキリついてる」
「今まで見た中で一番だ。全体に模様が出てる」
『これ、口の中に何か押し込まれてた…?』
「写真から形を推測できるかもしれません」
そう言って六郎くんは口腔内の写真を何度も角度を変えて撮影していく。解剖が終わり、彼はその写真をPCに移し、該当する形状のものを探していた。
「あれ、名前、入んないの?」
『わ、ミコトさん…!』
オフィスの入り口から少し離れたところで六郎くんの姿を密かに見ていたら、後ろからミコトさんに声をかけられた。
『あー、いや、』
「ん?どうした?」
『いえ、忘れもの、と思ったんですけど、鞄に入ってました、あはは、』
少し無理がある言い訳をして、お先に失礼します、と挨拶をしてからエレベーターの方へと足を向けた。六郎くんとの《アレ》以来、私たちはまともな会話をしていないのだ。
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