自然と目を閉じて、自分の唇に伝わる熱にドキドキした。その熱がゆっくりと離れて、同じようにゆっくりと瞼を開く。バッチリと熱の持ち主、六郎くんと目があった。
「名前さん、おれ、」
「おーい!!!!ろくろー!!!名前ー!!どこ行ったー!!」
「あっははは!しょーじ、声でっかーい!!」
六郎くんが何か言いかけたと同時に、酔っ払った夕子さんが、私たちを探して大声を出しながらオフィスを出て来た。咄嗟に身体を離すと、影になっていた私たちの姿が見えたのか、ニコニコ笑顔で夕子さんが見つけたー!!!と指差していた。
「しょ、しょうじさん…」
「あれー?ろくろー!!どーした?おい!ほら、へっぽこー!」
『ちょ、夕子さん酔いすぎ…!』
「もー、名前もロクも2人でイチャイチャしてないで、乾杯!みんなで乾杯しよーう!!いえーい!」
『わ、ミコトさんまで、』
ハイテンションな2人に腕を引っ張られ、私と六郎くんはそのままオフィスへと戻ることになった。その夜はみんなで飲んで、そのままオフィスに寝泊まり。朝一で各々帰宅して、再度出勤となったので彼とは、ろくな会話もできていないわけで。今ものすごく気まずいのだ。
「名前?大丈夫?」
『えっ?あ、すみません、大丈夫です、』
あの日のことを思い出してぼーっとしてしまったけれど、今は毛利さんたちがラボに来て今回の事件についての概要を聞いているところだった。ミコトさんに声をかけられ、意識を話しに戻す。ご遺体が見つかったビルは、店主が店をたたんで以来、借り手が見つからず空き家状態だったらしい。
「空き家の入り口の鍵は火事の消火活動の折に壊されており、誰でも出入りできる状態でした」
「誰でも入れるところに、わざわざ遺体を置いたってことですか?」
「そういうことになりますね」
毛利さんと向島さんの話を聞きながら、視線を中堂さんの方へ向ける。彼は警察からの資料を食い入るように見ていて、赤い金魚のご遺体が出て以来、落ち着かずソワソワしているようにも見えて。分からなくもないけれど、少し、いや、物凄く心配。
『…あ、被害者の身元って分かりましたか?』
「はい、ポケットに入っていたレシートからカード番号がわかり、橘芹菜さん、29歳と判明しました」
『わ、ちょ、中堂さん、』
毛利さんが出した被害者女性の資料を、誰よりも先に手に取り、確認する中堂さん。資料を隅々まで見て、夕希子さんとの共通点が何かないか確認しているんだと思うと胸が痛む。
「橘芹菜さんの口腔内の写真から、口の中に入れられていたものを再現しました」
そう言った六郎くんが手元のPCを操作し、説明を始める。似ているものがないか調べた結果、大きさ形から合致したものが大きな画面に映し出される。
『…ボール?』
「はい。動物用のおもちゃのボールです」
緑色でカラフルな金魚が装飾されている小さなボール。口腔内の粘膜は柔らかいから、傷がつきやすい。このボールを猿轡がわりに使って、死後に取り出すということを繰り返ししている可能性が高い。
「メーカーに問い合わせたところ、国内では20年以上前に発売されただけで、現在は流通されていないそうです」
『20年以上も前かぁ…』
「古いものなので販売ルートから捜すのは難しいでしょうが、連続殺人事件の犯人を示す有力な手がかりです」
所長が少し身を乗り出してそう話すと、毛利さんは苦い顔をしながら、そのことなんですが…と、話を続ける。その表情に何だか嫌な予感。
「赤い金魚の印が口の中についてたという、過去の三件について、こちらでも調べてみたんですけど、」
夕希子さんはスクラップ置き場に捨てられニコチン中毒が死因だった。4年前の勝俣みのりさんは八王子の山中で首を吊っているのが発見され、自殺。半年前の武内麻耶さんは、自宅の一室で亡くなり、死因は熱中症。事件性はない。
「これらを連続殺人事件と言ってよいものかどうか、」
『熱中症を人為的に起こすことは可能です』
「首を吊っての殺害を自殺に見せかける方法もあります」
「もしそうだとしても、死因も場所もバラバラ。この三件と本件を結びつける根拠がありません」
その言葉に悔しさから唇を噛む。ミコトさんも三件の口腔内の写真を見せて、同じ模様の痕が残されていたことを強く主張する。けれど、その写真たちは証拠とは認められない。
「西武蔵野署としましては、本件を単独の殺人事件として捜査します」
『そんな、』
「申し訳ありません」
警察には警察のやり方がある。私たちが示した証拠だけで連続殺人事件として考えることはできない、ということだ。中堂さん自身が集めた証拠の写真たちだけじゃ動かすことはできなかった。ラボを後にする毛利さんたちを見送り、その場に中堂さんがいないことに気づく。チラッと外を見ると、黒塗りのセダンが。
『あー、また闇取引してるー』
「おやおや、見られてしまいましたね」
私が静かに2人に近づき声をかけると、困ったような声をしつつも顔は全く困っていない木林さんがサッと内ポケットに何かを入れた。まあ、きっと、中堂さんからの賄賂だと思うけど。
『中堂さん、勝手にどこか行かないでくださいよ』
「俺がどこに行こうが勝手だ」
「相変わらず仲がよろしいようで」
『木林さん、サングラスばっかかけてるから、視力悪くなったんじゃないですか?』
そう冗談を言うと、木林さんがピクリと動きを止める。あ、冗談です、すみません。と即座に謝ってしまったのは言うまでもない。
ふう、っと木林さんが静かに息を吐いて、犯人どんな顔してるんですかね。と中堂さんに言ってから車へと乗り込みラボを後にした。
『…中堂さん、』
「なんだ」
『あんまり、無理しすぎないでくださいね』
「無理なんてしてない」
『いざという時は、殴ります』
「ああ?なんだ、それ」
静かに沈む夕日を背に、先に進む中堂さんを追いかける。どうか、この大きな背中が目の前から消えませんように。少しでも彼の持っている荷物が軽くなりますように。そう祈ることしかできない私は、自分の無力さに、またチクリと胸を痛めた。
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