『あれ、ミコトさん。中堂さん知りません?』
「ああ、中堂さんなら烏田検事のとこ」
『烏田検事…もしかして、高瀬の裁判のことで?』
「多分、そうだと思う」
『もー、どこか行くときはちゃんと私に言ってください!って伝えてあるのに。』
朝、出勤した時にはいたはずの中堂さんの姿が見えなくて、ミコトさんに聞いてみたら彼は烏田検事のところへ行ったらしい。白いものでも黒くする、という異名がある烏田検事は、中堂さんが犯人だとずっと疑っていた人物でもある。
『とりあえず、私は書庫にいるんで、何かあったら連絡してください』
「わかった。名前もあんまり、根詰めないでよ?」
『はい、大丈夫です』
ニコッと笑って、書庫へと向かう。私を心配そうに見つめる、ミコトさんと夕子さんの姿にはすっかり気づかず。
「中堂さんもだけどさ、私は名前も心配」
「東海林も?なんか最近、あの子、気ぃ張りすぎっていうかさ」
「ずーっと常に中堂さんの行動気にしてるよね」
「そうそう、気持ちは分からないでもないけど」
「それを見た六郎はヤキモチ妬いちゃったり?社内恋愛って、ドロ沼〜」
「東海林あんた楽しんでんの?心配してんの?」
「両方」
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中堂さんが烏田検事をラボに連れてきて、橘 芹菜さんの解剖を担当したミコトさんと烏田検事は会議室で話をしていた。
『ボツリヌス菌に関する情報を削除してって…』
「嘘の鑑定書を書けってこと」
デスクに肘をつけながら頭を抱えているミコトさんを不安げに見つめる。今のところ高瀬を殺人で裁くには、その方法しかないらしい。ミコトさんが烏田検事から聞いた話によると、高瀬は橘 芹菜さんが内見中に体調が良くない、と言っていて原因は食中毒じゃないかと証言しているそうだ。事実、ボツリヌス菌が検出されている。
「烏田検事に協力するよう、刑事局長から要請がありました」
『刑事局長から…?』
「でなければ、補助金を打ち切ると」
「脅しじゃないですか!」
夕子さんの言葉に大きく頷く。補助金が切られて司法解剖が回ってこなかったら、市の予算だけじゃやっていけない。UDIラボに潰れろ、と言っているようなものだ。
「警察も必死なんです。世間を騒がせている事件で、多くの殺人を見逃した責任を問われている」
「あの、どうして高瀬はボツリヌス菌のことを知っていたんでしょうか?」
心臓がドクリ、と大きく鳴って、胸に手を当てる。物凄い鼓動の速さと、指先が震えた。高瀬は出頭したその日に、ボツリヌス菌が検出されたことを知っていた。何故かなんて、わたしにはすぐわかってしまった。
「結果だけ見りゃ、高瀬の言い分が正しく聞こえるってわけか」
「はい、裁判員にそういう印象を与えると思います」
「じゃあ何?誰かが、高瀬に菌のことを教えたってこと?」
掌をギュッと握りしめて、斜め前に座る六郎くんを後ろから見つめる。彼の表情はここから見えないけれど、きっと。
「そろそろ、はっきりさせないといけませんね」
『…所長、』
意を決して、という雰囲気で神倉所長が話し出す。どうしよう、と思う気持ちだけが溢れ出して、見上げた先の神倉所長は悲しい顔をしていた。
「UDIの内部に、マスコミに情報を流している内通者がいる」
「えっ?」
「週刊ジャーナルに時折、妙に内部情報に詳しい記事が出ていたんです」
先日も補助金の不正使用を糾弾する記事が出るところだったと。いつだか、複数の記事を持った神倉所長とぶつかってしまった日のことを思い出す。何かわかったら教えてください、と言った所長に私は何もできなかった。わかっていたのに、気づいていたのに、そうじゃないと願って。
「不正使用?」
「勿論、言いがかりです。ですが、放っておける段階ではなくなってきた。そして、この本。出版社は週刊ジャーナルと同じです」
『…文詠館、』
宍戸が出した告白本も、週刊ジャーナルと同じ出版社。ということは、おのずと答えが出てくる。ゆっくりとそう告げて歩いた神倉所長の視線の先には、
「久部くん。…久部くんが、週刊ジャーナルと通じているんですね?」
握っていた掌が、さらに強張る。爪が刺さってズキズキするけれど、そんなのも気にならないくらい、私の心臓は音を立てていた。
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