今日も朝から大忙し。ある一軒家で集団練炭自殺があったとのことで、ラボに4名の遺体が運ばれて来た。刑事の毛利さんが、4名の名前や身体初見を話している、けど。チラッと中堂さんを見て、あ、やばい。と思った矢先
「いい加減にしろ!」
中堂さんの低くて大きな声が解剖室に響く。急に大声出すもんだから、坂本さんがビクッと身体を強張らせていた。ったく、本当短気なんだから。
でも、彼が怒るのも無理はない。だって、さっきから聞いてれば、刑事さんは明らかに自殺だ、と誘導するかのような話し方だった。
「それ以上喋ったら、自殺の遺体も他殺にするぞ」
『ちょっと、中堂さん、』
「それは法医学者として、どうなんでしょう?」
「喋ったな?他殺だ」
あまりにも低レベルなやりとりに、はあっ、と大きくため息をついた。なんなんだ、この子どもみたいなやりとり。馬鹿の相手する奴も馬鹿だな、とミコトさんにまで暴言を吐いて。始めるぞ、と中堂さんの不機嫌そうな声を聞きながらカメラを構えた。
『ヘモグロビンの値など異常ありませんね』
「他に不審な点も見当たらない。一酸化炭素中毒死だ」
中堂班が受け持ったご遺体には不審な点もなく、練炭による一酸化炭素中毒死だと死因は決定した。三澄班が解剖している若い女の子だけが身元不明らしい。見た感じ20歳前後。
どうして、と悲しい気持ちがドロリと心の奥に溢れてくる。早くも縫合終了した中堂さんは、早々と解剖室を出て行こうとしていた。
『ミコトさん?夕子さん?』
解剖を続けていた2人が顔を見合わせて、なにかを確信したようだ。もしかして。
「左心室が赤いのに比べて、右心室が暗い。左右の色調差が明瞭です。」
『え?』
「一酸化炭素中毒だよね?」
「凍死です」
まさかの死因に皆、声を荒げる。たしかに凍死のご遺体も肌がサーモンピンクになる。驚いて固まっている久部くんを肘でつつく。
『久部くん』
「…あ、はい」
気づいたように、カメラを構えてシャッターを切る久部くん。血中のヘモグロビンも値は低くて、名無しのななこちゃんだけ一酸化炭素を吸っていないことが判明した。そして、彼女の胃からダイイングメッセージらしい紙切れが出てきて。こりゃ、また大変なことになりそうだ。
.
.
.
.
.
.
.
.
.
『ん?』
調書を報告しに行き、そろそろ帰ろうかとデスクに戻ると、PCの前で真剣に何かの論文を見ている久部くんの姿が。
『久部くん』
「心中マニアか」
「うわぁ!ちょ、っ」
私と中堂さんが後ろから声をかけると、久部くんは慌ててPCを閉じた。見ていたのはミコトさんの論文だったらしい。
「興味はそっちか」
『へぇ〜、ミコトさんの』
「いや、ちょ、名前さん違いますって!」
いまだに慌ててる久部くんを横目にコーヒーを淹れる。帰る前に一杯飲んで行こう。久部くんは論文で扱われた事例について疑問があったようだ。一家で、練炭集団自殺。唯一助かったのは娘だけ。私も以前その論文を読んだことがあった。
「犯人が父親でも母親でも事実は変わらない。クソ親に殺されかけた。」
『そう…ですよね』
「その子ども、今じゃ犯罪者になってるかもな」
「ああ、いえいえ。そんなことないですよ」
あたかも知っているかのように否定する彼に、また違和感。コーヒーを啜ると、中身は空っぽになっていた。絶望するには十分だ、と言葉を漏らした中堂さんに私と久部くんは、黙ることしかできなかった。
← → >> list <<