#80



宍戸の自宅で会って以来、六郎くんとは会うことがなかったけれど、夕希子さんの再解剖の件を知らせたり、ちょっとした連絡を交わしてはいた。


「名前〜…あ、なに、今の。怪しい」
『え、いや、何でもないですって』
「なんで急にスマホの画面隠すのよ。男?男でしょ?」
『いや、あの、その』
「ったく、どーせ六郎でしょ?いいの?あんな奴で」


昼休憩中、六郎くんにメッセージを送っていたら後ろから夕子さんに声をかけられた。六郎くんの件で、とてもショックを受けていた夕子さんには、何だか彼と連絡を取っていることが後ろめたく思ってしまっていて。



『…呆れますよね、自分でもわかってます』
「へっぽこだよ?へっぽこのくせに、スパイみたいなことしてた六郎だよ?」
『わかってるんですけど、』
「けど?」
『でも、信じたくて。…信じよう、って思って』


そう言った私に、夕子さんは大きなため息をついた。そりゃそうだ。誰もが呆れると思う。きっとバカだと言われるだろう、と思わず俯いた。



「ちょっとわかる」
『え?』
「信じたいよね。…六郎のこと」
『夕子さん、』
「あいつ。やってた事はサイッテーだけど。全部が全部そうじゃなかったと思うから」
『はい、』
「今度、私の可愛い名前を泣かせたら、いくら六郎でも絶対!許さないけどね!!」


ニヤリ、と笑って言う夕子さんの表情は以前よりも晴れやかだ。私の気持ちを、わかる、と言ってくれたことに、とても嬉しくて、私自身もモヤモヤしていた後ろめたさがどっかへ飛んで行ってしまった。


「東海林〜あ、名前も。こんなとこにいたの?」
「聞いてよ、ミコト。名前ったら、へっぽことラブラブメールしてたんだよ?」
「え?!久部くん?!」
『ちょ、夕子さん!ラブラブじゃない!普通の!やりとり!』
「うっそだー、ちょっと見せてみなさいよ」
「久部くん、どう?元気?」
『あ、はい。元気そうです』
「そっか。良かった」


少しホッとした様子で、持っていたカツ丼を食べ始めるミコトさん。彼女も多くは語らないけれど、六郎くんのことを心配していたようにも思えるし、こうやって彼の話を皆んなで出来ると思ってもいなかったから、少し、いや、かなり嬉しい。



「で?あんた達、進展あったわけ?」
『進展?』
「もう付き合ってるの?」
『え?!いやいや、そんな!』
「は?寧ろまだなの?いや、本当六郎はへっぽこだわ」


本当だねぇとミコトさんも夕子さんの言葉に同意する。それから、2人による六郎くん弄りが始まった。本人がいないのに、この言われよう。愚痴ではないにしろ、三澄班にとって六郎くんは無くてはならない存在になっていたんだな、と改めて感じる。


「でもさ、ぶっちゃけ。キスしたわけじゃん?」
『…まぁ、はい、』
「久部くん、意外と肉食系男子なんだね」
「あれだね、ロールキャベツ系男子」
『ロールキャベツ?』
「草食系に見えて、実は肉食!ってこと」


サンドイッチを咀嚼しながら熱弁する夕子さん。彼女達からしたらキスまでしてしまった私たちの関係に進展がない事は、異常らしい。


「別にもう子供じゃないしさぁ」
「久部くん一応学生だけどね」
「そうだ、あいつ学生じゃん。結婚とか大丈夫なの?」
『え、そこまで話飛躍します?』
「だって、大事だよ、そういうの。名前だってダラダラ恋愛してられる年齢じゃないでしょ」
「それ東海林が言う?」


ミコトさんの的確なツッコミに思わず笑うと、夕子さんも確かにそうだけどーっと口を尖らせた。


『今はなんていうか、色々あったし。高瀬の事件が解決してから、ゆっくり話そうって事になってまして』
「お?それは六郎が言い出したの?」
『…一応』
「それってさぁ」
「「告白しますってことだよね?」」


ミコトさんと夕子さんが声を揃えて言うもんだから、顔に熱が集まる。別にそうと決まったわけじゃないけど、あの時そう言った六郎くんの雰囲気は多分、そんな感じに思えて。



『…いや、私の自惚れかもしれないですし』
「そんなことないでしょ」
「うんうん。いくら久部くんでも、そこで逃げたら本当にへっぽこだよ」
「いーや、へっぽこ以下だね」


ガールズトークは終わること知らないペースで会話が展開されていくけれど、あっという間にお昼が終わる時間を時計の針がさしていた。


「ミコトは?最近浮いた話ないの?」
「わたし?ぜーんぜん」
「やっぱこれは異性間交流会行くしかないよ」
「えー?またそれー?」
「高瀬の裁判が終わったら、セッティングするから!絶対参加!!決定!」


そう意気込む夕子さんを横目に、食べていたお弁当の蓋をして、お茶を一口飲み込む。3人でオフィスに向かう途中、静かにスマホを取り出して、六郎くんからのメッセージに目を通す。



『…よし、頑張ろ』


高瀬の裁判まで、あと数日。決戦の日が着々と近づいてくる。法医学で、絶対に高瀬を裁いてみせる。そう意気込んで、今日も目の前の仕事を全うするのだった。



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