「嫉妬してます〜って顔」



六郎くんとお父様の雰囲気から察して、あまり関係は良好ではなさそうだ。そういえば東海林先輩から、六郎くんの家は一族郎党医者らしいと聞いたことがある。それは、色々と気苦労が絶えなかっただろうに。



『中堂さんって、』
「あ?」
『…いえ、何でもないです』


デンタルデータのまとめで、とてもお疲れな様な中堂さんは、こめかみを抑えながら彼の名を呼んだ私の方を見た。中堂さんの口から家族の話って聞いたことないな、と思って聞こうかと思ったけど、素直に話すわけがないと思い、口を紡いだ。



「中堂さん、今ちょっと良いですか?」
「ああ、なんだ」


ミコトさんが中堂さんの名を呼ぶと、すぐに立ち上がり彼女の元へと足を進める。その行動に胸の奥がチクリとした。いや、仕事の話だろうし不思議な光景ではないんだけど。



「あらあら、名前まで六郎と同じ顔しちゃって」
『え?六郎くんと同じ顔?』
「嫉妬してます〜って顔」
『嫉妬…』
「ん〜まさか、名前があの中堂さんを、むぐっ」


座っていた椅子をスライドさせながら私の隣にやってきた東海林先輩の口を、慌てて塞ぐ。何でわかったんだ…!と思いつつも、失礼ながら先輩にキツく他言しない様にお願いをした。



「名前の趣味ってあんなのだっけ?」
『あんなのって…』
「まぁ、見た目は…カッコ良い部類かもだけど。性格がクレイジーすぎる」
『それは、否定できないです』


私の気持ちがバレてしまったらなら仕方ない。東海林先輩に隠せるわけないし、諦めて話を続ける。中堂さんがまとめたデンタルデータを元に、近隣の歯科に問い合わせるため電話の受話器を取った。






時刻は定時を30分過ぎた頃。東海林先輩とミコトさんが退勤し、私もそろそろ…と思い自分の鞄を持って立ち上がる。デンタルデータの束をふと見て、そういえば先程、神倉さんはデンタルデータに何やら思い入れがありそうだなぁ、と話を聞いて感じたことが気になった。


『あのー、中堂さん。デンタルデータのことなんですけど、』
「どうかしたか」
『神倉さんって、何かデンタルデータに思い入れがあるんですか?』


コーヒーを口にしようとした中堂さんの手が止まる。簡単に説明してもらうと、神倉さんは厚労省にいた頃、東北の震災で災害担当になりデンタルデータの大切さを身をもって感じたそうだ。


「デンタルデータがデジタル化すれば、仕事も捗るんだがな」
『そうですねぇ…って、中堂さん、今夜も所長室に泊まるつもりですか?』
「お前には関係ない」
『…お前じゃなくて、名字です』


このやりとり、何度したことだろうか。私がいつものように返答すると中堂さんは、フッと鼻で笑う。なんだかその仕草が胸にキュンときてしまって、一瞬で目を奪われた。



「どうした、帰らないのか?」
『あ、いやー…。あ、中堂さんこそ、自宅に帰ったり、しないんですか?』
「俺の家には、着替えに帰るくらいだな」
『あの、ほら、…彼女さんとか、待ってたり』
「んなわけねーだろ、バカ」
『そ、そうですか』


さり気なく聞けてただろうか、中堂さんに彼女の有無を。年齢も年齢だし、結婚していてもおかしくはないけど、東海林先輩曰く奥様はいないようだし。あ、初めはバツイチだって言われてたけど、あれはデマみたいだし。彼女がいない、という事実に小さくガッツポーズ。



「早く帰んねぇと、物好きな奴に襲われるぞ」
『物好きって…失礼な』
「明日も早いんだから、帰って早く休め」
『…急に優しくなるのは、ずるい』
「は?何か言ったか?」


私の小さな独り言は中堂さんに届かなかったようで、不思議そうな顔をしていた。普段意地悪なくせに、急にそうやって優しくしてくるから。いとも簡単に私の気持ちを掻っ攫っていく。


『いえ、なにも。…それじゃあ、お先に失礼します』
「ああ、お疲れ」


胸に手を当てながら、オフィスを後にする。ものすごい速さで心臓が動いているのがわかった。もう、私は完全に中堂さんに毒されてしまったらしい。




>> list <<