事件があった雑居ビルでは、肝試しが流行っているらしい。さっそくオカルト扱いなことに、少しゲンナリする。こっちはご遺体の身元を調べるのに忙しいっていうのに。被災地でも同じようなことがあった、という六郎くんにそれとはまた少し違うかもね、とミコトさんが呟いた。
「死んだ人にもう一度会いたいっていう強い思いが、そうさせるもの?」
『死んだ人にもう一度会いたい…か、』
身近な人が亡くなったら、誰もがそう思うんだろう。突然の別れなら尚更だ。勝手に切ない気持ちになっていると、視界に入った中堂さんが普段の雰囲気とは違って見えて。一瞬、私の時が止まる。
「ねぇ、9番さんの脇腹。内視鏡手術の痕じゃないかも」
「え?」
『それじゃあ、何なんです?』
日本ではレアケースのものかもしれない、と言い出したミコトさんはすぐに中堂さんに協力を求めた。改めて9番さんのご遺体を解剖室で確認する。
『銃槍…私、初めて見ました』
「まぁ、ここは日本だしな」
内視鏡手術の痕ではなく、銃槍だと判明し、そこから身元が判明するのは早かった。9番さんの身元が判明し、ご両親がご遺体と面会。9番さんこと町田三郎さんは、刑務所上がりでご両親に勘当されていたらしい。
『あ、中堂さん。写真整理は終わってるんで、ここの書類、所長室に置いておきますね』
「ああ、そうしてくれ」
神倉さんに提出する書類を持って、所長室へと入る。神倉さんは不在なので、書類をデスクの上に置いた。
『それにしても…凄い本の数』
パッと見ただけで、数種類もの法医学に関する本が棚に並んでいる。以前、そこにある本は好きに読んで良い、と神倉さんから言われていたので、気になる文献を探してみた。
『ん、…ちょっと、遠い、』
気になる本が棚の一番上にあり、背伸びをして取ろうとしたけれど、ギリギリのところで届かない。何か台を持ってきたら早いんだろうけど、変な意地で懸命に手を伸ばす。
『もうちょっと、…!』
「これか?」
『え、あ、はい、』
急に自分に影がさした、と思ったら後ろから腕が伸びてきた。聞き慣れた低い声が聞こえて、胸がドキドキする。チラリと斜め上を見たら、重たい前髪から中堂さんの瞳が見えた。
『あ、あの、ありがとう、ございます』
「届かないなら、台くらい使え」
『あはは、そう、ですよね』
中堂さんは左手を本棚に、右手は私が取ろうとしていた本を持っており、後ろから私に覆い被さるような態勢だ。だから、どうしても距離が近い。本を取ったんだから、離れれば良いのに、何故か中堂さんは動かずそのままなので、私も態勢を変えることができず、いまだ彼に背中を向けたままだ。
『あ、あの、中堂さん』
「なんだ」
『…本、下さい』
「ああ、そうだな」
『あの、いや、だから』
「なんだ、ハッキリ言え」
『…近くて、そちらを向けません』
頬に手を当て、そう答える。ああ、頬が熱い。だって、今振り向いてしまったら、きっと中堂さんに抱きしめられているかのような錯覚に陥ってしまう。そんなの、彼に好意がある私に取っては、大問題だ。
「ふっ、お前は本当にからかい甲斐があるな」
『なっ…!わ、』
「顔真っ赤だぞ」
『み、見ないでください、』
からかわれた事に、ムッとして、勢いで彼の方を向いてしまった。やばい、思ってたよりも距離が近かった。すぐ間近で中堂さんの吐息を感じる。
『…中堂さん、本』
「欲しいのか?」
『そうです!だから!はやく、離れてください!』
「ん?なんか言ったか?」
『な!なんで、もっと近寄るんですか…!』
悪ふざけにも程がある。ただでさえ近かったのに、何故か中堂さんは更に私の耳元で話し始めて、体温が急上昇。きっと彼は私が赤くなるのを面白がってやっているんだろうけど。本当に、心臓がもたないからやめてほしい。
「名字、」
『…なかどうさん、?』
至近距離で視線が交わって。まるで魔法にかかったかのように、身体が動かなくなる。恥ずかしいのに、目線は反らせない。真剣な瞳に吸い込まれそうになっていると、近くから山積みになっていた書類やファイルが雪崩れ落ちる音がして、中堂さんはパッと私から離れた。
『…び、びっくりしたぁ』
「書類やらファイルを山積みにしすぎたんだな、クソが」
『いや、そのファイルとか中堂さんのじゃないんですか』
もし。この書類やファイルがなだれ落ちなかったら、今頃私と中堂さんはどうなっていたんだろう。その先、を良いように期待してしまった私はおかしいのかもしれない。気を紛らわせるかのように、慌てて書類とファイルを手に取る。
『ん?これ、何ですか?』
「それには、触るな」
『え、』
割と新しめなファイルの中に混じっていた、古めのスクラップファイル。疑問に思って手を伸ばしたら、中堂さんの少し怖い声で止められる。さっきの雰囲気とはまるで正反対すぎて、私の身体はまた固まってしまった。
「…悪い、気にするな」
『いえ、すみません』
余程大事なものなのかもしれない。そう思って素直に手を引っ込める。中堂さんは静かにスクラップファイルを手に取り、自らの鞄にそれを入れた。
「名字」
『はい?』
「…俺みたいなクソ野郎はやめておけ」
『え、』
中堂さんが発した言葉に、目を見張る。どういうこと?よくわからない、と言ったような表情を彼に向けると、鞄の中を見つめながら中堂さんは話を続けた。
「お前には、もっと良い奴が何処かにいるだろう」
『ちょ、え、中堂さん。なに、言ってるんですか…?』
「俺はやめておけ」
私の疑問になに1つ答えず、彼はまた同じことを言って所長室を後にした。ショート寸前な思考回路で一生懸命考えた。考えて出た答えは、
『…告白するまでもなく、フラれた?』
その事実が、あまりにも残酷で。急に自分の指先が冷たくなるのを感じた。
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