「口移しで飲ませてやろうか?」



『ん、?』


急にやってきたおデコへの冷たさで、目が覚めた。ボーッとする視界の中で何度か瞬きをすると、少し目の前が鮮明になる。私の視界に入ったのは、大きな手のひらだった。



「…目、覚めたか」
『な、かどうさん、』


カラカラな声で大きな手のひらの持ち主の名を呼ぶ。私のおデコには冷却シートが貼ってあり、彼はそのシートのゴミを手にしている。…ということは、この冷却シートは彼が貼ってくれたと考えるのが自然だ。


「飲め」
『…ありがとうございます、』


ポカリを渡され、ゴクリと飲み込むと、ものすごく美味しく感じた。乾ききっていた喉も潤され、ふと所長室にかけられた時計を見ると、まさかの19時半。私は一体何時間寝ていたのだ、と冷や汗が出る。


「神倉さんが、寝かしたままにしておけって言ったんだ」
『そう、だったんですか。…すみません』


ポカリをギュッと握りしめる。みんなに迷惑をかけてしまった。本当に申し訳ない。東海林先輩が大変な時に。って、そうだ、東海林先輩、



『東海林先輩は?』
「東海林なら無事だ。犯人も逮捕された」
『…よかったぁ、』


安心して、力が抜けたのかソファーにすぽんっと背中を預けた。目の前にはキャンプ用の鍋から湯気が出ている。それを、ぽけーっと見つめてると、まだ具合悪いのか?と中堂さんに心配されてしまった。


『いえ、身体はだいぶ楽になりました』
「それなら少しでも食ってから帰るぞ」
『…それ、食べても良いんですか?』


お鍋を覗くと、熱々に煮込まれたうどん。もしかして、私が風邪をひいていたから、このメニューなのかな。小皿に少し取り分けてくれたのを素直に受け取る。ふーっと息を吹きかけて冷ましてから口に入れると、美味しい出汁の味が口内に広がった。



『ん、美味しい…!』


私がそう言うと、中堂さんが小さく笑った。あ、私、中堂さんが笑う姿初めて見たかもしれない。見たことのない彼の姿に、少し胸が高鳴ったのは仕方がないことだと自分に言い訳をする。



『もう少し食べても良いですか?』
「ふっ、食欲出てきたなら大丈夫そうだな」


重たい前髪からチラリと見える瞳が、いつもよりも優しい眼差しに見えて。どうも、むず痒い。こんなに優しい中堂さんは出会ってから初めてで、頬が緩んでしまう。熱々の煮込みうどんをペロリと完食した私を見て、彼はすぐに薬を飲め、と言ってきた。



『この薬、苦くて好きじゃないんですよね』
「なに子どもみたいなこと言ってる」
『しかも、あんまり効いてないみたいだし』
「飲まないよりマシだろ」
『んー、そうなんですけど』


薬が入った瓶を軽く振って、音を出す。飲まないといけないのはわかっているけど、何とも言えない後味の悪さが飲む気力を無くすのだ。


「口移しで飲ませてやろうか?」
『へ、』


急に発した中堂さんの言葉に、瓶を振る手が止まる。口移し、って。身体が石のように固まった私を見て、冗談だ。早く飲め。とコップを押し付けられた。冗談。うん、ちょっと心臓に悪いから、やめてもらいたい。


「よし、飲んだな。帰るぞ」
『今日は所長室に泊まらないんですか?』
「神倉さんにも東海林にも、お前を送っていけって散々きつく言われたからな」
『え、いや、自分で帰れますよ?』
「病人1人で帰らせて、帰り道にくたばられたら、後味悪いだろうが」


そんなくたばるほど、弱ってはいないと思う。だけど、体調が本調子ではないのは明らかなので、大人しく中堂さんの後ろについていき、車の助手席へと乗り込んだ。



『あ、東海林先輩からLINE…』


ピコンっとなったスマホを取り出し、連絡ツールアプリを開くと東海林先輩からのメッセージが。私の体調を心配する内容と、


『中堂さんに、送り狼されないように気をつけてね…?』
「…クソが」


ついメッセージの内容を声に出してしまい、勿論運転席にいる中堂さんにも聞こえてしまったようだ。送り狼、と書かれたメッセージをみて顔に熱が集まるのがわかる。もう、本当にやめてください、東海林先輩。
最寄駅から二本先の自宅まで中堂さんはしっかりと送り届けてくれて、私は無事に帰宅。帰り際、しっかり暖まって寝ろよ、と言われて、あまりの優しさに笑顔が溢れたのは内緒だ。




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