今日は朝から元々の職場である、監察院へとやってきた。私が引き継いだ作業で分からないことが出てきた、と連絡があったためだけれど、久しぶりに顔を合わせる人たちからは、不思議そうな顔をされてしまった。
「いやー、名字ちゃんにきてもらって助かった!昨日、みんなで考えても分からなくてさー」
『私も久しぶりにみんなに会えて嬉しかったので、良かったです』
「もー、本当名字ちゃんは私の癒しだから早く帰ってきて」
『あはは、いつ戻ってこれますかねぇ』
可愛がってくれてる先輩がコーヒーを淹れてくれて、口をつけながらも微笑む。時計を見れば昼はとっくに過ぎていた。先程、後輩が買ってきてくれていた軽食のサンドイッチを摘むと、先輩がそういえばさぁ、とぽつり。
「これ、知ってる?今朝からやってるんだけど」
『殺人実況?…何ですか、これ』
「殺人犯vs法医学者M先生って銘打って、この殺人者Sが殺した人の死因を特定するらしいよ」
『えー、それ本物のご遺体なんですか?』
動画をチラリ、と見ると殺人者Sと呼ばれる人が何かを朗読しているところだった。Sの後ろにはうつ伏せになったご遺体。先輩によると、映し出した映像から瞳孔確認したところ、本物のご遺体で間違いないらしい。それを実況って…。物騒な。つい顔をしかめてしまう。
「法医学者と言えば、UDIラボにイケメン法医解剖医いるんだって?」
『は?イケメン?』
「新人ちゃんが言ってたよ。この間の裁判に証人として出廷したUDIラボの法医解剖医が、イケメンだったって」
確か、以前、東海林先輩からミコトさんが裁判の証人として出廷した、という話を聞いたことがあった。いや、でもイケメンって。
『私の記憶では、イケメンではなく美人さんですけど』
「えー?うそー?新人ちゃんは、背が高くて、クールな大人の人だったって興奮してたよ?」
『背が高くて、クールな大人…?』
サンドイッチを食べ終え、手についたパン屑をウェットティッシュで拭き取りつつ考える。背が高くてクールな大人、と言うよりか背が高くてワガママなオラオラ男、なら知ってるんだけど。
「名字さん!!名字さん!!」
『え、なに、』
「今!受付に!UDIラボの方が!」
『え?てか、なに、そんな興奮してんの』
「だって!間近で見れると思ってなくて!」
噂をしてればなんとやら。先輩の言う新人ちゃんが私を呼ぶ声がして、振り向くと大変興奮している様子。頬に手を当て、キャー!!っと乙女な顔をしている彼女を見て、何事だと先輩も興味津々。
「背が高いなーとは、思ってたんですけど、本当に見上げるくらいだし。重たい前髪から見える瞳もクールで素敵だし!名字さん、あの方の近くで働いてるなんて羨まし過ぎます…!」
『ちょっと、新人ちゃん落ち着こう?』
「無理ですぅ!!」
『え、てか、ちょっと待って?ここにきてるの?』
興奮してる新人ちゃんの姿を見て忘れてたけど、彼女は受付にUDIラボの人が。と話していたはず。しかも、話してる内容的に、来ているのは…
『っ、!ぐぇっ!』
「遅せぇんだよ、変な声出すな」
『っちょ、首、苦し…!』
パーカー部分を後ろから掴まれたかと思えば、首が絞まって息苦しい。首を抑えながら、上を見上げるとバッチリ目が合った重たい前髪からのぞく瞳。
『っごぼっ、なんで、いるんですか!中堂さん!』
「お前、携帯見てないのか?何度も連絡しただろうが」
『えー…さっきまで、多忙で、うわっ、めちゃくちゃ着信きてる』
「連絡取れねぇからわざわざ来てやったんだ」
『束縛彼氏みたいですね、中堂さん』
冗談を言ったのに、心底嫌そうな顔をされてしまった。冗談なんだから、普段みたいにクソがって言えば良いのに。ラボで何かありましたか?と話題を変えると、彼はすぐに身支度をしてついて来い、と言った。
「もう、ここでの仕事は終わったんだろ?」
『そうですけど、急用…なんですよね?』
「ああ、そうだな。内容は車で話す」
『わかりました、今、準備します』
数少ない荷物をまとめる。ここで話ができない、ということだから、きっと何かあったんだろう。いまだに、目をハートにしている新人ちゃんに苦笑いしつつ、先輩に一声かけてから、職場を出た。
『で、何があったんですか?』
「この動画、知ってるか?」
『…ああ、さっき、チラッと見ましたけど』
中堂さんが運転する車の助手席に乗り込み、要件を聞く。エンジンをかけてから、中堂さんがスマホを取り出し、先程見ていた殺人実況の動画が映し出されていた。
『これがどうかしたんですか?』
「殺人者Sと対決してる法医学者は三澄だ」
『え?!ミコトさん?!』
「俺たちは今、その遺体の死因究明と殺人者Sを探してる」
中堂さんから話を聞いて、殺人者Sはミコトさんの弟が務めている予備校の生徒で高校生なこと。彼が行っている高校の建物内で殺されたと思われる、ということがわかっているらしい。
「今から明邦大へ行って機材を取りに行く」
『…まさか、こんな大変なことに関わってたなんて』
「俺は関わるな、と言ったんだがな」
『もっと早く連絡に気づければよかったんですけど…すみません』
信号が赤になり、車が止まる。いまだに視聴者数が増えていく殺人実況の動画を見つめながら、何故早く自分の携帯への着信に気づかなかったのかと落ち込んだ。私なんかでも何か役に立てることはあっただろうし、何より人手が必要だったはず。
「お前が気に病むようなことじゃない」
『…中堂さん、』
「お前はお前の仕事をしていたんだろう。それに、今からだってできることは何かあるはずだ」
『はい、』
しっかりと私と目を見てフォローしてくれる彼は、最近優しい部分も見せてくれるようになったな、と心の片隅で嬉しく思ってしまう自分がいた。ふと、中堂さんの大きな手が私の頭をポンっと撫でる。その仕草が、妙に恥ずかしくて、どんな表情をしたら良いのか固まっていたら、信号が青に変わり、中堂さんはまた前を見据えた。
『背が高くて、クールな大人、』
「なんか言ったか?」
『いえ、何も』
新人ちゃんが、かっこいい、と囃し立てていたから私も影響されてしまったのだろうか。いつもより早く鼓動が音を立てていて、小さくため息をついた。
← → >> list <<